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迷子の子猫ちゃん  作者: みなみ
本編
6/9

3 紅茶色のガラス


1つのアイスを巡って散々じゃれ合った後、2人は街歩きを再開した。


「あのね、私には兄さまが3人と姉さまが5人いるんだけどね……」


先程のじゃれ合いを通じて、2人の距離はかなり近付いたようだった。

その証拠に、街歩きを楽しみながら交わす会話はお互いの家族の事など、プライベートな情報が主になっている。お互いに決定的な自分の身分についての話はしないものの、マリーなどは、個人のかなり深い事情まで話していたりする。

彼女は、個人情報をだだ漏れしている事にも気付かずに、楽しそうに家族への思いや最近の出来事を話題にしていた。その内容は、よっぽどの世間知らずでなければマリーの身分を推察してしまえる様なものなのだが、マリーはそんな事には全く頓着していなかった。

そしてコンラートは、そんなマリーの話を遮ることもなく、穏やかに笑って相槌を打ちながら聞いている。彼はとても聞き上手なので、マリーは時間など忘れて何時まででも話し続けてしまう。


「それでね、私の2つ上……えと、今は3つ年上なんだけど。その姉さまが今、外国に行っているの」

「へえ……。留学なのかな?」

「ううん、違う。……姉さまはね、子供の頃からずーっと大好きな人がいるの。それで、この間姉さまが16歳になったから、やっとお父様から許可が出て、その人にプロポーズするんだって」

「じゃあ、その“好きな人”というのは外国の人なのかな?」

「違うわ。この国の騎士よ。でも、その人は姉さまよりも15歳も年上だから、“正攻法”じゃダメなんですって。何がダメなのか、私には良く解らないのだけど、……コンラートには解る?」

「…………。俺も…、解らないかなぁ……」


ずっと笑顔でマリーの話を聞いていたコンラートだったが、マリーの姉が今外国に行っている事を話すと、何だか遠い目をしていた。

その事に気付いたマリーは、コンラートをキョトンとした表情で見上げる。


(どうしたのかしら、コンラート?)


なんだか、しょっぱい表情をしているコンラートの顔を見上げながら、マリーはどうして彼がそんな顔をしているのか考えた。

そして、考えついたのが……。


(もしかしてコンラートってば、恋人と別れたばかりとかなのかしら? だから今は、恋愛のお話は聞きたくないのかもしれない……)


等という、ある意味失礼な事だった。

だが、マリーにはそれが正解だとしか思えず、気の毒な人を見る様な眼差しでコンラートの事を見つめる。


(それなら今日は、私がコンラートの恋人の代りになって、慰めてあげないと! ……でも…、コンラートみたいに素敵な男の人だったら、きっと直ぐにもっと良い人が見つかるわよね……)


『コンラートを慰めてあげよう』と鼻息も荒く意気込んだ直後、彼の様な見た目の良い、しかも優しい男の人なら、周囲の女性が放っておかないだろうという事に気いてしまった。


(どうしたのかしら……? なんだか、心臓の辺りが痛い……。もしかして……私、病気なのかしら?)


そして、その事に気付いたと同時に胸が“ズキリ”と鈍く痛んだのだが、その痛みが持つ意味には気付く事はなかった。

箱入りで育てられたマリーは、兄以外の同年代や適齢期の男性に接したことがなく、初恋も未だ経験していない。

そんな彼女に、初恋が齎す心の動きを察する事など不可能だった。

なので、先程感じた胸の痛みは“気のせい”であると処理して、コンラートを慰めるべく行動を開始する。


「コンラート! 今日は私の事を恋人だと思っても良いわよ!」


どことなく得意げにコンラートを見上げ、ぶら下がる様な勢いで彼の腕に絡みつく。そして、『コンラートを元気づけたい』という一心で、笑顔でそんな宣言をした。

一方、突然そんな宣言をされたコンラートは、目を丸くしてマリーを見つめていた。

コンラートは25歳。マリーは13歳だが、見た目的には10~11歳位にしか見えない。

25歳のいい年をした男が、“子供”と言っても良い様な少女にそんな事を言われても、戸惑うだけだったりする。

しかし、こんな風に嬉しそうな笑顔で言われてしまうと、無下に断る事など出来る筈もなく……。


「……あ、ありがとう?」


困惑しきった、引き攣った笑みでそう返すのが精いっぱいだった……。




その後マリーは、宣言通り“恋人”としてコンラートに接しようと頑張ったのだが、どうして良いのかさっぱり解らず、結局は“コンラートの腕に絡みついて街歩きを楽しむ”という全く変化の無い行動をとる事しかできなかった。

