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懇願

「それで? なんのつもりですか?こんなところに呼び出したりして」


 翌日の放課後、なるべく人目につかないタイミングを見計らい、連夜は結歌を屋上へと呼び出していた。


「その、昨日のことなんだけどさ」


「昨日のことでしたら既にあなたに口止めを要求したはずですが? まだ何かあるのですか」


 言葉をつまらせ、言い出しにくそうに切り出した連夜の言葉を結歌は両断する。


「いや、そうじゃなくて、その、魔術の事を俺にもっと教えてくれないか」


「はい?」


 突拍子もない連夜の申し出にさしもの結歌も耳を疑った。


「いや、だから……俺に魔術を教えてもらえないかなって」


「お断りします」


 当然のことながら返される言葉は断りの言葉である。


「そもそも魔術はあなたの様な一般人は知るはずのないもの、昨日与えた情報だけでは不足していましたか? あなたには最大限の譲歩と情報を与えたはずです。これ以上あなたに情報を開示する必要性を私は感じません」


 魔術は一般には知られていない技術。その理由は連夜の知るところでもある。だがなおも連夜は食い下がった。


「だけど、昨日望月とあの黒いやつとのを見たあとから……体が、いや、感覚というか感情がおかしいんだ」


 昨夜感じたあの不思議にも懐かしい感覚を告白する。まるで荒唐無稽な話だがあの感覚を信じるならばそれは……。


「体がおかしい? ……治癒は完全だったはずですが」


 連夜の言葉に結歌は訝しげに返す。


「いや、怪我は平気なんだけど、なんというか……今まで感じていた違和感がなくなったというか……そう、うまく言えないけど、あの時魔術を見てから戻ってきたって感覚がしたんだ。おかしい話かもしれないけど、ここがお前の正しい世界だって言われてるみたいで」


 連夜自身も理解している。自分の口にしていることが如何にありえないことか。だがこれこそが正しい世界だと、まるで連夜が元々魔術(・・)を(・)知って(・・・)いた(・・)かのような感覚、記憶と感覚の矛盾。通常ならば記憶を信じ感覚はただの既視感として切って捨てることだろう。だが何故だか連夜にとってその感覚は容易く捨てられるものではなかったのだ。


「貴方、自分が何を言っているのかわかっているのですか?」


 訝しげに結歌が言葉を発する。結歌のこの反応も当然のことだ。結歌にとってみれば連夜などただの一般人、通常ならば魔術に触れることすらなくその一生を終えるはずの存在。故に彼女には連夜の言葉が、姿が異様に映る。


「正直、俺にもわからないんだ。でも魔術について学べばこの感覚のことも何かわかるかもしれない。望月には俺が何を言ってるのかほんとに意味不明なんだと思う。だけど、無理を承知で頼む、俺に魔術を教えてくれ」


 その言葉とともに連夜は深く頭を下げる。いくら人気がないとはいえ、他人に頭を下げられることは結歌にとってあまり気持ちのいいものではなかった。


「頭を上げてください」


「嫌だ、俺は望月が魔術を教えてくれるまで絶対に頭をあげない」


 結歌からの呆れた眼差しが突き刺さるが、連夜が頭を上げる気配はない。


「それならそれで構わないです、私はそのまま帰りますので」


 尚も頭を上げようとしない連夜を前に結歌はその場を離れるべく踵を返した。が、その歩みは僅か一歩で阻まれることとなった。


「……なんのつもりですか?」


 もはや呆れを超え、絶対零度の視線が連夜へと突き刺さる。連夜は結歌が足を踏み出した瞬間に咄嗟にその腕を掴んだのだった。


「――教えてくれるって言うまで帰さない」


 連夜自身にとっても不思議でならなかった。最初は断られたら無理強いするつもりはなかったのだが、何故だか魔術への執着心が強まるのだ、このような大胆な行動に出てしまう程に。


「帰さないと、貴方にそれが出来るのですか? 私はその気になれば魔術で障害を排除することだってできます……貴方にそれが阻めると?」


 言葉とともに結歌は掴まれた右腕へと力を込める。


「それでも、教えてくれるって言うまで、帰さない。もし今日が無理だとしたら明日、それでも無理なら明後日だって頼みに来る。ストーカーだって言われたって構わない。俺は知りたいんだ、今まで感じていた違和感と、この懐かしい感覚の正体を」


