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魔術師


 いかにも高そうな家具が並べられた洋間に連夜はいた。いかにも、というほど高級な家具が並べられていることにも関わらず、決して下品にはならずに上品にまとめられている。     


 連夜はこれまた高級な座り心地の良い椅子におっかなびっくり腰掛け、背の低いテーブルに置かれた紅茶を前にしている。そして、視線を上に上げれば、テーブルを挟んだ向かい側に、この洋間、いや屋敷の主たる望月結歌が腰掛けていた。


「それで、貴方は何故あの場所にいたのですか?」


 結歌は紅茶を一口含むと、それを飲み下し、おもむろに問いかけた。


「何故って――」


 そう、あまりの出来事に連夜自身が忘れていた理由。


「――そうだ、コンビニに買い物に出かけた時、偶然望月を見つけて……それで、こ

んな時間に危ないからって声をかけようと――」


「――違います」


 連夜のたどたどしい説明は他ならぬ結歌によって遮られた。


「私が聞きたいのはそんなどうでもいい話じゃありません」


 どうでもいいと吐いて捨てる結歌に連夜も眉をひそめる。何故あの場所にいたのか……それを問うたのは彼女ではないか。


「私が訊いているのはどうして貴方が……いえ、この言い方では誤解を招きますね、貴方が何故、どうやってあの場所に入ったのか……です」


 どうやって入ったか……質問の意図を測りかねる。その言い方では、まるであの場所に連夜が立ち入ることなど不可能だとでも言いたげではないか。


「どうやっても何も、俺はただ望月の後を追いかけて、普通に歩いてただけで」


「それがありえないって言ってるのですけど」


 結歌は深々とため息を吐いた。


「もういいです、あなたは関係者ではない、あの場所に紛れ込んだのはただの偶

然……そういうことにしておきます。おそらく、認めたくはありませんが私の方に不備があったのでしょう」


「待てよ、勝手に連れて来といて一人で勝手に納得しないでくれ。俺は結局何一つとして理解してないんだ。望月はもう俺に用はないんだろうけど俺は違う。……ちゃんと説明してくれるまで俺は帰らない」


 結歌のそのあまりにも独善的な態度にさしもの連夜も声を荒げる。当の結歌はといえば、椅子に深々と腰かけ、優雅にティーカップを傾けている。


 一口紅茶を飲み下し、その香りを楽しむかのようにカップを揺らす。まるで連夜など存在しないとでもいうようなその様子に連夜はいきり立つ。文句の一つや二つつけてやろうと息を吸い込んだときだった。


「帰らないなら勝手にそうすればどうですか?」


 まるでなんでもない事のように結歌は告げた。


「――は」


 出鼻をくじかれる形となった連夜は、そのままぽかんと口を半開きにし、今しがた結歌の発した言葉を頭の中で反芻していた。


 勝手にすればいい、それはつまり結歌は連夜がこの家に留まろうと一向に構わないということ、それはつまり、どういう事なのだろう。


「だから、帰らないなら好きにすればいいじゃないですか」


 思わぬ一言に反応の遅れた連夜に追い打ちをかけるかのように再度結歌は口を開く。


「――なんっ」


「そもそも、私としてもこのまま家に帰すなんて間抜けな真似はするつもりはありませんでしたし、むしろ帰らないと言うなら好都合です」


 結歌の表情はあくまで笑顔だ。


「十六夜君、貴方しばらくそこを動かないでくださいね」


 結歌は空になったティーカップをソーサーに置く。その些細な動作でさえ、威圧的に見えてしまう。


「――な、にをする気だ?」


 一歩一歩ゆっくりと近づいてくる結歌の姿に連夜の全身から冷や汗が吹き出す。


「何を――? 何度も言ったと思いますけど、貴方がそれを知る必要はありません。ただ黙って事が済むのを待っていたらいい。気がついたら貴方は全てを忘れているのですから」


 異様な迫力を(かも)し出す結歌を前に連夜は指一本動かすことができなかった。


「抵抗しなければ痛い思いはしないで済みます、おとなしくしていれば一瞬で済むことです」


 連夜の腰掛ける椅子の目の前まできた結歌は、ゆっくりとその右手を連夜の頭部へ伸ばした。


「――もし、忘れてなかったらなんて……そんな甘い考え捨てたはずなのですけどね」


 不意に結歌の人形のような無表情が崩れ、失えてしまった何かを探すような、途方にくれた表情に支配される。だが、それも一瞬のこと、結歌はすぐさま表情を引き締めると、その手で連夜の額に触れた。


「――想像(イメージ)、同期」


 結歌に触れられた頭部が熱を帯び始める。


「該当箇所、検索、封印準備」


 その言葉を合図に全身を不快感が襲う。まるで頭の中を見えない手でまさぐられているような、そんな言いようのない感覚に連夜は吐き気を覚えた。


「該当箇所、発見、封印開――っ」


 不意に結歌の腕が何かに弾かれたように連夜の頭から離れた。


「貴方っ――今何をしたのですか!」


 結歌は弾かれた腕を庇いながら連夜を睨みつける。


 当の連夜は結歌の威圧感と頭の中を探られる不快感から開放され、椅子の背もたれに体重を預けきり呼吸を整えていた。


「答えなさい。貴方は今何をしたのですか? いえ、それよりも何故、貴方の魔術源が稼働しているのです」


「――何をって、俺は何も、それに、魔術源って……なんの話しだよ」


 元々自身の置かれた状況を全く理解できていなかった連夜にとって、今のこの現象も、いや、結歌が何をしようとしていたかさえ理解の及ぶところではなかったのだ。


「――とぼけないでください、強力な魔術源は魔術の家系に生まれた者しか持たない。貴方のような、何の知識のないただ一般人にはそれほどの魔術源は現れない、それも稼働しているだなんて……どういうつもりかは知りませんが、つまり、貴方は私を欺いて何かを企んでいたのではないですか?」


