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世界の裏側のこと。

「シャルロット、それでは行ってくるね」

「・・・はい、いってらっしゃい。ヴァルターさん」

ヴァルターが手をひらひらと振りながら、ドアの向こうへと消えて行く。今日は都市の定例会議の日らしい。

「・・・」

あれから一カ月が過ぎた。結局、あの後も都市中をほうぼう探しまわったが、誰も見つけられなかった。そうこうしている内に私の感情も薄れて行ってしまった。あるがまま、受け入れよう。そう考え出してきている。昔の生活はもう帰ってこない。

考えることにも疲れた。このまま、溶けていってしまおう。




都市議会―

「それで、この前の騒ぎは何だったのかね?エルザ。」

都市議会に出席している代表者たちはヴァルターの言葉に合わせるようにエルザの方を一斉に見る。その瞳達には、どこか猜疑心が混じっているようだった。

「そのことに関しては、彼女の方から報告がありますので・・・」

エルザは微笑みながら、冷たい視線をいなす。そして、扉に立っていた警備係のアンドロイドに合図を送った。警備係が扉を開くと、長いエメラルドのサイドテールを揺らしながら、一体のアンドロイドが入ってきた。

「失礼します」

彼女のその言葉からは全く謙遜の意が感じられるものではなく、都市議会の人間たちの気を悪くしたようだった。

「先日の都市襲撃については、私、リゼットからお話しさせていただきます」

ペコリとお辞儀をするが、エルザだけが微笑みながらその様子を見ていた。

「先日の襲撃は、外部勢力のものだと判明いたしました。目的は依然不明ですが、アンドロイドが中心となった部隊のようです。捕獲したアンドロイドを解析した結果、都市外部にも誰の庇護下になく、外部の汚染の影響を受け続ける人間がいることが判明いたしました」

そこで、都市内部の人間たちが小声で話し出し、騒がしくなった。事前に与えられていない情報に都市に不信感を表すもの、保護を訴えようと周囲と相談するもの、様々だった。

「そこで、私は都市外部の人間を救護するための部隊の組織を提案いたします。しかし、前日の外部からの襲撃からもご存じのとおり、都市内部の戦力は不十分であり、これを割いて外部に探索させるのではあまりに危険です。したがって、以前の議会での決定である軍縮案を撤回し、軍備を充実させた上で対応させていただきたいのです」

議会の中が更に騒がしくなった。落ち着きのない議会会場にヴァルターが制止をかける。

「みなさん、お静かに。少し話が変わるが、エルザ、君は我々にも内緒でプロジェクトを進めていたみたいだね。人間のクローンを作っているようだが?」

騒がしかった議会が水をうったように静かになり、視線は一斉にエルザへと走る。

「ええ、それも全て皆様のためなのですよ」

エルザは表情を崩さずにそれだけを言った。

「それだけでは分からない!」

「事情を説明しろ!」

四方から怒号が飛び交い、リゼットが口を開いた。

「その件に関しても私が説明いたします。マザーコンピュータは都市外部で人間が生活可能な地域を調査しておりました。そのために作られたモルモットと呼称されるものがあるのですが、恐らく、これが皆様のおっしゃる人間のクローンなのでしょう。しかし、現実にはDNAの配置も異なっており、人間と認めるにはいささか無理があるものとこちらでは考えております。それに対しては、こちらが専用のアンドロイドを配備しており、丁重に扱っていますので、逃走の心配は無用です。また、この件に関しては今後、人道的観点からプロジェクトの凍結を予定しており、そのためには、都市外部から安全な輸送を可能にするための軍備の拡張、アンドロイドの増産が必要と見込まれますが。よろしいでしょうか?議会の皆さま?」

リゼットが挑発的な笑みで意見を求める。その様子をエルザがニヤニヤ見ているが全く制止する気配がない。都市議会の人間たちは、苛立ちを感じながらも、納得せざるを得ない結論を叩きつけられ、しぶしぶ同意した。ヴァルターもアンドロイドたちに遊ばれているような不快感を感じたが、やむを得ず同意するしかなかった。都市議会はこうして議題を終え、閉会してしまった。




「今日の議会はお疲れ様でした。また頼みますよ?リゼット」

エルザの言葉には悪意しか感じなかった。

「何故、あなたは軍拡などしたいのですか?人間を殺して、機械だけの王国でもつくりたいんですか?」

見透かすようなエルザの青い瞳を、私は見たくなかった。あの瞳を見ると透析を通り過ぎてデータまで全て引き出されているような感覚に陥ってしまうのだ。

「まぁ、それに近いのですかね?私は、アンドロイドが人間になる姿が見たいんですよ。そのためには軍拡でも何でも構いません。多くのアンドロイドが生産される状況が必要です。しかし、アンドロイド生産は、議会で数が決められていますし、そもそもこの考えは私個人のものでマザーは関わっていません。ですから、今回のようなアンドロイド増産が必要なんですよ。」

「でしたら、あなたみたいな高性能なアンドロイドを隠れて数体作ればいいでしょう?」

エルザの真剣な眼差しが私を射抜く。空気が凍りついたような感覚が襲った。

「あなたは・・・ペトルーシュカ、いえ、ノエルから人間性を感じましたか?」

一瞬、ひるんで動けなくなる。あの旧式だった彼女が、都市最高の技術を用いて作られた人間になるためのアンドロイド?確かにブラックボックスな部分も多かったが、それらが人間を目指すための試作品のものだったというなら納得がいく。

「ご想像の通り、彼女はかつて私が人間を目指すために数体だけ生産した特殊モデルでした。どのアンドロイドよりも真っ白にし、人間らしく学習し、成長するものでした。しかし、気付いたのです。人間に触れ合っていなければ、より人間らしくなれないと。人間の地位を奪うには、まず人間が必要でした。しかし、都市ではそうそうサンプルがあるものではありません。そこで、人間の生活圏を拡充するためにモルモットを作り、それを人間に見立てて学習させました。そこで、彼女には、人間の最も深い感情である悲しみを知って貰おうと、モルモットの処分に当てました。残念ながら、彼女は適応してしまいモルモットの死に何も感じなくなってしまいましたが。」

私は、彼女が以前ジゼルの死に何も感じなくなったと話したことを思い出していた。同時にこの都市の外で今もモルモットが死のうとしていることに胸が締め付けられるように苦しかった。

「それでは、ノエルは失敗作だったと?」

「いいえ。そうとは限りません。彼女を回収出来た今、もう一度解析して今後の参考にさせていただきます。本当は数体だけの優秀なものを作るより、沢山のアンドロイドに様々な経験をしてもらった方がより人間に代わる存在は生まれやすいんですよ?」

「彼女のプログラムが旧式ばかりだったのは、何故ですか?」

「そんなものはただの隠ぺい工作の内の一つです。あれら旧式のプログラムには重大な中枢を隠すためのものでした。そうしなければ、数体だけの特殊モデルなんて許されません」

にこやかにエルザが語ると、私は窓の外の都市に憐れみを感じていた。ここにいる人間も機械も全て、一体のアンドロイドにいいようにされているのかと。そしてこの時、人間が憎むべき存在ではなく、後ろでほくそ笑んでいるアンドロイドこそが元凶だと知った。



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