2012/03/14 Wed
2012/03/14 Wed
眼の前に映る景色、それは全てが何色にも染まっていない純粋さや清潔さを醸し出すには十分過ぎる程の白だった。僕は幾度となく地方特有の季節、冬のワンランク上である『獄冬』を体験してきたが、今回の獄冬はなかなかどうして、今までよりも厳しくも激しい、そして厳かであった。だけれどもそんな形容をしてもしなくても、滅茶苦茶に寒い。本当に。凍え死んでしまうほどに。
この獄冬というものには『極冬』『獄島』と色々な説があるけれども、やはり寒さの厳しいここでは『獄冬』が一番しっくりくる。
なによりも毎朝、ダイアモンドダストが見られる。
なによりも毎日、鼻から息を吸うと鼻の穴が凍って塞がってしまう。
なによりも毎晩、お風呂の戸は水蒸気が凍るせいで開けずらい。
一体全体どうしたんだい? なにか良いことでもあったのかい?
と聞きたくなるほどにここの環境は悪かった。
漸く春の兆しが見えはじめ、樹々の蕾がちらほらとうかがえるようになった3月14日。今日はいわゆるホワイトデーである。
バレンタインデー、2月14日に友達同士や恋人同士がチョコという黒くて固い、さも女性がすきこのんで口に頬張りそうなお菓子を渡しあうのである。それを友チョコだとか言うらしい。友情の証であったり、親愛の証であったり、日々の感謝を表したり。
そのお返しをする日が今日なのである。
元々、ホワイトデーのお返しには『マシュマロ』を贈っていたらしいけれど、今ではなんとかのバッグだとか、かんとかの靴だとか、そんなモノでお返しをする人もいるらしい。大人にはなりたくないものである。
かくいう僕も、ある女生徒からチョコ(手作り)を頂いた訳でありまして、そのお礼をなににしようか迷いながら近く(といっても5kmくらい先)のスーパーに顔出しているのである。
スーパーも時期に乗っかって、ホワイトデーキャンペーンみたいなものを開催している。僕はそのワゴンに近づき、品定めをした後、3回ほど値段の確認をしてから、レジへと移動した。値段の割りには以外と量が多く、さらにチョコが美味しいメーカーだった。
ラッキー、とか思いながら、帰路につこうとして外に出るとこれだ。
前が全く見えない。白。
これは猛吹雪+地吹雪=無限大の等式が成り立ちそうである。いやはや、どうしたものか……
どうせスーパーに往生している訳にもいかず、ジャンバーのチャックをしっかりと上げてから、歩を進め始めることにした。
それにしても寒い。これ以外の言葉が思いつかない。
まるでそこはマグロの冷凍室のような気温の低さである、なんて言われて君は想像出来るだろうか? 僕? 僕も体験したことがないからわからないよ。もしかしたら風がある分、こちらの方が体感としては低いかもね。
3時間近くかけて、やっとの思いで家に辿り着き、息をほうっとほく。指先はかじかんでいて、放っておくと壊死してしまいそうなほどであるため、汲み置きしておいた水にゆっくりとつける。熱い、そう感じた。いや、絶対に熱いはずはないのだ。だけど、指の温度が著しく低下しているため、そう感じざるをえないのである。本当にやれやれだぜ。
僕にチョコをくれた女子は近所の後輩。いつも僕についてくる人だ。若干、『すりこみ』という単語を意識しないでもない。
その人はとても可愛らしい人で10人が見たら9人は『美少女ハァハァ』と男女問わず鼻息を荒くして、そしてひとりは『オジサンがしゃ、写真を撮ってあげるね』というほどである。もうすでに犯罪である。
さて5%程度の嘘は置いといて、え? 95%は真実なのかって? それは直接本人に聞くか、ご想像にお任せするよ。
まあ、その彼女なのだが、なぜかうちにいた。コタツに下半身を隠す要領で。別に下半身が裸というアグレッシブでアブノーマルな趣味はお持ちでないはずなので、ただ、暖をとっているだけかもしれない。
いや、多分、それしかない。
「おー、おかえりー」
「ただいま。寒い寒い!」
僕は身体を小刻みに震わせながらいそいそとコタツに潜る。もうそれは戦時中の潜水艦のごとく。あぁー、温まる~。
「ん?」
彼女は僕が天板の上に載せた袋に自然と眼がゆく。
「ホワイトデー。この前はサンキュな」
「いいよ別に。減るもんでもないし……」
「そうかい。ありがとな。……そしてこれが日頃の感謝を含めてでな」
僕はそう言いながら、頬は熱を帯びていることに気づいた。