もとにもどすこと。
「ねえ、リゼット、私の躯体はいつになったら完成するわけ?もう大分たってるけど?」
上半身しかないモニカが頬杖をついて不満を口にした。彼女は今、晒しを巻いているだけの無防備な格好だ。
「まったく産廃はやかましいです」
リゼットはトン、とモニカの額を押した。
「うわっ!?」
体のバランスの取れない彼女はメンテナンスベッドの上で仰向けに倒れた。倒れた拍子にきれいにくり抜かれ、中に機械が詰まった腹部が丸見えになる。
「ちょ、何すんのよ!」
モニカは起き上がろうと、もがいている。しかし、胸像のような今の状態から起き上がるプログラムはなく、悪戦苦闘を続ける。
「実は、パーツが足りなくてこのままじゃ、完成しないんですよね」
リゼットはモニカを見ながらクスクス笑っている。起こしてあげる気はさらさらないようだ。
「そこで、さっきから喋らない奴隷一号!あなたの出番です」
「・・・」
呼ばれたが、黙秘を続ける。リゼットは何も言わずにパソコンをいじり出した。
キィィィン。直接命令が送信されてきた。マズイ。
「イエス!アイ・マム!」
私はメンテナンスベッドの横の椅子を倒しながら、キリッ☆と立ちあがる。
「これからシャルロットと一緒にモニカのパーツを探してきてください。この日本刀持っていっていいですから」
「イエス!アイ・マム!」
私はもうこの言葉しか発せなくなっていた。もはや、この場はリゼットの独壇場だった。
「分かったら、さっさと行ってください」
「イエス!アイ・マム!」
「はぁ~・・・」
あまり私は気乗りがしなかった。何故、シャルロットも一緒なのだろう。今、シャルロットは姉を亡くして傷ついている。出来れば、そっとしておきたい。確かに私よりはいろいろと詳しいかもしれない。リゼットのことだから意味もなくってことはないだろうけど。
グダグダしながらでも、部屋にはすぐに着いてしまう。今は一人にしない方がいいという理由でリゼットの部屋にシャルロットはいる。
「シャルロット?いますか?」
「・・・どうかしましたか?」
シャルロットの声には依然として元気がない。切り出しづらい。
「ごめんなさい。ちょっと手伝ってもらえませんか?」
「わかり、ました」
私は彼女を連れて外に出た。空はいつものように曇っている。ここの空、そう言えば曇りの方がはるかに多いな。
「機械とかを探すときは、どこに行けばいいんですか?」
「・・・機械、ですか?」
目の前の少女は怪訝そうな顔でこちらを見た。やっぱり、こんなときにって感じですよね~。と、思ったら、真剣にシャルロットは考えていた。
「機械、マシン、メカ・・・」
シャルロットはある一点をまっすぐに指さした。
「・・・私ですか?」
いや、確かにあるかもしれないけど、私のパーツを使ったら今度はモニカが私のパーツを探しに行くことになって堂々巡りになるんじゃないだろうか。
「却下です。別の場所は知らないんですか?」
「で、ここに来たわけですか。お二人さん」
「てへ。」
「てへ。じゃありません、奴隷一号。ここに無いから探しに行くように頼んだんでしょう?私の奴隷二号を擦り切れるまで使うんですから、早く探しに行ってください」
「ちょっ、擦り切れるってアンタ・・・」
隣で恥ずかしそうにしているシャルロットから離れ、私はこそこそとリゼットに寄って、耳打ちする。
「あの、シャルロットもどこに機械部品とかがあるか知らないらしいんですが。だったら、二人で探す意味がないような気がするんです。私が行きますからシャルロットはそっとしておいていいですか?」
「ダメです。一緒に行けっていいましたよね?」
一蹴された。頑固なロボだ。少しは柔軟性を、これ以上は踏みつけフラグだと感じたので部屋から出ていくことにする。
