まだ修理中のこと。
「リゼット、質問です。」
横でパソコンに向かって作業を続けるリゼットに挙手でアピールした。パソコンと私はカラフルなケーブルで繋がっている。
「何ですか?ノエル」
リゼットはこちらに一瞥もくれずに返事をした。
「私はいつになったら、外に出れるんですか?」
私は相変わらず灰色を広げる空を窓越しに眺める。大地は赤茶けた色に染まっている。ぽつぽつと何かが地面に刺さっている。何だろうか?
「ずっと出れませんが?」
「へっ!?」
「・・・冗談です。修復が終わり次第です」
危ない危ない。リゼットは冗談が九割だから、鵜呑みにしないようにしなくては。
「まぁ、あなたがポンコツすぎて同じ規格のパーツが使われているものが少ないんですよ」
そう言ってこちらに目線を合わせてくる。彼女のサイドテールが揺れる。その顔はまさに悪戯好きな女の子だった。そこで今更だがリゼットは何者なんだろうと思った。私のマスター、なのだが、他にはSぐらいしか知っていることはないかな?まぁ、この際、直接聞くのがいいだろう。ちゃんとした答えが返ってくる保障などさらさらないが。
「リゼットさんはどのようなお仕事をしてらっしゃるのですか?」
「あなたみたいなクソジャンクを拾ってきて、売り飛ばしてますけど。」
パソコンに向かってつぶやくように言い放った。ん?ちょっと待て。わたしみたいなのを拾ってきては売り飛ばす?私は商品なのかな?外に出る=販売終了しました。なの?売られ先であんなことやこんなことが・・・あわわわ。
「あ、あの私、やっぱり外に出れなくて良いです」
「いきなり何ですか?」
少し彼女は思案した後、納得したようにやけにやさしい笑みをこちらに向けてきた。
「大丈夫ですよ。ノエルのことは売ったりしませんから」
「リゼット・・・」
うう、リゼットがまぶしいです・・・。
「絶対優しいご主人様のところに行かせませんから。私が一生ここでこき使ってあげます」
リゼットのまぶしさが一瞬でブラックホールに吸い込まれて純粋な黒になった気がした。こんな性格だからきっと友達もいないのだろう。そうに決まっている。そんな性格だから、家族だっていないんだ!と思う。・・・あれ?
「ねぇ、リゼット。あなたの家族は?」
彼女はパソコンに向き直って作業を再開した。返事がない。もしかして訊いてはいけないことだったのかも知れない。この重い空気は苦手だ。なんとかしなければッ!
「あっ、えっと、やっぱり今の質問はなしで・・・」
私がそう言いかけた瞬間。
「あなたが私の家族です」
リゼットの無理した笑顔がそこにあった。瞳が潤んでいる。その言葉と笑顔に私は何も言えなくなった。なんだか私は悲しくなってきた。彼女と家族に何があったのか、そんなことは知らない。でも、リゼットが無理をして嘘をつくなんて普通ならあり得ないことだと感じた。相当辛いことがあったのは簡単にわかる。私はこの人の所有物だから、ロボットだからということなしで助けてあげたいと思った。
「私、頑張りますから!精いっぱいあなたの家族になりますから!!」
私の瞳もレンズの洗浄液で潤んでいた。リゼットは一瞬驚いていたがすぐに優しげな笑みを浮かべて私に抱きついてきた。
「私、ロボットだけど、頑張りますから!なんでもしますから!」
リゼットの頭を抱きしめる。リゼットの顔を私の胸にうずめる。
「大丈夫ですよ・・・。私もロボットですから・・・」
「はい!?」
リゼットの顔を覘く。するとデコ@ピンがとんできた。
「イデッ!?」
「暑苦しいのでいい加減、離れてください。全く気付いていなかったんですか?相変わらずノロマですね。」
リゼットはいつものあきれ顔で続ける。
「だから、最初から家族もいないですし、あなたに同情されるいわれもないですから。」
ぜ、全部演技だったのか・・・。正直、ロボ情報も嘘に思えるが。
「・・・じゃあ、ロボって証拠を見せてください」
「いいですよ?じゃあ、覚悟できてますね?」
「えっ・・・」
リゼットが赤い瞳でこちらの瞳を見つめる。いやな予感・・・
『コマンド受領しました』
体が勝手に踊り出す~。歌い出す~。
「アルハーレタヒノコトー・・・」
『バッテリー電荷残量10% バッテリー残量が僅かです。充電してください』
私が勝手に喋り出すまで命令が続いた。
「ま、人間なら喋って命令しますけど、アンドロイドなら赤外線命令が可能なんですよ♪」
私で遊んで満足したのか声の調子が上ずっている。それにしても
「か、体が重いんですけど・・・」
体の動きが鈍い。というより力が入ってないみたい。
「あ~、バッテリーが切れかかってるだけですよ」
「・・・だけ、って・・・切れても問題ないんですか?」
「切れた状態でも予備バッテリーで一日はデータとかも維持できますけど・・・。それ以上たったらメモリとかは全消去でしょうね」
メモリ全消去って、オイ。
「ま、人間らしく言うと、死ぬ、ぐらいで理解できますか?」
・・・なんか気まで重くなってきた。残りバッテリーは8%、とりあえず充電を、と思って部屋に向かおうとすると
ビヨーン・・・
私はまだパソコンと繋がっていた。
「ちょ、もう充電しなきゃマズイんですけど・・・」
リゼットは何か思い出したようにパソコンにむかって作業を再開した。
「ちょっと待ってください。更新を同期し終わってから充電してください。あと6、7分で終わりますから」
「あとでじゃダメなんですかー?」
「めんどくさいんで」
リゼットはひたすらにカタカタと音を立てている。こっちは死にかけ?なんですが。とはいえマスター(一応)の命令。仕方ない・・・のか!?
