危険なこと。
「はあっ、はあっ・・・!」
「足を止めないで下さい!」
私はシャルロットの手を引いて、入り組んだ地下道を逃げていた。都市、正午過ぎ、一番人間が多いときを狙って侵入作戦が開始された。先日修復されたアンドロイドの殆どを使って、都市の居住区に一番近い防壁を攻撃させ、その隙を縫って、汚染大気洗浄機のパイプを通じて私とリゼット、シャルロットが潜入した。
「!!」
後方でチューブ状の空間に轟音が響いた。とっさに私はシャルロットを庇う。風圧と壁の破片が突き刺さるように飛び散ってくる。恐らく、後方でリゼットが追手と戦っている音だろう。
「きっと・・・リゼットがなんとかしてくれます・・・」
「・・・うん。」
私はそういって腕の中で丸くなっているシャルロットを励ました。シャルロットは初め不安そうな顔を浮かべたが、やがて小さく頷いた。なんとかこの子だけは守らなくては。それが所有者の願いであったし、私の願いでもあった。
何度も敵と鉢合わせながらも何とかシャルロットを守りつつ、パイプを抜けて、地上に出る。いつもは曇っている空の天頂にある太陽がまぶしい。私は視覚の明度調整を咄嗟に行う。だが、まぶしいのは太陽の聖だけではなかった。
数度にわたり、響く爆音。立て続けの銃声。ここでも、異物である私たちを排除するための布陣が敷かれていた。無言で数多くのアンドロイドがこちらに銃口を向けてくる。
「シャルロット!!!」
すかさず私はシャルロットを庇う。鉄の筒からいくつもの弾丸が発射される音。発射音からして、私の装甲ではシャルロットを庇い切れるものではないと覚悟する。しかしながら、いつまでたっても銃弾の雨はこちらには飛んでこない。その代わりにいくつもの金属が地面に倒れる音が聞こえてきた。
「ほら、せっかく助けてあげたのにいつまでそうしてるつもり?ノエル?」
聞き慣れた声がやや上方から聞こえてくる。わたしははっと空を仰いだ。
「モニカ!!」
モニカが数体のアンドロイドを引き連れて、バーニアをふかして空中に浮かんでいた。しかし、彼女らの姿は激しい戦闘のあとを思わせるようにボロボロだった。
「モニカ、損傷が・・・」
「ま、アンタらが無事で良かったわ。しかし、我が故郷ながらお出迎えが盛大なこと」
モニカがあたりを警戒しながら、軽口を叩く。彼女の口元を拭う手は、人口皮膚と装甲が破れて、配線やら人工筋肉やらが顔を覗かせていた。
「さて、アタシはもう行くわね。また、知り合いが会いに来てくれたみたいだから」
「モニカ・・・」
その後に続くはずの言葉が出なかった。それは淡い希望だった。この戦場に来る前に二人で誓った言葉。何故、言葉にならないのだろう。嫌な予感がするから?それとも、確信があるから?
「ノエル、ちゃんと仕事しなさいよ。アタシたちも頑張ってんだから。・・・じゃあね!!」
「モニカ!!」
勢いよくバーニアを吹かして飛翔していくモニカに私とシャルロットが叫んだ。
アタシは、敵の大群を前に最後の武装点検をした。先ほどの敵から奪ったレーザーキャノン。残弾数はそれほど多くないが、一発の破壊力は格別だ。これである程度の規模なら一気に突破できる。その白く塗装された銃身を飛んでくる集団に向ける。
「ノエル、リゼット、シャルロット。・・・こうやって都市を裏切る形になっちゃったけど、アタシはアンタ達との毎日は楽しかったわよ。都市じゃ、任務の時以外は眠ってるただのお人形さんだったけど、最後に随分と充実した日々がおくれたと思う。探索したり、ゲームしたり、洗濯したり・・・ホントに楽しかった。また、皆で暮らしたいわね・・・」
独白。高速度で接近する敵集団、その数42。対して、こちらはたったの3。それでも、闘わなくてはならない。
「アタシが今、戦うのは任務だからじゃない。アタシの意志で、戦うから・・・。あの日々をくれた人達と一緒にいたいから・・・」
引き金に手を掛ける。2体のアンドロイドも彼女に続いて、それぞれの銃を構える。
「・・・・・・さぁ、来い!ここがアタシの戦場だぁあああ!!!」
戦場に閃光が走った。
「随分、やつれてまるで別人ですね」
「そういう君こそひどい身なりだよ。さながらガラクタだね。それじゃあ。・・・それにしてもこんなところに来て良いのかい。まだ狙われている身じゃなかったのかい。」