だが、コンラートが優しくエスコートをしてくれるので、直ぐにそんな事はどうでも良くなってしまい、素直に街歩きを楽しむ事にする。

コンラートも嫌がっている様子は全くないし、ずっと穏やかに微笑みながら街歩きに付き合ってくれているので、きっと彼も楽しんでいるのだろうと、マリーはそう考えた。



下町の通りを抜けて暫く歩いた所にあった雑貨屋の前で、マリーは足を止めた。ガラス越しにふと目に付いた商品。


「マリー? 何か気になる物でもあった? 中に入ってみよう」


じっと立ち止まって、ガラス越しに商品を眺めているマリーを見て、コンラートがそう声を掛けてくれた。

コンラートに促されて店の中に入ってみると、色とりどりのグラスや置物、アクセサリー等がセンス良く並べられている。

その中でマリーが興味をひかれたのは、色んな色の強化ガラスで作られた、細い指輪だった。

それには、同じく強化ガラスで作られた可愛らしい花がついており、とても可憐にみえた。マリーは、ガラス越しに見えたその中の1つが、とても気になってしまったのだ。

近くで見ると、どうしてもそれが欲しくなってしまったのだが、マリーはお金を持っていない。

それでもやっぱり欲しくて、じっと指輪を見つめてしまう。


マリーがあまりにも真剣に見ていたからだろう、コンラートは一度マリーの顔を覗き込んでから、ヒョイっと指輪の乗ったトレーを取り上げ、彼女の手をとってサイズを合わせ始めた。


「今日の記念に買ってあげるよ。どの色が良い?」


コンラートはそう言って、マリーの中指のサイズに合うものを各色選ぶと、並べてくれた。


「そんな……、“食べ歩き”のお金も出して貰ったのに、これ以上は悪いわ」


マリーは、コンラートの事を王都の自警団の青年だと思っている。

それに、最初に言われた「あまりお金が無いから」というコンラートの言葉を覚えていたので、これ以上お金を使わせる訳にはいかないと遠慮していた。


「でも、マリーは今日一日、俺の恋人になってくれるんだろう? なら、可愛い恋人にプレゼントの1つくらい、贈らせて?」


マリーが遠慮している事に気付いたコンラートは、そう言って悪戯っぽく笑って見せる。

その笑顔にマリーの心臓が“ドキリ”と音を立て、トクトクと鼓動を速めた。


「そ、そうよね。今日は、コンラートの恋人になってあげているんだから、あなたがそう言うなら買って貰おうかしら……」


マリーは、耳まで真っ赤に染まった顔をコンラートから隠すように俯かせ、嬉しそうにそう言ってコンラートが並べてくれた指輪を選び始めたのであった。


「これにする」


いくつも並べられた指輪の中から、マリーは悩む事もなく、光の加減で茶色っぽくも見える赤い物を選んだ。


「それで良いの? 解った。じゃあ、会計を済ませてしまおうか」


コンラートはそう言って、マリーを伴って素早く会計を済ませると、直ぐに彼女の細い指に指輪を嵌めてくれた。

可憐な指輪は、幼さの残るマリーにとても良く似合って見えた。

店から出ると、マリーは指輪をはめた手を太陽に翳し、紅茶色に光るそれを嬉しそうにウットリとした瞳で見つめていた。


「コンラート、ありがとう! 私、これ一生たいせつにするね!」


そう言ってマリーは、指輪を嵌めた手を大事そうに胸元に抱え込み、とびっきりの笑顔でお礼を言ったのだった。


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