 その連夜の言葉から暫しの間、結歌は無言だった。魔術を行使し、むりやりに連夜を引き剥がすこともなく、ただ無言だった。


「――手を、離してください」


 数秒の後、結歌が口を開いた。


「嫌だ」


 だが連夜は即答する。


「離してください」


「断る」


 二度目の返答も敢え無く即答、同時に結歌が深いため息を吐いた。


「もう、分かりましたから、その手を離してください」


「嫌だ……って、今、何て言った」


「ですから、貴方の要求は分かりましたから、その手を離してください」


 その言葉に連夜は目を見開く。連夜がいくら頼み込もうと結歌がそれに答えることはないと思っていたのだから。


「本当に、いいのか?」


「今更取り消すことなんかしませんよ、十六夜君、貴方の要求は分かりましたし、その要求に応えましょう」


 渋々といった調子ではあるが、結歌から放たれる言葉は肯定の意を示していた。


「ほんとに――」


「――ですけど、私が貴方に教えることは基本的な護身用の術だけ、そしてこれは貴方を監視する意味も込めています。貴方が約束を違えないために」


 あの様子では連夜が諦める未来など結歌には到底想像できなかった。勿論結歌とてお情けで連夜の頼みを聞いたわけではない。どの道一定期間連夜を監視するつもりでいたことから、自らの近くに置いておいた方が監視の目も届きやすく好都合だとして連夜の要求を受け入れたのだ。それにもう一つ。


「貴方が魔術を学びたいと言うなら私はそれを受け入れましょう……ですが、こちらにも事情があります、いくつかは貴方にも説明しますが、全て貴方のために動けるわけではないという事だけは把握しておいてください」


 その言葉に連夜は無言の頷きで返す。


「それでは、詳しい話をするので……とりあえず、私の家に行きましょうか」




 ところ変わって昨夜と同じく結歌の家、その洋間に連夜はいた。優雅に紅茶を飲む結歌と机を挟んで正面に座る連夜、奇しくも昨夜の焼き回しのような構図だった。違う所は時間帯と連夜が怪我をしていないことくらいのものだろうか。


「そんなに緊張しなくても、別に取って食べたりしませんよ」


 結歌は自らの対座に座る連夜へと揶揄するかのように言葉を投げかけた。


「いや、でもいざ魔術を教わるとなると緊張してしまって」


「あれだけ勢いよく頼み込んできたというのに……今更緊張ですか」


 呆れたかのような結歌の言葉に肩身が狭い思いをする連夜であった。


「緊張をしている所に悪いですけれど、何もいきなり魔術の修練を始めるわけではありませんよ。まず、説明すべきことがいくつかあるので、それにこちらに貴方をすぐに修練させるだけの用意が出来ていません」


「そう……なのか」


 目に見えて落胆する連夜を無視し結歌は言葉を続ける。


「まず最優先で話をしておかなければいけないことがあります。昨夜も言いましたが、昨日私達が対峙した『魔』は本体ではなくその一端に過ぎないと言ったことを覚えていますか?」


 連夜はその言葉に無言で頷く。


 昨夜封印した『魔』は本体ではなくほんの一端にすぎない、そうであるならば結歌はその本体を封印するべく動かねばならない。


「そう、私は今後もあの『魔』の封印を最優先に動きます、ですから貴方の修練に付き合うのはその合間ということになります。そこは大丈夫ですね?」


「あぁ、魔術を教えてくれることだけで十分だ」


 結歌は連夜の返答に満足したように頷きで応え、言葉を続けた。


「ですが、あの手の『魔』は魔術源を持つ人間に引き寄せられる性質を持っています。今までは私の魔術源に引き寄せられていましたが、昨夜の一見で十六夜君、あなたも目を付けられた可能性があります、ですので、今後あの『魔』に襲われる危険性があるということです」


 その言葉に連夜は動揺したかのように肩を揺らす。


「それは、困る。俺には自衛する手段がないんだ……あんなのに襲われたらそれこそひとたまりもない」


「えぇ、ですからそこで昨夜貴方に渡したタリスマンが役に立つわけです」


 タリスマン、それは結歌のお手製の持ち主を守護する魔術品である。その効果は人間の保護、つまり持ち主を守る文字通りお守りである。


「緊急時にはそれが貴方の身を守ります、貴方はそのタリスマンと明日から教える予定の護身用の魔術でとにかく逃げてください、町に異常が出れば私が気付いてすぐに駆けつけることができますから」


 わかりましたか? と言葉を続ける結歌に連夜も頷きで答える。


「わかったのでしたら今日はもう帰ってください」


「な、なんで」


 魔術の修練が出来ると勢い込んでいた連夜はその言葉に肩透かしをくらった。


「言いましたよ、こちらにはまだ貴方に魔術を教えるだけの準備が出来ていません、と。ですから魔術の修練は明日からです。幸い明日は土曜日ですのでお昼にこの家に来ていただければ準備も整っているはずです」


 ですから、今日はお帰りください。と結歌はにっこり笑って言い放ったのであった


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