・
・
・
『バッテ、リー、残量、のこ、り0.5パ、セント。じゅ、うでんを行、てくださ、い』
声もとぎれとぎれになっている。もう自力で体も殆ど動かない。困った・・・汗
ちなみにバッテリー残量告知以外は喋れなくなっていた。それなのに、リゼットは、
「ふんふんふ~ん♪」
椅子にもたれかかってのんきにしてる。・・・鬼だ。頭の中で同期終了までの時間があとわずかだと知らされる。
『ど、うきさぎょ、うが終、了しました。接、ぞ、くをせ、つ断できま、す。』
「あ、やっと終わりましたね。ノロマさん、お疲れ様です。はい、お待ちかねの充電でちゅよ~。」
そういってリゼットは立ち上がるとしたじきにしていた充電プラグを取り出して私とコンセントを繋いだ。ってことは部屋に行っても充電器はなかったわけだ!
「・・・ん・・・」
充電が始まってやっと体に力が入るようになった。
「・・・リゼット、お話があります。」
「はい?どーぞ?」
「異議あり!!」
バン!!机を(壊れない程度に)思い切り叩く。そしてリゼットを指さす。
「もうちょっと丁寧に私を扱ってください。死ぬところだったんですよ!」
「ロボは死にませんよ」
それもそうだ。あれ?いやちょっと、ここは食い下がる方向で。
「そこは言葉の綾です!!」
いやー、決まったなー。なんか反撃できた気がする。
「さすがデータ復旧したかいがあって徐々に語彙が増えてきましたね」
でしょでしょ!?(得意げ)
「ま、私のお陰なんですけどね」
「んぐ・・・。とにかく死ぬところだったんですってば」
「はぁ、いいですか。お説教しますよ」
リゼットは溜息をついていて椅子に座って足を組んだ。いつものポーズ。で、リゼットがお説教を始めた。なんで怒られるんだろ?
リゼット曰く、機械は常に生殺与奪を主人に握られていて、壊されることも受け入れなくてはいけないらしい。戦場で使用されていた機械にはすぐ自爆することが任務だったものもあり、悲しいお話とかを聞かされた(カナシイハナシダナー)
最も機械にとってつらいことは使われることなく朽ち果てること、なんだそうだ。だから、死にかけたぐらいでごちゃごちゃうるせー、ということらしい。
「ううっ、機械って大変なんですね・・・」
目からまた洗浄液があふれ出る。
「じゃあ、何で私たちに感情を持たせて苦しませるんですか?皆、リゼットみたいにSだったんですか?」
ハンカチで涙をフキフキ。バチン。ワンテンポ遅れで叩かれた。
「自分たちと同じ姿をしているのにすること、喋ることが自分たちと全然違うことに耐えられなかったんですよ。頭の悪い人たちです。」
リゼットは顔を逸らして外を見た。相変わらず灰の空と赤の大地が広がっている。この世界に住んでいた人間の代わりに仕事をさせるために私たちを造った。だから同じ姿が与えられた。でも、ここでパラドックスが起きた。人間のしていた仕事をしている、これにより人間はアンドロイドを人間と同視してしまったのだ。そこで人間は自作自演のようなアンドロイド擁護や排斥運動の歴史をきざんだ。
「私たちはどうすべき、なんですか?」
人間は私たちにどうふるまって欲しかったのか?望まれたようにありたい。その方が皆、楽しいだろうから。
「私はあなたみたいに、嫌なことがあれば主人にでも抵抗するアンドロイドが好きですよ」
リゼットは横を向いたまま、そう言った。口元がかすかに微笑んでいる。
「・・・じゃあ、説教しないでくださいよー」
「ま、歴史のお勉強です」
そのあと、よく考えたら、この世界に人間っているの?って疑問に辿りついた。私は自分以外にリゼットしか知らないけど、私もリゼットも人間じゃない。もう、人間に会わないんだったら、振る舞いなど好きにすればいい、と思う。というより、私が仮に人間に会っても、私はリゼットの所有物なんだからあんまり関係ない気がする。あれ?でも、そもそもリゼットって誰のアンドロイドなんだろ?