「さ、シャルロット行きましょうか」
シャルロットの小さい手を握って、私はいそいそと退室した。
「・・・踏んでやろうかと思ったんですが、逃げられましたか。では、代わりに奴隷二号を魔改造してあげますよ。ふふふ」
「うわちょ、何をするバラすな、やめ、まわくぁwせdrftgyふじこ」
モニカのめのまえがまっくらになった。
「どこに行きましょうか?」
当てもなく私は手をつないでシャルロットと真っ赤な砂の上を歩いていた。とりあえずは近くの建物から、探して歩くことにした。この廃ビルから、ジゼルは銃を見つけていたらしいので脈アリだ。出来れば、このビルで背中のバックパックが一杯になれば良いな。
「まぁ、そううまくは行かないですよね~」
このビルはもといたビルから近場ということもあり、殆どの部屋は漁られていた。ここはジゼルが調べ尽くしていたのだろう。彼女の筆跡で各部屋が調べられたことを示す言葉が壁に刻んであった。「ジゼル」と簡単にナイフで傷つけた文字ではあったがはっきりと彼女の文字だと分かった。その文字を見ては、シャルロットは顔を伏せた。このままだと、彼女は鬱になって死んでしまうのではないかと思えた。私は気を遣って、途中の部屋からは一人で調べることにした。
結局、この建物から目ぼしいものは特に見つからなかった。このまま、近くの建物から行ったのでは逆に時間がかかりそうだったので、調査のしていないと思われるビルを調査してみることにした。先ほどから、隣のシャルロットは全く言葉を発しない。なんとか、この重い空気は脱したい。地面に近い防弾ガラス窓を叩き割って、ビルの中に入る。入ってまず気付いたのが、
「机と椅子が、一杯ですね」
机と椅子が整然と並んでいた。こんなところで暮らすなんて相当、机と椅子が好きな人なんだろうなー。埃は溜まっていたが、物の整理はされていた。
「え~と、機械部品は・・・」
私はリゼットから言われた足りないパーツを探し始めた。話によると、駆動系とラジエーターが欲しいらしい。
「パソコンも結構ありますね」
机と椅子よりは少ないがパソコンもかなりの数が揃えてあった。その一つを起動してみる。・・・起動しなかった。この施設自体に電源が入ってないのだろう。シャルロットも初めてくる場所に興奮しているようで、机の上の物を物色していた。奥の机にあった一番大きな椅子をくるくる回していた。
「こ、この椅子、回ります!」
「ホントだ!!」
二人でしばらく椅子で遊んだ。回転する椅子に座ったり、シャルロットが乗った椅子を押して走らせたりした。私が椅子に座ったら、シャルロットでは重くて走らせられなかった。がっかり。これ以上遊んでいると、リゼットがどこからか来て私をけっ飛ばす気がしたので、探索を再開した。でも、随分とシャルロットの表情が明るくなってきた。
まじめに探索をしているのだが、お目当てのものは全く見つからなかった。そもそも、この建物に足を踏み入れたのは私たちが初めてのはずだが、アンドロイドにとりつけるパーツなどそうそう落ちていないのだろう。近くに落ちていた金属の棒を拾う。先端だけを曲げて、両手に持った。
「えと、何をしているんですか?」
「ダウンジング。」
ビビッ!!お、反応した。内蔵センサーの方が。反応数1。アンドロイドがいるようだ。しかも稼働中。ちょうど良い。そのアンドロイドを解体して持ち帰ろう。
「シャルロットはここに隠れていてください」
「え!?何ですか?いきなり」
「え~と、稼働中のアンドロイドがいるようなので、壊してそのアンドロイドからパーツをもらってきます」
シャルロットの瞳がうるうるしてきた。え!?泣かせた!?
