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四千字程度。

ちょこちょこ加筆・修正しています。

今日もいつもと同じように登校した。教科書を机の中へ入れようとすると、指先になにかが当たった。それはカサリと音を立てた。


なんだろう。


ただただ単純に、疑問だけが大きくなる。果たしてソレは薄いピンク色の封筒だった。もしや……と期待が膨らむ。


裏面を見てみると、可愛らしい文字で名前が書かれていた。


『哀染愛より』


女子からだった。

女子からなのだ。ここ重要。


封をしているのはハート形のシールだった。


きっとこれは二次元上にしか存在しない、若しくは絶滅しかけているラヴレターなのではなかろうか……。


いや、待て。早まるな。ドッキリかもしれない。そうだ、疑り深くならねばなるぬ。


だけど、もしかしたら、もしかするのかもしれない。


高鳴る鼓動を抑えようとするも、かなわない。深呼吸をしてみるも、落ち着かない。


漫画や小説を読んでいると、若し僕がラヴレターをもらったならばこうするのに……なんて思っていたのだが、生憎その時の記憶がごっそりと抜け落ちている。


かなり焦ってきた。なんだって僕なんだ。他の誰かでもよかろうに!


いや待て嘘だ。大歓迎だ寧ろもっとこい。そう願いたい。


緊張している。動悸が収まらない。手はじっとりと汗ばむ。


誰にも気付かれないようポケットへ慎重に入れた。


教室を見回すと、何故かこちらを見ている……なんて手紙を差出した本人だろうに……哀染さんと目が合う。


拙い、今の僕の顔を見られるのは良くない。嬉しさで変な顔になっているはずだ。


ぱっと弾けるようにソッポを向いてしまった。


なにをやっているんだ僕はー! まるで目を合わせたくないみたいじゃないかー!


と思いながら、恐る恐る哀染さんへ視線を送る。


すると、彼女は僕に微笑んできたのだ! 僕の愚行をものともしないように。


これは、やはりアレなのだろうか。いやいやいや。待て。落ち着け。


とりあえず僕も微笑み返すことにした。そのまま見つめ合うこと数秒……物凄く恥ずかしい。


うわっ、絶対に耳まで赤くなってるよコレ。なんで僕の方が一方的に恥ずかしくならないといけないんだ?!


穴があったら入れてみたい。間違えた。穴があったら入りたい。てか、願望なのか? 思春期してますね、僕……(遠い目


寧ろ今から掘るか、開発しますか、アッー!

…………もう、なにがなんだか。


混沌となる思考は無視しよう。多分、このまま半刻ばかりは悶々としていられるな。しかし、そんなのは嫌だ、恥ずかしい。


僕は席を立ち、便所へと向かった。手紙の内容を確認する為にも……哀染さんから一時的に逃げる為にも。


もしだよ、仮に封筒の中身が大型百貨店の福引き券とかだったら……なんてオチは嫌だよ、絶対に。


…………*


手紙は、『今日の放課後、体育館裏までちょっと来いや』という感じだった。若干、ニュアンスが変わっているかもしれないけど、まぁ、だいたいこんな内容だった。


放課後の呼び出し、しかも女子から、コレなんてギャルゲ? と訊ねたくなるよ、本当に。


不良娘とかだったらそりゃ怖いけども、差出人はあの(・・)哀染さんなのだ。

だから、まさに半信半疑な状態である。


…………*


名前なんてモノは別にこれといった強制力もないはずだ。その人が名前によって人生を左右される訳でもなかろう。


だけど、だからと言って、全く無関係という訳でもない。


名は体を表すという言葉は存在するし、国語の小論文でもナニカそのようなことが書かれていたのは記憶に新しい。


言葉に縛られると表現するのか、まあよく分からないけれど、彼女は所謂、特殊な人なのだ。


哀染愛。

哀しみに染まりし愛。


彼女の周りにはよく不幸なことが訪れるらしい。らしい、というのも僕は噂でしか聞いたことがないからだ。


噂なんてモノは、大抵尾ひれがつくから信じる必要はないと思う……終いには背びれや胸びれまでついてしまい、一体何が本当のことなのかが分からなくなる。


しかし、火のないところになんとやら。その噂にも少なからず真実は隠れているはずなのだ。


だから、少しくらいは気に留めておいてもよいかなーと思う。どうせすぐに忘れるのだろうけど。



さて、悶々と一人自問していても、答えなんてものは決して出ないのだから、当初の目的を果たそう。



下ネタの話に分類されてしまうかもしれないけれど。


トイレ、それも個室という空間はとても落ち着ける場所だと思う。


鍵をしてしまえば、外界からの接触を完全に遮断出来てしまえるのだから。


お前の席ねぇから、みたいなことが起こらない限り安全な場所だよね。


だけどその考えは、青春を謳歌している……はずの……子どもが考えているなんて、なんか悲しい事だけれど。



ま、いいや。



随分と遠回りをしてしまった感は否めないが、話を戻そう。


手紙……例の封筒だ。


今は『トイレの個室NOW』とかそんな感じなのかな? そんな事を呟いたところで、誰も返答なんてしないのだろうけど。


さて、どうする。


放課後に女子からの呼び出し、このフレーズだけを聞いたのならば、それは大変魅力的な話でありすぐにでも飛び付きたくなるだろう。


それも薄いピンクの便箋で、可愛らしい字で綴られている。もし、嬉しいと感じない男子がいたとするならば、そいつは不能か薔薇だな。


僕は不能でもないし、ソッチの気はさらさらない。友達に阿部さんなんていない。セクスィーヴォイスを有する男性もいない。


そんな事を考えていると、不意に便意が催されてきた。ブルっと全身の筋肉が緊張する。



アッー!



