プロローグ
改稿しましたので、連載したいと思います。
剣も魔法もある世界。
その世界の中でも、賢王が治める平和な国ナウロ王国。
その活気あふれるナウロ王国の城下町の中でも、“ダウンタウン”と呼ばれる様な治安のあまり宜しくない下町に、見るからにミスマッチな美少女が佇んでいた。
少女の名前はマリアベル。
ぱっと見は平民の中流家庭の子供に見えるが、明らかに身分のある子供がお忍びの為に変装している事が解ってしまう。
なぜなら、少女の纏っている服は、平民の纏う物と同じデザインではあるのだが、見る者が見れば直ぐにそれが高級な布で作られている事に気付く。
こんな治安の悪い下町だ。ここにはマリアベルの着ている服の価値に気付く悪党など、掃いて捨てるほどにいる。そんな悪党に見つかれば、マリアベルの様な幼女はあっという間に攫われてしまうだろう。
攫って、金持ちであろう両親に身代金を請求するも良し、|幼女趣味≪ロリコン≫なお貴族様に売り飛ばすもよし、どちらにしても幼女1人で大金を手にする事が出来る訳だ。
こんな場所に1人でいれば、悪党に見つかるのも時間の問題だと思われる。
そのマリアベルだが……。
彼女は今、とても困っていた。どうやら迷子になってしまった様なのだ。
(13才のレディーが迷子になるなんて、屈辱ですわ!)
油断をすると、泣いてしまいそうだ。プックリとした艶やかな唇を噛み締め、ブルーの瞳に浮かぶ涙を必死でこらえながら、つい30分程前のバカな自分を責めていた。
そう。ここで疑問に思うのが、何故マリアベルの様な幼女が1人でこんな場所に居るのかという事なのだが……。
それには、対して深くもない理由が一応あったりするのだ。
―――――――
マリアベルは所謂“深窓の令嬢”というやつだ。
そんな彼女は家から殆ど出た事もなく、出かける時にはモチロン豪華な馬車を利用する。
しかもレディーの嗜みとして、窓から外を覗くなんてはしたない事を許される筈もない。そんな彼女の“外”への興味は大きく、両親の元へ尋ねてくる色々な人に外の話を強請り、情報が増える程に、更に“外”への興味は膨らんでいった。
時々馬車に乗って外出する時にチラリと見える景色と、話して聞かせられる楽しい出来ごと。
それらは、マリアベルにとっては夢の世界での出来事の様で、想像は広がるばかりだった。
―― 一度でいいから自分の目で見てみたい ――
そんな事を夢見ながら、マリアベルの“外”への憧れは強くなって行く一方だった。
そんなある日、彼女の欲求はとうとう爆発してしまった。
「どうしても外に行ってみたいの! お兄様もお姉さまも、自由に外に出られるのに、どうして私だけダメなの!?」
そんな事を訴えて泣き喚き、食事も取らずの半ストを決行。
当初は、『お腹が空けば諦めるだろう』なんて軽く考えていた周囲の者たちも、水分しか摂らずに1日が経過し、2日目を終えようとした頃にマリアベルの本気を感じて慌て始めた。
もともと身体が丈夫ではないマリアベル。
このまま食事を取らなければ、確実に倒れてしまう。
そう危惧した彼女を溺愛している父親は、護衛を4人連れて行く事を条件に、王都へのお忍び視察の許可を出したのだった。
マリアベルの粘り勝ちであった……。
その決定に、マリアベルはとても喜んだ。
「私も憧れの外に行けるのね! あぁ! どうしようかしら!? 街に行ったら私、やりたい事が一杯あるの」
庶民と同じ服を着て、同じものを食べ、色々なお店を見て回る。
想像するだけでもワクワクが止まらない。
マリアベルは、喜びのあまり鼻歌を歌いながら、1人でワルツのリズムでステップを踏み始めた。
その姿はとても愛らしく、それを見守る周囲の者たちは思わず頬を緩めてしまう。マリアベルが喜ぶなら、多少の無理なら全て叶えてあげたくなってしまうのだ。
「マリー、城下町ではしっかり護衛の者達の言う事を聞かなければいかんぞ?」
可愛らしく浮かれている愛娘に、本当はそんな所に行かせたくなどない父親は、何度も念を押すように言い聞かせた。
