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黒い風


「あなたはっ! 自分の身を守る術も持たないならアレを刺激しないでください!」


 鋭い声で叱責が飛ぶ。ともすれば命の灯火すら消し飛ばしそうな激しい風の中、情けなく地面にへたり込んだ連夜は呆然と眼前に立つ少女の背中を見上げた。


「十六夜君、貴方が何故ここにいるのですか」


 結歌は未だ立ち上がる事の出来ない連夜に言葉を投げかける。全く感情の込められていない声は冷ややかで、触れれば切れてしまいそうな程だった。


「――まぁいいです、それ、持っていてください」


 微かな嘆息と共に、振り向く事無く投げて寄越された何かを連夜は慌ててキャッチした。


 それは、金属性のネックレスだった。チェーンの先には飾り気のない金属の板があり、何やら文字のようなものが刻まれていた。


「それはタリスマン。説明はしません、あなたがそれを理解する必要もないですし、理解できるとも思いません――ただ、絶対に離さないこと、それだけをまもっていればいい」


 そう告げると、結歌は再びあの風の爆心地へと足を踏み出した。ただの一度も連夜に視線をやることもないままに。


「望月、お前何を――」


「そこで黙って見てなさい。あなたには何もできませんし、何もさせません。」


 その足を止めることなく結歌は進み続ける。その先に待つは人の手に余る暴力の塊。


 猛り狂う風が結歌の接近を許容するはずもなく。さながら刃のようなその身を持って、華奢な体を切り裂かんと襲いかかる。


 一瞬の後、結歌はその凶悪な牙に抗うことなどできず、無残にもその体を血に染めるはずだった。


 だが、木々をも抉り切り裂くほどの(やいば)は、その(ことごと)くが結歌の肌を裂くことは叶わずに霧散(むさん)した。


「――さっきはあの馬鹿に邪魔されましたけど、今度はそうはいきません」


 既に結歌は黒い塊の目前にまで到達していた。


「――想像(イメージ)、同期」


 結歌は腕を持ち上げ眼前に(たたず)む黒い塊に手を伸ばす、そして、まるで風が実体を持っているかのように、そっと触れた。


「――っ」


 瞬間、絶叫が響いた。頭に響く程高い叫びかと思えば、地鳴りのような低いうめき声のようにも聞こえる。到底、人に出せる音ではなかった。だが、その叫びは人の声にあらざる音でありながらも、それでいてどこか人間味のあるものに聞こえる。


 たまらず耳を(ふさ)ぐがその行動は全く意味を成さない。


 絶叫とともに、まるで苦しみ、のたうち回るかのように、黒い風は見境(みさかい)なしにその破壊の刃をふるい、無差別に傷跡を穿(うが)つ。


 荒れ狂う刃、そしてこの叫びを至近距離から受けているはずの結歌は、しかし顔色一つ変えることはなかった。


「――」


 結歌の口が動く。(つむ)ぎ出された言葉は絶えることのない叫びにかき消されて、聞こえることはなかった。だが、その一言が何らかの切欠となったのだろう。


 ただ無差別に破壊を()き散らしていた黒い風は、その全てが爆心地へと舞い戻り、幾重(いくえ)にも重なりその中身を覆い隠した。触れていた手は弾かれ、さしもの結歌も後退を余儀なくされる。


 だが、結歌は再び風の密集地へと手を伸ばす。そして、またも風の表面とでも言うべきか、塊の最も外側に位置する風に触れたのだ。しかし、それだけでは終わらなかった。

結歌は一度大きく息を吸い込むと、一息にその手を風の内側へと突き入れた。

瞬間、一際激しい叫びが響き渡った。


 耳を(つんざ)くようなその叫びに、しかし結歌は意に介した様子はなく、更に深く、更に奥へと、(えぐ)り、まさぐっていく。


 無数の風の刃が不届き者を排除せんと襲いかかるが、やはり彼女に傷一つ与えることが出来なかった。


 そして、塊の中を(さぐ)っていた結歌は、目的の何かを見つけたのかピタリとその動きを止めた。そしてその口角に薄ら笑みを浮かべると。


「――封印」


 小さく、しかし力ある確かな声でそう呟いた。


 その言葉を合図に、辺りを支配していた黒い風はその(ことごと)くが力なく宙へと霧散(むさん)していった。


 あの耳を劈くような悲痛な叫びも、最後に一際大きく叫んだ後、沈黙を守っている。


 全ての黒い風を回収した塊はその端から消散(しょうさん)してゆき、最後には闇よりも深い黒をした結晶のようなものが残された。


 あの肌を刺すような敵意も、今は感じない。


 先程の光景がまるで嘘であるかのように、静寂が辺りを包み込んだ。


 結歌は地に落ちた黒い結晶を拾い上げ、ゆっくりと連夜へと向き直った。まるで射抜くかのように鋭い双眸に怯む連夜に対し、結歌は口を開く。


「――さて、次は貴方です」


 ひと呼吸置き、再び結歌は再び口を開く。


「――私は望月家現当主、望月結歌。神秘を追い、魔を討ち払う者。我と志を同じくする者ならば、その名と使命を明かされよ」


 ひどく古風な言い回し、彼女はまるで中世に生きる騎士のように高らかに言葉を紡ぐ。


 これはつまり、結歌は名乗りを上げたということなのだろうか。そしてそれを連夜にも要求している。


 だが、当の連夜は彼女の名乗りのおおよそ半分も理解することができなかった。神秘を追い、魔を討ち払う……まさかゲームの話しでもあるまい。


 だがこのまま答えない訳にもいかないだろう。結歌の鋭い双眸はぶれることなく連夜へと向けられている。これは明らかに何らかの発言を待っている様子だ。


「俺、は……俺は、十六夜連夜。神秘……だとか、魔とか、俺には望月が何を言っているのかさっぱり分からない、説明が欲しいくらいなんだが」


 結歌の鋭い眼光に重圧感を覚えながらも、連夜は口を開いた。だが、結歌の望んでいた返答を出すことはできなかったようだ。


 結歌は諦めたかのように大きくため息を吐いた。


「やっぱり……予想はしていましたけど……同業者でも、関係者でもないみたいですね、貴方」


 呆れたような声音で呟く結歌。しかし、その様子もすぐになりを潜め、再度連夜へと視線をやる。幾分か和らいだそれは、しかし友好的な様子とはまだ程遠かった。


「とりあえず、貴方をこのまま帰すわけにはいきません。どういう事情であれ、貴方はここで見てはならないものを見た。私は貴方をこのまま帰すわけにはいかなくなりました。――貴方はこれから私に着いて来てもらいます」


 見てはならないもの、考えずとも答えはすぐにでた。恐らくは全く理解の及ばなかった先ほどの一連の出来事のことだろう。


 結歌がそれに関係している人物だということは推測することはできる。だが、全く説明のないまま付いてこいなどと、流石に納得がいかない。最低限の説明くらいは欲しいものである。


「あの、少しくらい説明してくれないか? 俺はさっきのが何なのか全くわからないし、今の状況なんて、てんで理解していないんだ。それなのに着いて行くなんてできるわけがない」


「黙りなさい、今回のことは貴方が知る必要のないこと……いえ、知るはずのなかったことです。それに今の貴方に拒否権はありません。私は貴方を力尽くで連れて行くことも出来るのです。――これでも貴方に体を動かす自由を許しているだけ譲歩していることを忘れないでください」


 だが、連夜のそんな思いを言葉にしてはみても、帰って来たのは苛立ちを含んだ眼光と鋭い言葉だけ。有無を言わさぬその態度に連夜は力なく従うことしかできないのだった。



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