暑い日のこと。
「暑い・・・」
とても暑い。珍しくいい天気なので外に出てみたら、45度を超す外気が私を覆った。周りには木陰と呼べるものはなく、ただただ灼熱の太陽光が地面一杯に降り注いでいる。いつもなら、空一面の灰色の雲があるのだが、今日はそれがない。どうした?雨雲?赤い地べたにはひびがところどころ入っている。歩くたびにぱりぱりと固まった土が崩れる。せっかく、晴れたから外出したのに、早くも部屋に戻りたい。でも、すぐ戻るのはシャクだから戻りたくない。私の推奨温度は50度になっているらしいが、正直ムリな気がする。精神的に。100度を超える空間でも、30分程度なら活動出来るらしいが、試したくない。とにかく、どっかの建物の中で探索でもしよう。少しは涼しいハズ。躯体表面の温度を警告する表示が邪魔くさい。はやく消えてほしい。何とか建物の中に入る。
「・・・暑い・・・」
むわっとした熱気。密閉空間が加熱されたような空気。でも、外よりは若干ながらマシか。とりあえず、窓と玄関を開けて風通しを良くする。あれ、このマンション未調査だ。調査をした形跡がない。とりあえず収納スペースを漁ってみる。服が何着か入っていた。他にも、黒い箱状の機械があった。ピコーン!この反応、モニカだ。
「やっと見つけた~。探したわよ~」
モニカも暑そうでダレている。私の横でペタッと座った。
「はぁ、アンタがいないといじめられるのアタシなんだからどっか行くときは言いなさいよ」
「リゼット、シャルロットには優しいですからね~」
私は相変わらず収納を漁る。原型の分からなくなったものが多くて入っている量に対して収穫は少ない。
「あ、これP○2じゃん!」
モニカは私が先ほど見つけた黒い箱を持ち上げてはしゃいでいる。
「何ですか?○S2って?」
「ゲームよ、ゲーム!!これでテレビがやっと役に立つわよ!」
おお!!それは凄いです!あ、でも・・・
「ディスクはありますか?」
「なければ探すわよ!PS○はあってディスクが無いなんておかしいじゃない!」
というわけで、私とモニカでゲームのディスクを探すことになった。
「あ、こっちにもありましたよ!グランツーリ○モ4だ」
「あ、ぼくの夏休○2じゃない!」
簡単にディスクは見つかった。ディスクが見つかるたびにモニカがはしゃいでいる。なんだか、ほほえましい。
「どうしたのよ?ボーっとして。早く次のディスクを探すわよ!」
「モニカ、凄く楽しそうですね」
「当たり前じゃない。こんなこと初めてだもん!」
モニカは収納スペースにまた顔を突っ込んだ。あのとき、戦闘した相手が目の前でこんなに楽しそうにしている。今、思い返すとあの時リゼットが来ないまま、モニカを破壊していたら、こんな風にはなってないんだろうなと思った。あんまり、だらだらしているとモニカに怒られるので私も作業に戻った。
「もうないみたいね。よし!帰りましょ!!」
時刻は午後2時くらいだった。まさに炎天下の灼熱は絶頂を迎えていた。
「暑っ!さっさと帰ってゲームするわよ!」
「おー!」
意気揚々と歩き出したのはいいが、午前中とは比べ物にならない気温が私たちを襲ってくる。
「こんなんじゃ、ディスクが変形しちゃうわよ・・・」
モニカが息を荒げながら、愚痴をこぼす。放熱機能がフル稼働している証拠だ。とぼとぼと部屋に向かって歩き続けていたのだが、急にモニカの歩みが止まった。
『警告。警告。躯体温度、じょ上昇中。躯体温度が規格外でです。あん安全のためため、人口皮膚をパージしししししします』
しまった!?モニカのラジエーターを家庭用アンドロイドのものに交換したから、この気温に耐えられなかったんだ!戦闘用の機体の発熱量に放熱がそもそも追いついてなかったのなら、けっこう頑張った方?そんなことを考えているとモニカは、直立すると自分の胸元あたりに指をくいこませた。私は慌てて、モニカの両腕を抑える。このままでは、モニカは服を人口皮膚ごと引きちぎって本当に全裸になってしまう。せくしーを通り越してぐろてすくな姿をこんなあけっぴろげな空間で晒すなんて!大胆な人・・・じゃなかった!何とかしないと!!まだ部屋まで半分も残っている。ここはもう・・・
「抱えて運ぶしか!!」
80キロ以上もあるモニカを脇に抱えて私は猛ダッシュをした。緊急冷却開始。私の躯体を冷やしてついでにモニカの躯体も冷やす。もう、気合いでなんとかします。はい。
「ゲッチュ!」
外は随分涼しくなって、夕暮れ時。モニカはのんきにゲームをしている。ゲームオーバーになったら交換の約束だったが、2回ゲームオーバーになっているにも関わらず、私の番は来ない。昼間はホントに焦った。モニカも涼しいところに移したら正常に再起動したので良かった。
「ノエル、昼間はありがとう。」
「え、あ、どういたしまして」
モニカがいきなりこっちにニコッと笑いかけた。可愛らしい人工犬歯が顔を覗かせる。あまりに意外なことだったので驚いてしまった。それにしても、ゲーム代わってくれないなー。ま、いいか。
「隣が騒がしいですね、シャルロットも遊んできたらどうですか?」
私はヌイグルミを作る手を止めた。この趣味はシャルロットの前以外ではあまり見せたことはない。ノエルはともかく、モニカには絶対に見せたくはない。やかましいに決まっています。
「え、と、私はこっちで、大人しくしている方が・・・いいです」
話し相手として、私は自分が相応しいとは思わない。私の方が知識はあれど、ノエルやモニカの方が人と接するに適したパーソナリティだと思う。それでも、ノエル、モニカよりも自分を選んでもらったようで少し嬉しい。表情には出しませんが。・・・ノエルやモニカにシャルロットの話相手をさせてばかりですが、性格が似てきたらどうしましょうか?それだけが心配です。
「・・・リゼットさん、できました!」
シャルロットが嬉しそうに完成したヌイグルミの腕を見せてきた。私は最後の部品を受け取ると、胴体と腕とを針を使って縫い合わせた。
「これで、完成です」
ヌイグルミを渡すと、シャルロットは楽しそうに遊んでいる。この風景に昔はジゼルもいた。彼女も逝ってしまった。その昔には沢山の子供がいなくなってしまった。ふと思い出す、ずっと昔のこと。私が最初にここに来た時。40人近い子供たちがいた。でも、その子らを失って、絶望した。そんな折にジゼルとシャルロットが来た。この二人だけは何としても守りたい。でも、すでにジゼルは手遅れだった。彼女と会った時にはすでに汚染の影響を受けていた。そして、ジゼルは死に、シャルロットだけが残っている。この女の子は私の最後の存在意義。だからどんな手段でもとる。
・・・隣から声がする。ノエルとモニカだ。私は彼女らから、存在意義を奪ったのだろうか。基幹プログラムを書き換えることは本能を挿げ替えること。完全に二人を別人にして役割を奪ってしまった私がのうのうと自分だけ希望を叶えるなど、許されるのか。分からない。
私は混乱した思考を振り払おうと、シャルロットを撫でて、彼女の無垢な笑顔を受け取った。