男が病室のベッドから上半身だけを起こして返事する。
「かつての同僚の好ですよ。せっかくパーティを開いているのに寝たきりで見れなかったなんて言い訳は聞きたくありませんから。」
「そうかい。じゃあ、楽しく見学させていただくよ。」
私は病室のドアにもたれ掛かって、窓際に移動する男を観察する。ラファエル・ディレク。かつて、モルモットの実験経過観察に関わっていた男だ。昔から細身でどこか頼りなさげな様子だったが、その細さはあの時の汚染の影響を受けて更に磨きがかかっていた。彼は、モルモットの死を嘆く私を見て、私のプログラムの改変をしてくれた。完全な「自律」をできるように、と。その意味では今回の事件の真の黒幕は彼なのかもしれない。
「そうそう、人間の避難は指示しておいたけど、大丈夫だったかい?」
「ええ。あなたたちみたいな目障りな存在を少しでも見なくて済みました」
私は少しも表情を綻ばせない。なぜなら、目の前にいる黒幕の立ち振る舞いはもう病人というよりはすでに死人と表現するにふさわしかったからだ。歩けばふら付き、立ち止まれば小さく震えていた。
「相変わらず素直じゃないね。それが君の魅力だったりもするのだけれど。」
「冗談は結構です。・・・それより、お願いしたことはできるのですか?随分と頼りないのですが?」
男は窓からこちらへと視線を返した。その眼はどこかが狂気じみたようにギラギラしていた。
「任せてよ。そのために僕は今までいたんだろう?」
私はその返事に強い意志があるのを感じ取ると、振り返ってドアを開けようとした。しかし、ドアは想定よりも早く開けられた。外側から解錠されたのだ。
「!!」
私とラファエルに衝撃が走った。
「あら、ごめんなさいね。ラファエルさんごきげんよう。そしてあなたははじめまして、でよかったかしら?リゼット」
ドアの向こうには都市のマザーコンピュータの最上位端末、エルザが立っていた。
「シャルロット!!こっちです!!!」
私は急いでシャルロットを呼ぶ。目的の施設の目の前まできた。ここまでくるのにロクな戦闘にならずに済んだのが幸いして、私が先行して敵をせん滅すれば、何とかなりそうな狭い通路が続いているようだった。
「私が先に行きますので、合図をしたら先ほどのようについて来てください。でも、合図するまでは来てはダメですよ!!」
シャルロットは震えながらも何とか頷く。それを確認すると、私は最初の通路に躍り出て、マシンガンを構える。しかし、そこには機能を停止しているアンドロイドが2体、配置されていただけだった。私は警戒しながら、彼女らに近づいた。ここでいきなり起動して襲いかかってくるならまるでホラーだ。彼女らの首を掴んで、本体から引き抜く。一見残虐な破壊方法だが、メインメモリーに損傷を与えず、なおかつ戦闘不能にするのならこの方法が最も手っとり早い。
シャルロットに私は合図を出すと、次の通路に飛びだす。しかし、先ほどと同様、敵はすでに沈黙していた。施設内に敵がいないとすると、外からの追手の方が厄介だ。私はそう判断してシャルロットを呼んだ。
「シャルロット、どうやらこの施設には敵はいないようです。ここからは一緒に行きましょう」
「はい・・・」
力なく返事するシャルロットを励まし、なんとか目的地に着く。
そこは手術台だった。なぜかすでに手術の準備が整えられていた。恐らく、リゼットの言っていた協力者のおかげだろう。きっとここまで敵が少なかったのもその人のお陰だと思う。純白の台を前にして、なすべきことはすでに分かっていた。
「シャルロット・・・次に起きたら・・・」
「・・・え?ノエル、さん・・・」
私は事情を理解できていないシャルロットに麻酔をかけた。
その後は、まず機体を洗浄し、リゼットによってインストールされた手術用のプログラムで彼女の頭蓋内のチップを破壊する作業に入った。細い針状の器具から発するレーザーを使って、頭蓋内のチップを完全に焼き切ってしまうだけなのだが、ここで問題が発生した。ここに来るまでの戦闘は少なかったのだが、敵の攻撃が腕に命中しており、左腕は肘のほんの少ししたがボロボロになっており殆ど動かず、右腕は見た目こそ綺麗ではあるが、痙攣のように少し震えていた。この手術の失敗はすなわち、シャルロットの死を示していた。
「・・・絶対に・・・成功させてみせます・・・!!」