 結歌は鋭い目つきで連夜を見据える。


「なんっ……何を言ってるんだ、望月は! 何度も言うけど俺は何も知らないし、何もしていない、望月を騙そうだなんて微塵も考えちゃいない」


 さしもの連夜も腹に据え兼ねたのか、声を荒らげて反論する。感情のまま言葉を紡ぐ連夜を結歌も呆気に取られたように眺める。


「そもそも望月は俺に何も説明しちゃいないじゃないか! 俺は何も知らないし、何も分かっていない、なのにいきなり連れてきて言いがかりを付けるのか、望月は!」


 唖然としたまま何も言わない結歌に連夜はさらに言い募る。


「魔術源だとか魔術の家系だとか、俺はそんなもの知らない。望月が何を考えてるのかも、俺の何を疑ってるのかも知るわけがない。望月は何も知らない俺を糾弾して喜ぶ趣味でもあるんじゃないのか」


 結歌を睨みつける連夜に結歌は小さくひとつ息を吐いた。


「そうですか、ならあくまであなたは何も知らないと……そう言いたいわけですか」


「あぁ、そうだよ」


 疑わし気に訊く結歌に連夜は不機嫌に返す。


「それで……あなたは知りたいのですか、先ほどの事を」


「あぁ、知りたい……教えてくれるのか」


 即答する連夜に結歌は居住まいを正す。


「――最初に言っておきますが、魔術は本来何も知らない一般人が知るべきことではありません。ですが、あなたのように極稀に魔術の行使、あるいは、それに準ずる事象を目撃してしまう者がいます。その場合目撃者を速やかに捕縛、その後記憶の封印処理を行ってから日常生活へと帰すことが鉄則なのですが……。どういうわけか、あなたに対しては封印の術式が作動しないのです。……いえ、少し違いますね、作動はするのですが、該当箇所の封印を実行する時、レジストされるのです」


 神妙な面持ちで話し始めた結歌に対し、連夜は得心しない、といったように訝しげに言葉を返す。


「レジストって……防がれたってことだよな、俺何もしてないんだが。それともその封印術式ってのはそうそう失敗するものなのか?」


「まさか、この術式は確かに高度なものではありますが、一度発動さえしてしまえば途中で中断されるものではないのです。対象が反抗の意思を持って対抗術式さえ使用しなければ、ですけど。……ですがあなたは確かにこの術式をレジストしてみせました。そんなことをしておきながら当人は自分は何も知らないなどとのたまう始末です。ただの一般人に魔術のレジストなど不可能です。なので私はあなたが同業者という線を疑ったわけですが……その様子を見るに本当に知らないようですね。あなたがよっぽど腹黒で演技に長けていないかぎりは……ですが」


 魔術の心得のない者が魔術をレジストする。通常ならばありえない現象であり、結歌が連夜を魔術師だと疑うことは無理のない話である。だが、連夜は真実、魔術の存在など全く認知していなかったのである。結歌の目には連夜はまるで珍獣のように映っていることだろう。


「なんだよ……その目は、俺は嘘はついていない、そんな器用な真似はできない」


「いいです、今はその言葉を信じましょう。――そして、私は現在貴方の対処に困っているわけです」


 結歌の口から大きなため息が漏れる。結歌にとって目の前の連夜はセオリーの通じないイレギュラーな存在だ。魔術師が一般人に魔術を見られた場合、取るべき行動は基本的に二つ。一つは結歌から説明のあった通り、記憶の抹消、あるいは封印処理なのだが、それが不可能となれば、取るべき方法は残る一つとなるのだ。だが、結歌はその手段を取ることに躊躇いを覚えていた。


「記憶封印ができないとなれば、もう一つの手段を取らざるを得ないのですが、この場合、後々面倒が生じる可能性が高いのです。それにあなたにとっても歓迎すべき事態ではないはずです。――ですので、それについて今は保留とさせてもらいます」


「つまり、どういうことなんだ。結局望月は俺に説明してくれるのか?」


 連夜が望んでいることは魔術と、先ほどの狂った風に対する説明であり、長々とした前置きなど重要ではなかった。黙って聞いていたが、連夜への返答を行わない結歌に対しすこしばかり焦れていたのだ。


「えぇ、事情は説明させてもらいます。ですがその前に一つだけ……十六夜連夜さん、あなたは魔術に関する情報を決して口外しないと誓えますか?」


 鋭い眼光で連夜を見据える。


 その双眸に見据えられた連夜はまるで蛇に睨まれた蛙のように指一つ動かすことができなかった。言いようのない迫力を孕んだその眼光は、ただの一般人である連夜を萎縮させるには十分なものだ。


「あ、あぁ、誓える。魔術のことは決して話さない……。これで、いいのか」


 連夜の返答にとりあえず満足した結歌はふっと柔和な笑みを浮かべ、その愛らしい口を開いた。


「言質はとりましたからね、もしあなたがこの誓いを破った場合ですが……」


――速やかに抹消させてもらいます


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