と、なんとも情けない声が出てしまった。まぁ、これはしょうがないよな、うん。生理現象なのだもの。


どんなに売れっ子アイドルでさえもトイレには行くんだから、問題ないよね……なんて、何時迄も下ネタ思考な僕は、人として終わっているかもしれない。


結局、手紙の件についてなにも考えていないや。


…………*


僕は高校生である。まだまだ始まったばかりとはいえ、十数年の間を生きてきた訳であり、それなりの経験をしてきたつもりだ。


だけど、朝方に起こった事件……と言っても過言ではない……は、今迄過ごしてきた中では新鮮で刺激的で衝撃的な出来事であった。


第一に人を好きになることも、好かれることも経験していないはずの僕が、一体なんで告白されなきゃならんのか。甚だ疑問を浮かべざるを得ない。


平々凡々。これといって特出した能力を有している訳でもないし、イケメンでもない。


僕は、普通なのだ。なにを以てして普通たるのかは曖昧だけど、世間一般で捉えられている『普遍』なのだ。


きっと僕の将来は普通の大学へ進学し、普通の会社へ就職し、綺麗過ぎずかと言ってブサでもない人と結婚して、波風立たない平穏な家庭を築き、そして夫婦仲良く畳の上で死ぬものなのだ。


ノーベル賞を獲得するでもなく、業界で名を残すような偉業を果たすでもなく。ひっそりと生活するんだ。


もし仮に僕の人生や生活を俯瞰している高次元的な観測者がいるのであれば、教えてほしい。


僕がゲームにて選択肢を選ぶように、如何するべきなのかを教えてほしい。如何することが最善なのか。


…………*


帰りのHRが始まった。

今の今迄、ずっと手紙のことを考えていた所為……なんて表現は些か失礼なのかな……で授業には集中していなかった。


そもそもこれ迄なんの接点もなかったのにも関わらず。ただの級友としか思っていなかった彼女が、今では僕の中の殆どを占めている。


たった一枚の便箋で、こうも世界はガラリと変わる。


これが恋することなのかと思いつつ、それはないなと否定する。


哀染さんには、僕が格好良く見えた瞬間でもあったのかな、とか思ってみたり。


なーんて、自惚れているのかね。


「さよーならー」


と、気の抜けた挨拶と共に、僕ら生徒は蜘蛛の子を散らすように教室から離れる。


それは部活であったり、掃除場所へ向かうのであったり、或いは下校するのである。


そんな、ありふれた溢れる人に流される。


手紙の約束通り、体育館裏へ足を運ばせようとするが、待ち合わせの時間までまだ半時ばかり余裕があった。


かと言って遅れるのはなんだか気が引けるし……早め行って、眠るでもして待つことにしよう。

決めた、そうしよう。


…………*


僕は何時も後悔している。直感で判断する時は必ずベストな成果を果たせず、後々に家へ帰ってから風呂場で愚痴るのだ。

そう、今回もまた。


…………*


暖かな陽射しに包まれて、僕はすぐに眠ってしまったようだ。

遠くから部活動での掛け声や、吹奏楽部員が奏でる音色を子守唄のように聴きながら。



夢を見ている。



夢の最中に「これは夢だ」と認識出来ているのは何時以来だろうか。


不思議感覚だ。「夢の中」という世界を自由自在に支配出来る優越感。自分自身を思い通りに動かすことの出来ない不快感。脚が地に着いていないような浮遊感…………。



泣いている子どもがいる。地面に蹲り、袖で涙を幾度も幾度も拭う。周囲にはその子を気使うような大人はおろか、人さえいない。

僕はただその子を見ているだけだ。


あぁそうか。あの子は…………




「やあ、お目覚めかい?」

「…………ん?」


声にならないような声。寝起きのソレは幼子のようであった気がする。

眼を薄く開く。視界に広がるのは燦々たる太陽と誰かの横顔。


「起きたのかと聞いているんだよ?」

「あ、ああ。起きているよ」


寝惚け眼をこすりながら、ぽやぽやと応える。


「やれやれ、参ったね。私にとっては一大イベントだと言うのに……」


僕はその言葉にて、意識を強制的に覚醒させられる。


そうだった、今はあの手紙の……待ち合わせ!

頭を軽く振り払うと何時の間にか乗っていた木の葉が舞った。


「お、おう。約束通り来た……よ?」


何故か疑問になってしまう僕。


「うむ、そのことについては感謝する。ありがとう」


哀染さんは頬をポリポリとかきながら僕に礼を言った。顔を赤くさせながら。視線は何処か遠くを向いていた。ぐは、なんすかこの可愛さ。良くないですよ。


「いや、そんな。正直、凄く嬉しかったし……お礼なんてそんな!」

「いや、いきなり放課後に体育館裏までに来てね、とか書かれている手紙があったとしても、少なからずは疑うだろう? だけど、君は……疑念を抱いたのかどうかは分からないけれど……来てくれた。そのことについてはお礼を述べたい。ありがとう」

「え、いや~……どういたしまして?」

「うん……」

「…………」


なんすか、このもどかしい空気は。付き合い始めた中坊か。こんなことを考えている僕はきっと赤面しているのだろう。困る。


わ、なんか緊張してきた。なんでだろ。僕から告白する訳でもないのに。し、深呼吸をしよう。


この居心地の悪い雰囲気に耐えかねられないのか、彼女は俯いてしまう。


彼女が今、どんな表情をしているのかは分からない。けれど、髪の毛の間から見える赤い耳は色々と物語っている。


ありがとうございます。


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