暮らすこと。
今日はシャルロットと畑に来ていた。20平方メートル程度しかなく、同じような植物が畝に沿って植えられていた。この前、リゼットから教わったことだが、この地域は以前の戦争の影響で土壌が汚染されてしまっているらしい。今、目の前にしている栽培地は汚染の進行がそれほど進んでいない土を集めて作ったものらしい。ここで野菜などを育てているそうだ。でも、植物はどこか変色していて必ずしも健康的とは言い難かった。
「・・・ここにある野菜だけじゃ足りないから、いろんな廃墟とか漁るんです」
シャルロットがいつも通りの遠慮がちの口調でそう言った。廃屋で缶詰やらを探すらしい。なんでそんなものが残っているのだろう?最近は、ジゼルの体調も悪いため、食糧調達はもっぱら彼女の仕事にしていた。それでも、シャルロットは文句を一つも漏らさない。とても立派だと思うし、二人の仲がとてもいい証拠だとも思えた。あのドSのマスターも少しは・・・いや、かなり優しくなったら私も文句言わなくなるかも・・・。
・・・無駄なこと考えた、気がする。
「ねぇ、シャルロット、ジゼルとあなた以外にも人間っているんですか?」
シャルロットは一瞬驚いたような顔をした後、もじもじと返事をした。うん、相変わらず可愛いな。この娘は。
「わ、私も良く知らないんですけど。都市って呼ばれるところには沢山いる、らしい・・・ってお姉ちゃんが言ってました。」
どうやらそこには安定した生活が可能な施設があるらしく、不自由はしないそうだ。以前、シャルロット達は都市の食料生産施設の近くに潜んでいたらしい。そこで盗みを働いて暮らしていたそうだが、殺されそうになって逃げてきたらしい。・・・?なんでシャルロット達は都市で暮らせないんだろ?もしかしてお金持ちじゃないと都市で暮らせないのかな?
「都市って・・・伝説上のもの?ちゃんとあります?」
「え?えっと、実際にあるらしい、ですよ?」
都市が存在するという伝説、都市伝説は本物らしい。都市を第二の家出先に決めよう。
「そう言えば、シャルロットにはお父さんとお母さんっていないんですか?」
あれ?なんかヤな予感・・・以前もこんな質問してヒドイ目に遭った気が・・・。だが、予想に反して返ってきた言葉は疑問形だった。
「お父さん?お母さん?」
目の前の少女は小首を傾げて、可愛らしく分からないことを示すジェスチャーをする。
「ジゼルとシャルロットの両親ですよ?会ったことないんですか?」
「・・・?」
シャルロットの話によると、物心ついたときから姉しかおらず、親という言葉すらろくにきいたことがなかったらしい。当然、あったことはないそうだ。育児放棄はいけないと思うのでシャルロット達の両親に会ったら、怒っておこう。一喝ですね。にしても、ジゼルもええ子や~。うるうる。なんかこの二人の話はいつも涙ぐましい。ドキュメントにしたい。特番で流したい。そーいえば、テレビないな・・・。購入を提案しても、買う場所がなさそうだなー。
「・・・コホッコホッ」
「大丈夫ですか?」
シャルロットが小さく咳こんだ。あの二人は体が強くないのか、よく咳をしている。なんか薄幸の美少女だな。ってそういう場合じゃないですね。
「もう家に帰りましょう」
コクンとシャルロットが頷いたのをみて、私はシャルロットを背負った。軽い・・・かなり痩せているんだろう。帰りの間ずっと彼女は私の背中で申し訳なさそうにしていた。
リゼットの部屋。
「リゼット、薬とか作れません?」
「作れませんね。ジゼルとシャルロットのことでしょう?」
このドSマスターは察しがいい。私のメモリがいつの間にか覘かれているのではないかと心配になる。メモリまで掌握されていたらそれこそまさに身も心もアナタのものはあとって感じだ。良くないですね。
「今日は畑に行ったんじゃないんですか?」
「えと、そうですけど・・・それが?」
あ~あ、きたよ。リゼットの呆れ顔だ。あーヤダヤダ。
「モーターの回転だけじゃなくて頭の回転も弱いんですね。オーバーホールしてあげましょうか?」
定番の呆れ顔からの悪口へのハメ技コンボ。このためにわざと復旧してないデータがあるんじゃないかと疑わしくなる。
「で、どういうことなんですか?」
思いっきり嫌そうな顔で受け答えに応じる。ささやかな反抗だ。
「ムカつきますね。何ですか?その顔。不細工にもほどがあります」
う・・・。リゼットが私の瞳を凝視している・・・。
『命令を受理、しました。』
「ご主人様、このバカな雌豚にどうぞ理由を教えてくださいませ」
口からあらぬ言葉がほいほい出てくる。誰だ、こんな口造った技術者?出てこい。
「・・・水ですよ。汚染されているのは土壌だけじゃないんです。結局、水も汚染されているから、彼女たちにも影響は出るんです。」
なるほど。そっちか!
