あなたの世界のこと。
私は窓の外の窮屈な世界を眺めていた。何も考える必要なんてない。何もしなくても生きていけるのが、「都市」という世界なのだ。それを幸福と捉えるか、不幸と捉えるかは人次第だ。変わりきった私の世界には多くの人、機械、モノがせわしなく動き続けている。しかし、その殆どに興味を抱けない。私にあいてしまった穴をそれらで埋めることは出来ないと思ったからだ。しかし、私の心の隙間なんか、埋める必要はない。埋めなくても生きていける。それが都市だから。
コンコン
部屋のドアがノックされる。ツィスカさんだろうか。ツィスカさんは私を励まそうと、私に積極的に関わってくる。今の私には自分の気持ちを伝えて、それを拒絶するだけの気力もない。私は夢遊病の患者が呼ばれるようにドアに向かってふらふらと歩き出した。ドアをゆっくりと開く。そこには、私の思惑と異なり、二人の外套の人物がいた。
「・・・どなたですか?」
私の質問に答えずに二人の人物は部屋にずかずかと入り込んできた。一人は扉の近くにとどまり、もう一方は私の前にしゃがみ、私の瞳を覗きこんできた。アンドロイドだった。彼女の瞳が赤く光り、こちらを探るように凝視する。私は彼女らに殺されるのだろうか。しかし、それもありだと思えた。姉たちのもとに行くのも悪くない。しかし、眼前のアンドロイドはフードを払うように外し、その長い黒髪を晒し、私に微笑みかけてきた。
「・・・!!」
私は叫ぼうとしたが、目の前のアンドロイドに遮られた。
「ここには、内緒で来ています。だから、名前で呼ぶのは無しでお願いします」
彼女が後ろに合図すると、後ろのアンドロイドも外套を外した。ツインテールでこそないものの、その金髪と幼さが残る整った顔立ちはまぎれもなく、彼女だった。
「やっと・・・会えました・・・!!」
目の前の女性に私は飛びこんだ。
「もう、会えないのかと思って、ました。でも・・・良かった。もう、どこにも、いかないで下さい・・・!また、一緒に、暮らせるんですよね・・・?」
彼女はしばらく私を慰めるように抱きしめて頭を撫でていてくれたが、私の嗚咽混じりの言葉が途切れると、彼女は私の両肩に添えて見つめてきた。その瞳はどこか、潤んでいるようにも見えた。
「そのことに関してはまず、答えておきます・・・。残念ですけど、もう一緒には暮らせません」
私はその言葉を聞いて、否定の言葉を浴びせかけた。首を振りながら、または、後ろの女性に訴えかけるような視線を送って。しかし、彼女は言葉を止めなかった。
「わたしたちはもう壊れていることになっています。だから、公の場では暮らせないんです。それに、あなたはもう立派な人間です。誰からも狙われることはないし、襲われることもありません。ですから・・・もう私たちがいなくても生きていけますよね?」
「何で!何でですか!!?・・・無理です・・・そんなの。絶対に。」
そう無理だ。無理に決まっている。生物学的には生きているだろうが、彼女たちがいなければ私はこれからも死に続ける。死を伴った生を送ることになる。
「・・・じゃあ・・・何で、会いに来たんですか・・・?」
か細い声を必死に絞り出す。
「お別れを、言いに来ました。もう会えなくなりますから。」
聞きたくなかった。現実から目をそらすように、視線を落とす。
「ったく、アタシたちがせっかくアンタのために命がけで頑張ったんだから、もう少し楽しみなさいよ」
金髪の女性が口を開いた。
「正直、アンタが自殺でもするんじゃないかって心配になって会いに来たのよ。案の定、その一歩手前って顔してたけど」
ツカツカと歩み寄る音がして、金髪のアンドロイドがしゃがみ、私の顔を上げる。
「泣くんじゃないわよ。全く。美人が台無しじゃないの。これから、アタシとコイツは、しばらく都市の外で任務があるのよ。それが終わったら都市に帰ってくるし、会うことはできないけど、連絡ぐらいならできると思う。だから、それまで、元気に生活して、楽しい思い出話をいっぱいアタシらにすること。リゼットもきっとアンタの話を楽しみにしてると思う」
「リ、リゼットさんも・・・無事なんですか・・・?」
涙を精いっぱい我慢して、彼女に向き合う。唇に触れた涙の味がする。
「あいつは今も偉そうにしてるわよ。ノエル、別にリゼットのことは言っていいのよね?」
「ええ、多分・・・」
不安そうに確認しあう二人に続けた。
「リゼットさんには、会えますか?」
「・・・」
沈黙。その意味は分かる。もう会えないのだということ。でも、私は諦めない。今は、会えないだけなのだ。きっといつか会える。会えるようにしてみせる。
「・・・わかりました。私、楽しいこと、嬉しいこと、悲しいこと、つらいこと・・・沢山のお話を用意してみなさんのことを待ってます。みなさんに、私のことをお話できるように!」
涙でぐしゃぐしゃな顔を必死に笑顔にしようと歪ませる。
「ありがとうございます・・・。きっと、あなたのために沢山の出来ごとが待ってくれています。それを出来るだけ多く見てあげてください。そうすれば、きっと世界は広がっていくと思いますよ」
そういうと彼女たちはすくっと立ち上がった。
「お元気で!!」
「もう泣くんじゃないわよ!!」
二人が手を差し出す。私は二人の手を強く握って、その握力に負けないぐらいの力を込めて声を捻り出す。
「二人とも、ありがとう!!!待っています!!いつまでも!!!」
強い声援を受けた彼女らはにこっと微笑むとフードをかぶり、部屋を出て行った。
しばらくすると、部屋にツィスカが入ってきた。
「随分と、嬉しそうな顔をしてらっしゃいますね。お嬢様?」
「うん!いいことがあったんです!」
ふふ、と二人で微笑むとツィスカが何かを思い出したように口を開いた。
「そういえば、先ほど来客があったようですが、私のセンサーには反応がなかったので、おもてなしできなかったのですが、何かご不便がありましたか?」
いたずらっぽく笑う彼女に私は「全然」と元気よく返した。
「それよりも、ツィスカさん。もう一度都市を案内してもらえませんか?部屋に閉じこもっているのも、飽きてしまいました。」
ツィスカは承知いたしましたと言うと、外出の準備をするために部屋を出て行った。私は先に外に出ていようと玄関のドアを開いた。
ドアの向こうの世界は、光に満ち溢れ、輝いていた。
「私に世界を、ありがとう」
長らくお付き合いありがとうございました。
初投稿でペースも乱れ気味でしたが、なんとか完結することができました。
まだまだ文章が稚拙で表現って難しいんだなと感じました。
次回作も一応考えておりますので、もしよろしければおつきあいのほど宜しくお願いします。