最低最悪の第一印象
基本主人公がヒロインより暴れる作品ですのでご注意。
第一印象はとても重要だと思う。
立ち寄ったコンビニでなんとなく飲みたくなった新作ペットボトル飲料をレジに持って行っただけで天使のような満面の笑顔で対応してくれる店員の女の子がとても可愛らしく特別に思えた。
また今度来よう。
クラブチームに初心者として入り、右も左も知らないのに懇切丁寧一生懸命叱咤激励手取り足取りコーチの大人が親身に、我が身のように教えてくれた。
また今度来よう。
ただ、第一印象は受け取るだけでなく与えることももちろんある。言えることは今後の関係形成に置いて、良し悪し関わらず第一印象は終始ついて回るということだ。
と、出した例えはどちらも好印象に受け取っているものだ。
しかし現在の状況。この俺、朱鷺神鳴海の与えた第一印象はまさに最悪絶句の絶望的なものと言えた。
庭と呼ぶには広すぎる。草原と言うには狭すぎる。深々と緑生い茂る森林への入り口が見えるログハウスのペンション。長い間車に揺られて、特段疲れているわけではないけど案内された部屋に二段ベッドがあればなりふり構わず飛びつくだろう。それも下段に。ミサイルみたいに。
しっかり確認しなかったのが悪かった。と言うよりそれがあるなんて思いもしないだろう普通は。
足先にしっとりまとわりつく柔い布触り。眉間に一気に皺が寄った。なんだなんだと足の親指に引っかけて、顔の傍に器用に放る。顔に被さるその布は少々人肌、と言うよりほったらかしにされた感じの皺を帯びた……女性物の下着がふわりと舞った。
顔に被さった瞬間に剥ぎ取って、転げ落ちるようにベットから降りる。
何で……こんなところに女物の下着が? 同居人に女装趣味でも……違う。騙された。何で気付かなかった。あのジジイの言うことだ。衣食住を全て奪われたからと言って簡単についてくるべきじゃなかった。
キィ……静かに開けられる扉から部屋に空気の流れができる。
腰まである直刃のような綺麗な赤い髪の毛をタオルでふき取りながら部屋に侵入する少女。察するに風呂上がりのようだ。まだ春先なのだがペンション自体に空調が聴いているためか露出の多いシャツに短パン。赤い髪もそうだがさらに一際目立つのが左目の眼帯。怪我などで一時的に保護しているような物ではなく、黒い、それこそある程度選ばれたデザインを使った変わった眼帯だ。
しまった。下着に気を取られ過ぎた。お互い目が合い、胃カメラを飲み込んだような緊張感が体を包む。
女の子が声を上げずに固まっているのは絶句の意味があるだろう。しかし俺の場合は違う。
この女の子が誰なのかも、奇抜な眼帯も、それこそ何故部屋に女の子が入って来たのかすらどうでもいい程に、俺は彼女の眼を凝視した。
静寂の簡単な動き一つですぐに崩れる。
手に持った下着を放り捨てて無意識や反射レベルと言ってもいい。それほどに早足で彼女の傍に歩み寄った。
「く、来るなこの変態!」
勇ましい選択だった。逃げる、叫ぶと言った選択ではなく殴りつけると言う選択。性格がよく表れている。彼女は勇敢だ。右腕を大きく後ろに振り被り、ぶん殴りますと言わんばかりに拳を握り、発射した。
顔面に向けられた拳は反射的に左手で制す。そしてそのまま彼女の身をこちらに引き寄せ、右腕を脇に挟み込む。
「このっ!」
彼女はひるまなかった。残った腕を密着した体の隙間に糸を通す様に腹に拳を突き入れる。だが今回は右手で制して、またも脇に挟む。
「抜けないっ……! アンタ……誰! どうやってここに入ったの? いったい何の目的で」
「さっきの下着は君のだろう」
「は?」
既に体が触れ合うほど密着した状態だがさらに一歩。顔面と顔面。鼻先が触れ合う距離までさらに詰め寄る。風呂上がりの少し湿った霞のような艶やかな肌。鼻を通るシャンプーと女性特有の甘い匂い(個人差有)。そしておびえながらも決して引こうと思わない、自分の弱さをひた隠そうとする強い意志を感じる眼。
「声質、肉質、骨格、体重、匂い、重心移動、仕草……どこをとっても女性的だ。ただ一点だけ……その一点だけで全てが否定される。君は……男なのか?」
下半身のAの頂点から全身に染み渡る悲しみの波紋。密着した状態から繰り出される強靭なニー。一瞬にして支えのバランスが瓦解する。
「き、金的は……反則打ぐっ!」
間髪入れずに瞼に張り手、ちょうど皮の薄い部分。限りなく手刀に近い張り手が一時的に目を見えなくした。
見えないけど、見える。目つぶしをされたことでできた彼女との間。女の子が今。一歩ステップを挟み、振り被った拳に体重の全てを乗せて振り抜こうとしている様が。
いいだろう。悪いのはこっちだ。甘んじてその鉄拳を受けよう。