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なかなか更新しないのですが、気長にお待ちください!
「すまない!」
この世の中に、どれくらいの人が自分の父親の土下座を見た事があるのだろう。怜央は、生まれてきて20年初めての経験を今している。
どうしてこの状態になっているのかと言うと、1時間ほど前に遡る…。
「引っ越しセンターです!杉原怜央様のお荷物はどちらでしょうか??」
チャイムで起こされて、玄関を開けると引っ越し業者がいた。唖然としていると、父親から電話がかかってきた。
「お父さん、今引っ越し業者が来てるんだけど…」
『そうか。業者の人と代わってくれるか?』
「わかった」
子機を渡し、業者の人は 少し話をするとお邪魔しますと言って家に上がってきた。
「ちょっと!」
慌てて引き止めるが、強引に押し入ってくる。
「お父様の許可を得ていますので、失礼します」
「は?」
「二階の一番奥の部屋だ」
二階の奥には、怜央の部屋がある。ある程度掃除はしてあるものの、今起きたばかりである。どんな状況になってるのかあまり覚えていない。
「待ってよ!」
意味がわかってない怜央は、何度も聞いて欲しくて声をあげるが、全く相手にしてもらえない。
「私の荷物をどうするつもりよ!」
「新居に運ばせていただきます」
「新居??」
「はい。駅前の○○マンションの905号室です」
○○マンションとは、駅前の高級マンションである。何故そんなマンションに荷物が運ばれるのだろうか…。
何も無くなった部屋を見て、声も出ないし動く事も出来なくなってしまった。
そして、仕事の途中であるが慌てて帰って来た父親が出だしの様な状態になっているのだった。
「何を言っても許してもらえないと思うが、本当にすまない!!」
「すまないって、とにかく何がどうなってるか説明してよ」
「それは…」
なかなか言い出さない父親に、イライラが溜まってくる。
「さっさと言えば」
「その…」
「お父さん!!」
さらに頭を下げる父親に、イライラを通り越して情けなくなってくる。こんなんで、社長とかやってるのが不思議でたまらない。
「実は…」
父親が話し出した内容は、信じられない程ふざけたものだった。
「賭けで負けて借金つくったってどういう事よ!」
「始めはずっと一人勝ちだったんだが、気付いたら借金が膨らんでて…」
「お父さんは、お人好しでバカなんだからギャンブル一切しないって、お母さんと約束したでしょ!」
「父親に向かって、馬鹿って…」
「馬鹿だから馬鹿って言ったのよ!」
どうやら、社長の集まりでカジノに行ったらしくそこで初めてのギャンブルにのめり込んだ。借金は、出張の一週間で2千万も膨らんだらしい。
「借金の肩代わりに、どうして私が結婚しなくちゃならないのよ!」
「それは…」
「自分でなんとかしてよね!」
「会社にバレたら、信用を失ってそのまま倒産してしまう!」
「だからってねぇ!」
いつか政略結婚するだろうと思っていても、まだハタチになったところでまだ学生だ。急に結婚と言われても素直にうんとは言えない。
「さらに、何で勝手に引っ越しまで!」
「それは、相手方が手配してだな…」
「てか、相手って誰よ!」
「それは、お前も知ってるだな…」
言い出そうとすると、秘書の丸山さんが入ってきた。
「社長、約束の時間です」
「あぁ。怜央、着いて来て欲しい」
「は?」
「お嬢様にとって、これからの事がありますので着いて来ていただきます」
社長の父親より秘書の丸山の方が、昔から厳しく怖かった為に、頷く事しか出来ない。
車に乗って連れて行かされたのは、朝方聞いたマンションだった。エレベーターに乗って、階が上がるのを見て胸がドキドキしてくる。
部屋入るとモデルルームの様なオシャレなリビング。奥の部屋を開けると見覚えのある家具が、数点あり自分の部屋である事に気付く。
「本棚と勉強机以外、何でないのよ」
「お部屋のイメージに合わない物は、全て捨てさせていただきました」
「は?」
お気に入りのソファーも大きなイチゴのビーズクッションも無くなっている。大量にあったぬいぐるみも、テディベアが一体残っているだけだった。
白を基調とした部屋は、今までの部屋とかなり違い、女の子の部屋だなと他人事の様に考えていた。
静かな空間を打ち破る様な怒声が、玄関の開く音と共に急にするのだった。
「ふざけんな!まだ俺は学生だぞ!何が結婚だ!!」
ビクッ。
怜央の身体が、声に反応し若干震え始める。怒声が怖いのではない。聞き覚えのある声に身体が勝手に反応するのだ。
「勝手に決めやがって!何で俺が会社の為に犠牲にならなきゃなんねーんだよ!!」
「佳暁様、いつまでも子供みたいな事を言ってないで、さっさと挨拶してきなさい」
「はぁ?」
「靴があったでしょう。もうお相手はいらっしゃってますよ」
「何?」
ドタドタッ。
荒々しい足跡が、どんどん近付いて来て怜央の心臓は、ありえない程ドキドキしている。
コンコンッ。
ノックの音が、部屋に響く。
「ちょっと…」
ガチャッ。
言い切る前にさっさとドアが開いて、怜央は咄嗟に背を向けてしまう。
「言っておくが、俺は結婚なんか承知してないからな」
「………」
「もししたとしても、一生お前を好きになる事はない」
「………」
私だってそう思ってる!
そう言いたいのに、全く声が出ない。そんな酷い事、何で言われなければならないのか…。
「ちょっと、聞いてんの…」
グイッ!
肩を掴まれて、後ろを振り返ると…。
「杉原?!」
男は、きっと怜央が居た事が予想外だったのだろう。これ以上ない程大きく目を見開いていた。
「佳暁様、結婚相手の杉原怜央様です」
「は?」
「ですから、お相手の…」
「そうじゃなくて、何で杉原なんだよ!」
「問題は無いでしょう」
「問題大有りだ!!」
秘書らしき人と声を荒げて話していて、全く会話に入っていけない。
「佳暁様、幼馴染なのですから気心知れていて良いではないですか」
「だから!」
「そうそう。私の今日の仕事をしなくては」
「話を聞け!」
秘書らしき男は、紙の束から一枚紙を抜き出し、怜央に渡し黒い笑みを浮かべる。
「怜央様、高岡社長の秘書をしております黒瀬と申します。私の今日の仕事は、これに記入をして提出する事ですので、よろしくお願いします」
怜央は、もらった紙を見て愕然とした。
「これ…」
「もちろん、婚姻届です。今日中に提出してもらわないと私の夏のボーナスがなくなりますので、ぜひよろしくお願いします」
「ふざけんな!」
「ふざけておりません。私の家族の為にも仕事を遂行させていただきます」
ところが、婚姻届を佳暁が破り捨てる。
「こんなものこうすればいいんだ」
ストレスを発散させるように、ビリビリに破られた紙を眺め心が痛んだ。
彼が、いつもこんな風に女性を切り捨ててきたのだろうと想像したからだ。
「佳暁様、残念ですが…」
黒瀬が、紙の束をどさりと置く。よく見ると全て婚姻届らしい。
「佳暁様が破り捨てる事を前提に、大量に書いていただいておりますので、夜まで時間はたくさんあります。必ず書いていただきます」
佳暁が諦めたのは、それから3時間後であった。突然の事に二人は夫婦になってしまったのだった。