2 初めての街歩き
「じゃあ……。まずは自己紹介でもしておきましょうかね? 俺の名前はコンラート、年は25才。悪いやつを懲らしめたり、人を守る仕事をしているんだ。だから、こんな場所で困っている様子の君を見かけて、ついつい声を掛けちゃったんだよ」
コンラートと名乗ったイケメンは、そんな風に自己紹介とマリアベルに声を掛けた経緯を説明してくれた。
職業に関しての説明が酷くボンヤリとしている気がするが、悪党では無いという主張がしっかりと感じられるものではあった。
(下町の自警団の方なのかしら?)
マリアベルは、彼の自己紹介に小さく首をかしげる。
王都には、主に王族や王宮の警護をする近衛騎士団と、城外の魔物退治や王国全土の治安を守る王国騎士団、城下町や王国の各街の治安維持を担当する警備騎士団の三つの騎士団がある。
通常、王都の治安維持は、北の貴族街を近衛騎士団が担当し、それ以外の地域は主に警備騎士団が担当している。その上で、犯罪集団の捕りものなどの荒事は、王国騎士団が主となって担当しているのだ。
しかし、下町などの治安の悪い場所には警備騎士の目が中々届きにくい。だからといって、下手な犯罪集団よりもたちが悪いと噂される王国騎士団に、下町の治安を任せる訳にはいかない。
なので、下町にはこの街に住んでいる住民が主体となって組織して、下町の警備を行っている団体があると、聞いてはいた。
もしコンラートが正式な騎士団に所属しているのなら、隠したりする必要はない筈だ。だとすれば、コンラートは自警団のメンバーなのではないだろうか?
そう思って、マリアベルは納得した。
そしてマリアベルがそんな風に考えた理由は、コンラートにはそういう騎士の様な仕事がとても似合うと思ったからだった。
無条件に相手に安心感を与える笑顔や声。細身ではあるが、必要な筋肉がしっかりと付いている事が見てとれる、しなやかな肢体。上等な衣類を身に纏っている訳でもないのに、どこか品のある立ち居振る舞い。
二つ上の姉がいつも「本物の騎士は、強くて優しくてとってもカッコイイのよ! 見た瞬間に、“騎士様”って解るわ」と聞かせてくれた。
その姉が話してくれる“本物の騎士”というものの条件に、コンラートはとても良く当て嵌まっているのだ。
このような理由であれば、騎士団の団員とも考えられる筈だが、もしそうならマリアベルの事を知らない筈がない。
騎士団の人間であれば、絶対に知っている筈のマリアベルの顔を知らないのだから、コンラートが騎士団員である筈がないのだ。
そういった理由で、マリアベルの中では、コンラートは自警団の団員として決定されてしまったのだった。
1人納得したマリアベルは、ニッコリと無邪気に笑って自分の自己紹介を始めた。
「私の事は……マリーって呼んで! 13才よ! 家はあっちの方にあるの」
あっち、と北の方を指差してマリアベルが自己紹介を行うと、コンラートはそんな彼女を面白そうに優しい瞳で見つめて
「じゃあ、マリー。さっそくだけど……、最初は何処に行ってみたいのかな?」
マリアベル――マリーの望む言葉を掛けてくれた。
“6時の鐘が鳴る迄”という約束でスタートした町歩きは、マリアベルが思い描いていた物そのものだった。
下町の通りにある商店や屋台を覗きながら、北に向かってゆっくり歩く。気になるものを見つけた時は、お店の中に入って手にとってじっくり見る。そして喉が乾けば、露店で1つのジュースを買って2人で分けて飲む。
「スポンサー特権だから、俺が先に飲むよ?」
なんて言って必ずコンラートが先に口をつけるのだが、彼はほんの少し飲んだだけで、残りの殆どをマリーにくれる。
彼女が満足して飲めなくなると、後の残りを再びコンラートが飲むのだ。
そしてコンラートは、マリーが店を覗きやすい様に店舗側をマリーに歩かせながら、彼女が歩行者にぶつかったりしない様に、巧みにリードしてくれる。
決して少ないとは言えない人通りの中、巧みなコンラートのエスコートによって、ストレスなく街歩きを楽しむ事が出来ているのだ。
マリアベルはコンラートの腕にしがみ付き、興味が引かれるままにコンラートを引っ張り回していた。それに対してコンラートは嫌がる様子など微塵もなく、全ての事に笑顔で付き合ってくれた。
2人で体験する町歩きは、とても楽しい時間だった。
「ママぁ、抱っこ!」
「まぁ……。ロビンはホントに甘えん坊さんねぇ……」
ふと聞こえて来た親子の会話。
街の中では珍しくもない、何処にでもいる様な親子の何処にでもある様な会話。
甘えん坊な子供が歩き疲れたのか母親に抱っこを強請り、優しい母親が「しょうがないわねぇ」等と言いながらも、愛情深い眼差しで我が子を見つめて抱きあげる。
そんなありふれた光景を、マリーは寂しそうな瞳で羨ましそうに見つめていた。
先程買って貰ったばかりのソフトクリームが溶けて手に垂れてくるのにも気付かずに、親子連れを只じっと見つめている。
その瞳には、羨望・憧憬などの感情が読み取れた。
思わず抱きしめてしまいたくなるほどに寂しそうな姿。そんなマリーを見て、コンラートは何も気付いていない様な笑みを浮かべて、不意に彼女を抱きあげた。
「ふぇっ!? ……って、あーーーーっ!!」
コンラートはマリーを抱きあげると、彼女の手に垂れたクリームを舐めた後、パクリと残りのソフトクリームを半分ほど食べてしまった。
突然抱きあげられた事に驚いたマリーは、さらに目の前で自分のアイスが半分も食べられてしまった事に大きなショックを受けた。そのせいで、先程まで感じていた寂しく身の置き所の無い様な感情は、どこかへ行ってしまった。
「もう、コンラート! 私のアイスなのにぃっ!!」
「はは、ゴメンね? 手に垂らしているのに気付いている様子もないから、もう要らないのかと思ったよ」
「っ!!」
うがぁっ! とばかりに怒るマリーに、悪びれた様子もなく軽く謝罪するコンラート。所謂“子供抱っこ”というような形で抱きあげられたマリーは、目の前でいたずらっぽく笑うコンラートの表情を見て、言葉に詰まってしまった。
25歳の男性が見せるには、やんちゃすぎる笑み。
先程までの絶対的な庇護者へ向ける穏やかな微笑みとは違う、2人の距離が縮まったように感じるそれに、マリーの幼い胸がキュゥーンと音を立てて反応した様な気がした。
「ほら、早く食べないと本当に俺が全部食べちゃうよ?」
顔を真っ赤に染めて行動を停止してしまったマリーに、コンラートはそう声を掛けてアイスをもう一口食べる。
上目づかいでマリーを見つめ、反応を探るように声を掛けてくるコンラートに、我に返ったマリーが「だめぇ~~っ! これはマリーのなの!!」と叫ぶように大きな声を出し、必死に残りのアイスを食べ始めた。そんな少女の様子を、微笑ましく見つめていたコンラートだったのだが、不意にその表情を厳しい物へと変え、視線だけを路地裏の方へと向ける。
何かを探るように暫く視線を向けた後、思わずといった様に空を仰ぎ、『やれやれ』とでも言う様な表情をほんの一瞬浮かべた後、直ぐにまた人好きのする穏やかな笑みへと戻して、マリーを見つめたのであった……。
チョッピリ不穏な気配が……。