「だから、雨が降ってきたらノエルも帰ってきてください。酸性が強いので、腐食しますから。」
暴風雨とかだったら、ルス○ハリケーンとかって言いたかったが、止めた。
「まぁ、影響とは言っても風程度の症状なので大丈夫ですよ」
「それにしても、リゼットは物知りですよね~」
「常識ですけど?」
返ってくる言葉はチクチクする。人口皮膚に小さな穴が開くんじゃないかと思う。褒めてもダメなのか・・。
「リゼットって何年くらい稼働しているんですか?」
私は初回起動から一カ月ということになっている。つまり、それ以前のデータは完全に消されたためリゼットの部屋で起動したのが最初ということになっている。
「やっぱり、年の功ですか?」
バキン!!
飛んできた機械部品が私の顔面に命中した。今度は物理攻撃か・・・。なんか読めていたけど。自慢じゃないが物理耐久の方は自信がある。これぐらいじゃ傷一つ付かない。さすが、はがねタイプなんでもないぜ。自分で言ってて何のことかはあまりわかってないかも。
「ほんとイライラさせるパーソナリティですね。書き換えてあげましょうか?」
リゼットが眉を吊り上げてる。
「年の功と言えば、都市って知ってますか?」
飛んできた亀の甲羅をかわしながら、尋ねた。 !!? 甲羅が壁に当たって跳ね返ってきた!
ぽこ!可愛らしい音とともに私は倒された。
「ええ、知ってますよ。どうかしましたか?」
思惑通りにいってリゼット嬢はご満悦の様子。地面にうつぶせになっている私を踏みにかかる。
「なんふぇ、ジゼルたひは都市でくらせなひんでふか?(なんで、ジゼルたちは都市で暮らせないんですか?)」
足先でこねくり回されている。くそぉ・・・。
「すみません。正確な発音じゃないので認識できませんでした。もう一回良いですか?」
「・・・ポンコツマイクロホンめ」
ぼそっと呟いた。
ドス!
こねくり回していた足が私の顔に圧力をかけてきた。
「あなたのスピーカーがオンボロなんですよね?だから、私の高性能な音声入力も認識できなかった?そうですよね?」
「は、はい。そうです・・・すみませんでした・・・で、何で彼女たちは都市で暮らせないんですか?」
足でゴリゴリされないうちに質問した。ふぅ~、手間のかかるマスターだ。
「まぁ、彼女たちは身分が低いですから。そういうところなんですよ」
ということは高い地位の人しか都市にいない、ということらしい。でも、身分って何それ?おいしいんですか?
「まぁ、恣意的な制度程度の認識で十分でしょう」
そういって彼女はやっと足をどけてくれた。どうやら、充電をするため部屋に戻るらしい。私も休んだら、隣の部屋の掃除でもしよう。早く、部屋を使えるようにしたいな。
充電をしながらさっきの会話の内容を反芻した。病気や都市については適当にはぐらかしたが大丈夫だろうか。病気が大したことない?身分制度があるからジゼル姉妹は都市で暮らせない?そんなわけがない。言ってる自分が馬鹿らしかった。確実にジゼルの病気は彼女を死に導いている。身分制度なんて時代錯誤な話だ。戦争や汚染が起きて、人間の絶対数が激減しているのに、身分などといった理由で淘汰などするわけがない。結局は、私もノエルもあの姉妹も誰かの思惑通りに動いているのかも知れない。
「しっかりお役目を果たしてるじゃないですか・・・」
誰もいない虚空につぶやいた。なんかむしゃくしゃしてきたのでノエルでももう一度踏みつけようか、と思い、私はノエルの場所をセンサーで探った。