SIDE コンラート(Fin)
「コンラート、ありがとう!わたし、これ一生たいせつにするね!」
コンラートを見上げて礼を伝えたマリーの瞳には、間違いようもい程に彼への憧れと、恐らくは初めて抱くであろう幼い恋心が浮かんでいるのが解った。
勿論コンラートも、彼女の瞳に浮かぶソレには直ぐに気付く。
そして「…… 何かあれば、責任は全て取れって事ですね……」と言う自分の言葉を思い出していた。
恐らく、マリーにとってコレは初恋。
彼女を取り巻く環境を考えれば、今後彼女が新たな恋愛をする機会などまずないだろう。自分もマリーも、恋愛結婚ではなく、政略的な縁を結ぶ可能性の方が高いという条件は同じだ。しかも、自分の様に跡継ぎでもない立場とは違い、他国や自国との有力な貴族と繋がりを作る為に、マリーは必ず結婚しなければならない立場なのだ。
この少女の父は大層な子煩悩である為、マリーの望まない結婚を無理強いする事は無いだろうが、周辺諸国との政局によって、どうなるのかはわからない。
コンラートから見れば、マリーは幼すぎて恋愛対象となる事など、現状ではありえない。
しかし、この短い時間での触れ合いで、コンラートにとってマリーは絶対的な庇護者となってしまった。その身体は勿論、幼く素直な心も、誰にも傷つけさせたくは無いと思ってしまっている。
そして、彼女を守るのは自分の役目であり、それを誰かに譲るつもりなど全く無い。
どうせ自分は、彼女の一家に忠誠を捧げなければならない身だ。
その上、マリーの父が彼女のコンラートへの恋心を知れば、遠からず2人の婚約は決まるだろう。
それならば、マリーに対して生涯の誓願をたてたとしても、何も問題はない筈だ。
まぁ、“ロリコン”などというありがたくも無い称号を賜るのであろうが……。
それも、彼女が笑顔でいられる代償なのだと思えば、甘んじて受けられる。
なので、現状として幼い彼女に恋愛感情を持てるかどうかなどは、何の意味も無い。どんな種類からの想いであろうと、マリーを誰にも渡したく無いとコンラートは思っているのだから。
それが全てなのだ。
再び歩き出してからそう時間をおかず、マリーの希望で休憩を取ることにしなった。
アイスを一つ購入し、コンラートが毒味をしてから彼女に渡してやる。嬉しそうにアイスを頬張る幼い表情に、コンラートは慈しむような優しい笑顔を向けてその様を見守っていた。
しかし、通りに見えた男の姿にスッと表情を厳しいものへと変え、マリーを護りやすい位置へと移動する。
(1、2、3、4、5……。結構いるようだな)
視線を動かすことなく不審者の数を数え、近くに隠れてついて来ている護衛に片手で合図を送る。
「おぉ! 久しぶりじゃないか!! ちょっと向こうで話でもしようぜ」
「え?……えぇ?」
ごくごく自然にマリーの方へと歩いて来ていた男に、合図を受けた護衛が友人にでも会った様に気安く話しかけ連行していった。
どうやら、ずっとコンラート達の後を付け狙うかのようについて来ていた気配が、急に大胆に動き始めたようだ。
コンラートの父と兄も隠れて警護をしてくれているので安全面での心配はないと思うが、マリーに万が一の事でもあれば大問題になる。
(これは悠長に町歩きを続けられる状況ではなくなってしまった様だ。)
美味しそうにアイスを食べるマリーを見つめながら、楽しい時間の終わりが迫っている現実にコンラートは苦く笑ったのだった……。
コンラートは、危険だと思えば直ぐにでも走れる様に、そしていつでも剣が抜ける様に考えてマリーを左腕に抱き上げ、見晴らし台を目指して歩く。
夕焼けに赤く染まりはじめた街並みを、恨めしげな瞳で見つめているマリー。その行動の意味が解ってしまうだけに、コンラートは切ない気持ちになり、歩く速度を速める。
約束の時間より早く着けば、彼女に何か残してあげる事が出来るかもしれない、と、そう思って。
到着した見晴台で抱き上げていたマリーを地面に降ろし、その隣に立ち2人で同じ景色を眺める。泣き出さないのが不思議なほどの表情で夕日を睨みつけているマリーの横顔に、彼女が愛おしくなる。
(君には何時も笑顔でいて欲しい)
そう、強くコンラートは思った。
……その為には、自分も決意をしなければならない。今のままでは、彼女の望みを叶えてあげる事が出来ないのだ。
「魔法をかけてあげるから、俺が良いって言うまで目を閉じて…」
帰る事を嫌がる彼女に、そう声をかけた。
疑う事を知らない彼女は、素直にコンラートを見上げて瞳を閉じた。その無邪気過ぎる様に苦笑が浮かんでしまう。
(俺が悪い人だったら、パクッと食べられちゃうよ? ……って、まあ、似た様なもんか…)
そう自重して溜息を押し殺し、彼女の額に、祈りを込めてそっと唇を付けた。
君に魔法を掛けよう。一生解けない呪いにも似た魔法を……
……そして俺自身にも……
マリーの護衛を問題なく引き継いだ後、コンラートは隠密でついて来ていたもの達と合流し、速やかに不審者達を捉えていった。
あの時見かけた男は警備騎士団第三師団の隊長で、どうやら自分の部下をつかってマリーを誘拐しようとしていたらしかった。
捉えた者達を尋問して聞いた話でわかった事は。