城下町は治安が良いとは言っても、全てがそうだとは言えない。“ダウンタウン”などと呼ばれるスラム街が存在し、たちの良くない連中が根城にしているのだ。そんな連中に目を付けられる恐れもある城下町に、箱入り状態で育てた愛娘を行かせるなど、考えたくもなかった。
しかし、マリアベルが喜ぶのであれば、何とかしてあげたくなるのだ。
腕利きの護衛を4人も付けておけば、お忍びの街歩きぐらいなら何とかなるだろう。
そう思えたからこそ、マリアベルの我儘を受け入れる事も出来た。だが、安全の確保の為には、マリアベルが護衛の言う事を素直に聞く必要がある。
だからこそ、何度でも何度でも耳にタコが出来る位に繰り返し同じ注意をしてしまうのだ。
「解っていますわ、お父様! あぁ、街に出たら何処に行こうかしら!? この間お話を聞いた『雑貨屋』に行ってみたいわ!」
しかし、父の心配などどこ吹く風とばかりに、マリアベルの気持ちは既に城下町に飛んでしまっていた。
クルリクルリと回りながら、1人ご機嫌に踊り続ける。
話に聞いた、屋台で売られる品を買っての『食べ歩き』や、色々な店をひやかして歩く『ウィンドウショッピング』が出来る。
何度も想像した夢が叶う。
そう思えば嬉しくて、視察までの数日間、マリアベルはとってもご機嫌に過ごし、側に居る者たちの癒しに大いに貢献したのだった。
そう。それは、とても胸が踊る視察になる筈だったのだ―――
「どうして、お店も屋台も何も見せてくれないのよ! それに私だって、あの人たちがあそこで食べているヤツが食べてみたいの! アレもコレもダメって! 私が思っていた“街歩き”は、こんなんじゃないのに!!」
マリアベルはそう叫ぶと、護衛をその場に置き去りにするように突然走り出してしまった。
予想もしていなかった少女の突然の行動に、護衛達は直ぐに反応する事が出来なかった。
「ま、マリー様! お待ちください!!」
勿論優秀な護衛達は直ぐに我に返って慌てて追いかけたのだが、同年齢の標準より少し小さめの彼女は、大人では通れない様な路地や、壁の穴を駆使して護衛達を振り切り逃げ切ってしまった。
とんでもない事態に青くなったのは護衛達だ。
マリアベルはやんごとない身分のご令嬢だ。もし犯罪などに巻き込まれでもすれば、自分たちの命が危ない。
それ以上に、あの可愛らしい少女が酷い目に逢う事など、想像するだけで気が狂いそうになる。マリアベルは、彼らにとってアイドルの様なものなのだ。
何があっても守らなければならない、庇護対象。
それが、彼らにとってのマリアベルという存在なのだった。
そんな大切な少女を、あんなに怒らせた原因とは何なのか?
それは、護衛達にとってもマリアベルにとっても「それは仕方ないよね」という内容だった。
“深窓の令嬢”に安全の保障ができない事はさせられないと、マリアベルの『食べ歩き』や『ウィンドウショッピング』等の希望が、悉く却下された。
護衛の立場からすれば、毒が入っている可能性のある怪しげで不衛生な食べ物をマリアベルに食べさせるなど、もってのほかだ。そして、護衛の4人が一緒に入る事が難しい小さな店への入店など、許可出来るわけがない。
しかし、マリアベルの立場で考えると、彼女は最初からそれらの事を楽しみにして、この日を待っていたのだ。
それは、皆が知っている事だった。
なのに、事前に何も言われていなかったのに、いざ希望を叶えようと思った段階でアレもコレもダメと言われてしまったのだ。
期待が大きかった分、受けたショックもとてつもなく大きかった。
その事に腹を立てた彼女は、とうとうヒステリーを起こし、突発的に彼らから逃げ出してしまったのだった。
走って走って走って。
護衛達に捕まらないように、敢えて狭い道や抜け穴の様な物を幾つも潜り抜けた。
そうして気付いた時には華やかで賑やかな王都の町並みは消え、賑わってはいるが、どこか貧しさを感じる通りに立っていた。
……どうやら下町まで来てしまっていた様だった。
そして冒頭に戻る―――――
こんな理由で、彼女はスラム街ともいうべき下町に迷い込んでしまったのだった……。