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春の光

作者: oku-to

国道の狭い歩道で彼女は笑顔を作り、僕も表情を緩めた。


何度も来た街で買うあてのない雑貨屋を巡って、彼女の提案した二度行った洋食屋で、僕はナポリタン彼女はカルボナーラをお昼に食べた。


10時に待ち合わせた。時間だけが過ぎて行った。


どちらから、どう言葉にすればいいのだろう。


「公園に行こうか?」僕が言った。


出会ったばかりのころ、池の鯉に餌をあげて、水面に集う鯉にふたりして笑いあったことを思い出したからだ。


商店街を抜けて国道の歩道を歩いた。春の午後の陽射しは心地よくもある。


水色の空には光を浴びた真珠の雲がぽつりぽつりと浮かび僕らを見下ろしていた。


日曜日の街を行き交う人々、通り過ぎる車、春の陽射し、爽快な青空。


どうして今日の景色はこんなに美しいのだろうか。不思議でならなかった。


公園に続く国道の歩道の急カーブにさしかかった。


あのカーブを曲がれば公園の入り口の下り坂だ。


狭い歩道で僕は車道側を歩き、すれ違うカップルに路を譲ろうとしたとき、いつも習慣で瞬間的に彼女の手を引こうとした。


一瞬触れた指と指は彼女が振りほどいた。


そこで彼女は笑顔を作り、僕も表情を緩めたのだった。


急カーブを曲がり切ると、ふいに春の陽射しが僕の視界を真っ白にした。


公園につながる下り坂、隣を歩く彼女、街の喧騒が光に包まれた。


この光の中にいるすべてが美しいと僕は思った。


そしてその瞬間は永遠に続くと、安易に感じてしまった。


これからもたくさんの話をして、たくさん笑いあって、喧嘩もしたりすれ違ったり、抱きしめたりするのだろうと。


けれども、公園で鯉に餌をやり笑っている彼女の顔は、時間の経過を気にしていた。


僕たちは結局、何も大切なことを話せないまま夕焼けの公園を駅に向かって歩き、いつかしたような話ばかりを繰り返した。


帰る方向は一緒だったが、僕が電車を一本遅らせた。


彼女の乗る電車のアナウンスが鳴る。


「電車、もう来るね」


「そうね」


「楽しかったよ」


「わたしも」


電車の入線に合わせて僕が心の中で呟いた、

「また一緒に来ようよ」という言葉は電車の音が僕の心からかき消してくれた。


彼女は電車に乗り込み、僕に向かって手を振る。僕も振り返す。


「ありがとう。」


言葉が口で読めるように、大きく口を開いて僕は言った。


電車の窓越しに彼女もはっきりとわかるように


「ありがとう。」


「さようなら。」


電車は発車し、電車は進み、彼女顔は横顔になり、やがて見えなくなってしまった。


武蔵野を夕焼けが染めていた。


陽光は誰にでも平等で、その中に出会いもあれば別れもある。僕にはまだ先の話だが家族と過ごす夕食どきの光景だって、照らしてくれる。


橙色の陽射しを背中に受けて、僕は電車に乗り込み椅子に腰掛けると、昼間みた真っ白い光を思い浮かべて、その光に永遠を求めた。



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