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四つの瞳

太陽が小さな月の後ろに回る

今日はそんな金環日食があった


どれだけ珍しいかということを年表通りに説かれたところで、到底想像もつかないけど、

その現象が人々の心に刻み込むものは大きいんだということだけは分かる


僕は通学途中で一番見晴らしのいい場所で、フェンスにもたれかかって空を見上げる

僕の他にも何人かの人達が来ていて


今まで仕入れてきた嘘くさい知識を水まきのようにばらまく人もいれば

今か今かと三脚を立てカメラを構える人もいる

空には見向きもせず、腕に着いてる鎖のような時計を見ては足早にその場を駆け抜ける人もいれば

空虚を追う目で隅の方でたたずむ人もいる


人が多いところは苦手だから、日食はもういいかなって思っていたら


「偶然だね」


と後ろからキミの明るい声がした


「うん」


「今日は日食だもんね」


キミは周りの人達をちょっと見渡して、帰らなくてよかったとほっと溜息をついてキミを見た

キミのちょっと茶色くて澄んだ瞳は空の明るさを浴びて、ゆらりと淡く光っていて、その瞳と同じものが見たいと思い少し身を乗り出した


「あれ、持ってる?」


「日食メガネ?」


「そう」


ちょっと待ってねと、キミは鞄の中からそれを取り出して僕にくれた

真っ黒のフィルターを通して見た太陽は本当にちっぽけで、頼りなく思えた

僕らの心臓の方がよっぽど大きいのにな、なんて


「後少しみたいだよ」


「調べてきたの?」


キミは違うよって言って笑って、さっきからずっと知識をばらまいてた人を指差して


「あの人がずっとカウントダウンしてる」



いくら珍しくて貴重なことであろうと、現実がひっくり返ることはないというのに

そこまでして楽しみに待つものなのかと疑問に思うけど、

それほどこの日を心待ちにする理由があったんだろうから、

それはそれでいいんじゃないかなって思うんだ


僕だってきっと、少し楽しみだからいつもより口数が多い




「もしも太陽が月の後ろからずっと姿を見せなかったらどうする?」


僕が唐突にそんなことを言うと、キミはうーんと考えて


「どうだろうね」って笑った


キミは僕のよくわからない仮定話に付き合って、いろんな発想を巡らせて話してくれたけど

最後にキミは僕を見ながらこういった


「たぶん、今までと何も変わらないんだよ」って


遠くを見つめながらそんなことを言うから、僕はきゅっと不安になって胸を押さえたけど

キミがすぐ僕を見て、優しい目を向けてくれたからすぐほっとしてまた溜息をついた


何も変わらない、ずっとこのまま

キミとこうして変わらずに話ができればそれはそれでいいなって思った



「ほらもうすぐだよ」


一つのメガネを一緒に覗く

四つの瞳の先に一つの月と太陽が見える


周りもざわざわとし始め、二つの星が重なった時、静かになった


僕とキミ、月と太陽

隣り合うのは珍しいこの二つが今、暗くなった青空に重なって見えた




「きれい」


僕のこぼしたこの言葉が、キミの耳に届いたとき

初めて話しをしたような変な感覚が押し寄せてきて

どこか遠くの知らない宇宙を瞼の裏に描いた


「うん、すごくきれいだね」




それから太陽が月の裏から出てこないようなことはなく

また同じ速さでその二つの星は離れていった


月と太陽が離れ離れになってもさ

全部がいつもと同じに戻ってもさ


変わらないものがあるとすれば、僕がキミに出会えたってこと

今この場にいる多くの人が、大切だと思える人に出会えたってこと


太陽のリングは、運命の輪っかだ




そしてやっぱり


今まで仕入れてきた嘘くさい知識を水まきのようにばらまく人もいれば

満足げに三脚をたたむ人もいる

空には見向きもせず、腕に着いてる鎖のような時計を見ては足早にその場を駆け抜ける人もいれば

空虚を追う目で隅の方でたたずむ人もいて


こんなに大変な宇宙の一大イベントの後でも、こんなにあっさりと日常は戻る

立ち止まった人はまた歩き出す



ねえ、今日はさ朝からキミの通学路に寄ってみてよかったよ

一緒に同じ景色を見れてよかったよ


一緒に今ここにいることができて、よかったよ


例え何があったとしても

僕は僕でキミはキミで、何も変わることはないんだと思う



右の肩にキミの、右の目に太陽の

熱がまだ残ってる




読んでくださってありがとうございます。

もしよろしければ、感想・評価をしていただけると幸いです。

よろしくお願いします

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