人形だけの夜のこと。
シャルロット達は、「モルモット」と呼ばれていた。都市が汚染の人間に対する影響を調べるために造り出した、人口生命体だ。彼女たちは、人間の遺伝子を組み換えて、より実験の影響を計りやすくされていた。成長速度の変更、飢餓に対する耐性など、様々だ。しかし、この計画は都市では、人間には極秘裏で行われていた。それは、少数化してしまった人間は、ひとりひとりの発言力が都市に大きく影響を及ぼすものであったからだ。では、何故、こんな計画が発生したかというと、都市の運営そのものはマザーと呼ばれる大型コンピュータとその端末が担っている。そして、彼女らは人間を生存させるために、人間の定義から外れるような人に似て非なるものを造り出して、人間の生存圏の拡大や、食品の安全などを確かめていたのだ。全ては人間のためだというわけだ。
「とまあ、こんな情報を知っているなんて、さすがリゼット様様よね~」
アタシはエラー処理を終えて、少しマシになった頭で、リゼットに聞かされたことを反芻していた。それまでは、モルモットのことは知っていても、ただの殺害対象だった。一部ではただ屠殺用にアンドロイドが造られたとの噂もあった。隣で眠っているシャルロットも、そんなアンドロイド達に実験の経過次第では殺される存在だったわけだ。彼女たちと都市外部の人間は基本的に殺傷対象であった。何故、外部の人間までも殺害の対象になるかについては、汚染遺伝子の遺伝と、モルモットが関係している。
初期のモルモットは現在と異なり、男女両性が存在していた。当時は計画も実験段階で、アンドロイドの人員も多くは割かれていなかった。当然に戦闘用などは配備されておらず、モルモット達が逃走する事態を想定していなかった。前述の種の改造のせいで、逃亡生活にも彼らは耐えることができた。そして、彼らはお互いで、或いは汚染体となった人間達と交配し、子孫を生み出した。これだけで都市にとっては、その子孫たちを人間でないと定義するに十分だった。現存するモルモットには、頭蓋内にマイクロチップが埋め込まれており、女性のみとなっているため、モルモットだけでは数が増えたり、モルモットかどうか判断できない事態は避けられている。これらの情報は一介の戦闘用アンドロイドには当然に教えられることはない。全て、リゼットから聞いたことだった。彼女がなぜそんなに詳しい理由は聞かされていない。
彼女はそんな哀れなモルモットのために今まで、一人で計画を立ててきたらしい。思考までも検閲されるアンドロイドであってどうしてそんなことができたのか、リゼットが誰の監視下にも置かれていないのはなぜなのか、分からないことはたくさん残っている。しかし、それを考えるのはアタシの仕事じゃない。アタシの仕事は、マスターであるリゼットの計画を実行すること。実験室に寝かされているアンドロイドもノエルもアタシもそのための駒である。
「ふぅ・・・」
ふと、溜息がでる。溜息を吐くのはどんなプログラムによるものなのだろう?ただそれに従うだけの存在には分からない。
ふと、センサーに反応があった。3つの反応。恐らく、リゼットとノエルと・・・あと一つの反応は誰だろう?
「少しは落ち着きましたか?ノエル?」
リゼットが先に改造戦車から飛び降りる。私もそれに続く。
「う~ん、まだ少し、思考回路が熱を持ってます・・・」
私が再起動したときにはリゼットが戦車の助手席に座っていて、後ろにはアンドロイドが一体、寝かされていた。何かがあって、私は機能を停止させたのだろうが、全くといっていいほど覚えていない。少し記憶が飛んでいるようだ。原因は、フリーズ・・・?メモリの修復を行ってみる。まだしばらく時間がかかるようだ。
「そこで寝ているガラクタも持ってきてくださいね?」
リゼットが顎をくいとやって、後ろのアンドロイドを運ぶように促す。
「え~と、この方はどちらさまで??」
見覚えのないアンドロイドを抱えて実験室まで運びこむ。実験室の中にはもうすでに10体以上のアンドロイドが寝かされていた。
「あいかわらず、いっぱいいますね~」
「お帰り~って・・・また、連れてきたの?もう、整備するのも面倒なんだから勘弁してよね。リゼットに代わってもらおう、っと」
モニカはそう言うと、実験室から出ていった。私は運び込んだアンドロイドを、他のアンドロイド達の横に並べる。どれも、人間の集落を攻撃していたアンドロイドだ。彼女たちは、モニカが整備していたはずだ。そのうちの一体を気まぐれで起動させてみる。機械の起動音が、破れた人口皮膚の間から聞こえてくる。その音が落ち着くと、目は機械的な瞬きをし、こちらに焦点を合わせてくる。
「おはようございます」
私は笑顔で彼女を迎える。
『―――深刻な、エラー、を検出――シ、シスシステムをシャット、ダウンし、します――』
アンドロイドはそれだけ言うと、また瞳をうつろにさせ、眠りについた。やはり、まだ整備は完全にうまくいったわけではないようだ。今連れてきたアンドロイドもそうだろうか?起動をさせてみる。さきほどと同じような仕草をして、彼女は起動した。
「あ、おはようございます」
彼女は、私の姿を確認すると跳びかかってきた。私は押し倒されて、地面に叩きつけられる。
「!!?」
故障して片方しか機能していない彼女の目があやしく光り、こちらを睨みつけている。彼女はマウントポジションを取ると私を何度も殴った。何度も顔面を殴られてフレームが歪みそうになる。
「あいつはどこへ行った!?」
「・・・あいつって・・・誰ですか?」
彼女は、抵抗できないよう地面に私を押さえつける。
「お前と一緒にいたアンドロイドだ!!どこにいる!?」
「ここにいますよ」
いつのまにか、リゼットが私たちの横に立っていた。
「きっさまぁぁぁあああああ!!」
アンドロイドはリゼットに跳びかかった。しかし、リゼットは華麗な体裁きでかわすとアンドロイドを地面に叩きつけた。
「ぐ・・・!何故、人間を殺す?私たちの本来の目的はどうであっても“人間”のためであるべきだ!貴様の行動は理解できん!」
「ノエル、さっさとこのポンコツの機能を停止させてください」
私は急いで起き上がると、机の上にあったスタンガンを露出している腹部の内部機構に押しあてた。彼女は体を機械的に痙攣させた。その痙攣が収まるとアンドロイドは動かなくなった。
「全く、何をしているんですか?あなたは?その頭部ユニットの中身は空っぽですか?」
「すみません・・・」
私は小さくなって謝った。しかし、気になることがあった。彼女の先ほどの言葉だ。
「あの、リゼット・・・?リゼットはシャルロットのためにこの前は人間を殺したんですよね?」
「まぁ・・・最初はそうでしたが、途中からは違うかもです。どちらにしろ、人間のためには行動していませんね・・・」
私にはよく分からなかった。シャルロットのためなら、そのまま人間のためになるのではないだろうか?リゼットは混乱している私を見て、しばらく考えてから切り出した。
「いつかは言わなくては、と思っていましたが、シャルロットは人間ではありません。彼女は実験動物といったところでしょうか?それが気に入らなくて私は、人間や都市に反抗しているんですよ。」
リゼットは静かに私の目を見据えた。
「それでも・・・私と一緒にきてくれますか?」