「ダメです!!壊すってそのアンドロイドの方が死んじゃうんですよね!?そんなのダメです!!」
彼女は両手にげんこつを作り、胸の前で小さく振って訴えてくる。
「た、確かにそれはダメですね・・・じゃあ、部品をもらえるように頼んでみます!」
うん、きっとパーツぐらい頼めばくれるはず!根拠レスだが、大丈夫!ついでにきれいな水がどこにあるか知ってるか聞いてみよう。そのアンドロイドは地上階にいるようだった。
地上階につくと彼らはいた。大柄な男が一人、少し痩せた男と私のセンサーに反応したアンドロイドと思しき少女がいた。
「あの~、すみませ・・・」
銃声が響いた。何発かの銃弾が躯体を掠める。私は背後にいたシャルロットを抱いて、階下に走った。
「シャルロット、私がいいと言うまでここに隠れていてください」
シャルロットを廊下の隅の部屋に隠す。シャルロットはコクコクとただ頷いた。かなり長い廊下に沢山の部屋がある。そう簡単には見つからないはずだ。
「ごめんなさい。あの人たちを殺さないといけないかもしれません。」
私は日本刀を取り出して構えた。アンドロイドを壊すのに反対なら、人間を殺すのもダメだろう。だが、仕方ない。
まずはアンドロイドを無力化しなくては。この点さえ何とかなればあとはどうにかなる。戦闘が近くなるにつれ、高揚感が増した。
「私、ワクワクしてきましたよ」
リゼットみたく挑発するような笑みを浮かべる。私、悪役だなー。
アンドロイド同士の戦闘では互いの位置を把握しているため、隠れながら戦うのは通用しない。速攻が推奨される。ターゲットが階下に下りてくるのを確認して、私は突撃する。飛んでくる銃弾。腕で出来る限り防ぐ。敵の懐に入り、敵のアンドロイドの武器を持っている方の腕を切り落とす。そのまま駆け抜け、大柄な男の頭蓋を貫き、上向きの刃をそのまま切り上げる。すぐ、脇にいた痩せた男の腹を蹴り飛ばし、振り向き際に刀を投げる。刀はアンドロイドの首をはねると遠くに落ちた。あっけなく終わった。ものの十数秒。
「・・・家庭用、じゃないですか・・・」
私が壊したアンドロイドは家庭用だった。どうりで弱いわけだ。モニカは戦闘用だから、使えないかも。ちょっと残念。私は横で倒れてせき込んでいる痩せた男を掴みあげた。
「戦闘用のアンドロイドのパーツはありませんか?駆動系のパーツとラジエーターが欲しいです」
「く、苦しい・・・」
少し緩めてやる。こんな形だが、ジゼルやシャルロット以外の人間と話したのはこれが初めてだ。
「答えてください」
「た、助けてくれっ!お、お願いだ!」
さっきから泣きわめくだけで答えてくれない。きれいな水についても聞いてみたが要領を得た答えは返ってこない。仕方がないので、逃がしてあげた。あんまり殺すのはよくないしね。死体の処理と残骸の回収が終わるとシャルロットの迎えに行った。
「・・・さっきの人たちは?」
「帰っちゃいました」
嘘は言ってない。一人しか逃げてないけど。話し合いでアンドロイドのパーツをもらったことにして、別の階段から地上階にあがり、血は見せないようにした。
その日はその建物で拾った大型テレビとアンドロイドのパーツが収穫になった。戦闘用のパーツじゃないけど、使えれば大丈夫だと思う。とりあえずはバックパックが一杯になった。
「・・・あの人たち、何しに、来てたんですか?」
「食料調達だそうです。最初はびっくりして撃ってきちゃったらしいんですけど、案外いいひとたちでしたよ」
嘘でごまかす。斬り伏せたなんて言わない方がいいだろう。帰りは行きよりも会話が弾んだ。良かった、シャルロットが元気になって。
「まぁ、凶暴なアンドロイドだと思われたんじゃないですか?」
「え~!?私、どう見ても優しそうなアンドロイドですけど」
リゼットは私が持ってきたパーツを品定めしている。悪そうなアンドロイドだからいきなり銃で撃ってくるなんて、ムチャクチャだなー。
「ガラクタさんにぴったりな民間用のパーツですね」
「え!?戦闘用じゃないの?ちょっと、何やってんのよ!しっかり探したの!?」
モニカがメンテベッドから抗議してくる。
「それにしても、今回は普通に人間を攻撃出来たんですけど。いつ、プロテクト外したんですか?」
リゼットが悪質な笑みを浮かべる。
「私はあなたのマスターですよ?あなたの管理なんて四六時中できますし、あなたについて知らないことなんてありません」
急いで胸部と貞操帯を隠す。おもむろにリゼットはモニカの方に向き直る。
「あなたも当然、私が全部把握していますよ?」
モニカがおびえている。機械はマスターを選べない、私のデータベース内の熟語でいかに悲惨なことでも運命であり、避けられないという意味だ。その意味を今、モニカと二人で噛みしめている。