どうやら、この度警備騎士団第二師団の隊長アークフリードがユーリシスカ姫と結婚する事になった事に、ひどく腹を立て焦っていたらしい。只でさえ評価の高い第二師団がこれ以上力をつけたりすれば、自分の力が削がれて好き勝手する事が出来なくなると思ったようだ。
そこで、マリーを無理矢理にでも自分のものとする事で権力を得るつもりだったと言う、なんとも底の浅い考えでいたらしい。
コンラートはこの話を聞いて頭が痛くなったが、そんな目的であの愛らしい少女を狙う者は案外多いのかも知れないと思い直し、あの時決めた覚悟を固め直したのであった。
「父さん、俺、第5王女マリアベル様に求婚しようと思うんだ。だから、出世する事にしたよ」
「!!!???」
その日の夕食の席で、なんでもない事の様に重大発表をしたコンラートに、彼の父はとても驚いていた。
そんな珍しい表情を見せた父に、コンラートは悪戯が成功した子供の様な笑顔を見せる。
「だから、王様にしっかり根回ししといて。マリーは寂しがるだろうけど、出来るだけ待たせない様にするからって伝えておいて欲しい」
「解った、伝えておこう……。それにしても、突然その様な事を言い出すとは、どんな心境の変化なんだ?」
「ん? やっぱり、騎士としては色々責任を取らなきゃならないと思って、ね」
コンラートのその答えで何かを察した父は、やっとやる気を見せた優秀な息子に、嬉しそうに笑って見せたのであった。
それからの彼は大忙しだった。近衛騎士団での自分の立場作りに、彼女と婚約する事で繋がりが出来るであろう貴族達との社交。何とか形が見えてきた時には、あの町歩きから早くも20日以上が経っていた。
出世も決まった。10日後にはコンラートは第一師団の隊長になる予定だ。兄は副団長へ昇格し、父の部下となる事が決まっている。
後は辞令を待つだけとなった所で、やっと王様に挨拶に行く事が決まった。
「近衛騎士団、第二師団が騎士、コンラートです。本日はこの国の大切な“花”であるマリアベル様への求婚を許可してもらいたく参上致しました」
片膝を立て右手を胸に当て頭を下げた状態で、マリーへの求婚の許可を求める。
王は溺愛する可愛い末娘をションボリと萎れさせてしまった原因である男に、厳しい眼差しを向ける。
「許可を取りに来るまでに時間がかかり過ぎではないか? そのせいで“花”は今、萎れてしまっているのだぞ? 其方にこの花を再び元のように咲かせる事が出来るのであれば、求婚の許可を出そう」
「元より綺麗に咲かせ続ける事をお約束致します」
コンラートの返事に、王は嬉しそうに笑い、次に「これ以上時間が掛かるようであれば、実力行使をしていた所だぞ?」と、悪い顔をして見せた。
出世の辞令に合わせて、マリーへの求婚は10日後と決まり、王家と侯爵家の間で婚約の手続きを進めていく。
その話は、あっという間に社交界にも広がり、2日も経った頃にはこの婚約を知らないものは誰も居ないという状態になった。
「コンラート様に女性の影が全く見えなかったのは、ロリコンだったからなのですね!」
「私がもっと幼い頃に出会っていれば……」
「私の10才の娘を合わせておけば良かったですわ! そうすれば今頃はコンラート様は我が家の物でしたのに!!」
などと言うレディー達の嘆きが、社交場の其処此処で聞かれるようになり、あっという間に「コンラート様はロリコン」という認識が出来てしまった。
そんな噂に「やっぱりそうなるか!」と頭を抱える弟を見て、可愛い弟を苛めて喜ぶ兄は嬉しそうに、楽しそうに笑っていた。
求婚に訪れたコンラートは、すっかり萎れてしまっているマリーを見て胸を痛めた。
必要な時間だったとはいえ、彼女をこんな風にしてしまった自分が許せなかった。
(2度とこんな顔をさせない)
そう心に誓い、彼女の笑顔を取り戻すため言葉を発する。
「初めましてマリアベル姫。近衛師団、ウッド侯爵家の次男、コンラートです。本日は我が姫に求婚に参りました」
そう告げると、此方へ顔を向けることも無く窓の外を見ていたマリーが、勢いよく此方へ顔を向けて来る。その後彼女の表情は、面白いくらいの変化を見せた。
最初は瞳を見開いて驚き、次に泣き出しそうな顔、最後にとびっきりの笑顔になり、コンラートに飛びついてきたのだ。
突然の出来事に受け止め損ねてしまったが、彼女に怪我をさせない様上手く下敷きになって転がる。
マリーは、そんなコンラートの上から降りる事なく、必死で彼の顔を触って本物かどうかを確かめる事に夢中な様だった。
「マリー、求婚のお返事は?」
何時迄も確認作業を止める様子のない彼女にーーその可愛さに思わず笑顔になってしまいながら訪ねると、ウットリと嬉しそうに笑った彼女は、突然コンラートの両頬を押さえムチュッと唇を押し付けて来た。
「もちろん、お受けしますわ!!」
そう言って、コンラートの首に力一杯しがみ付いてくる。
色気の欠片もないキスと、ムードなんて関係ない元気な返事に、彼女の幼さを痛感する。
しかし彼女のそんな所が、堪らなく愛しく感じてしまうのだ。きっとこの先一生彼女に振り回されるのだろうが、それもまた楽しいのではないかと思ってしまう。
コンラートは、そんな自分に苦笑するしかない。
なので……
「ロリコンとの誹りは、男らしく受け入れましょう」
彼女の腰に腕を回して優しく抱きしめながら、小さく呟いた。
後、後日談を投稿して終了です