リゼットと一緒の時のこと。
「珍しい組み合わせになったわね。アンタと二人きりなんて・・・」
窓の外を眺めながら、モニカが言った。外では見慣れた二人がこの前の戦闘の戦利品である戦車を修復したものに向かって歩いて行く。それは戦車とはとても呼べないものに変容していた。キャタピラで走るのだが、砲塔がくっついていた場所にはどこかの軽車両がそのまま乗っかっていた。二人の内の一人がこの建物と車両の間を往復し、大型のポリタンクやら洗濯に使っていた大きなバケツやらを積み込んでいる。
「そ、そういえば、そうですね・・・」
いつもと違うシチュエーションに緊張しているのか、返事をするシャルロットの肩に自然と力が入る。よく考えてみればモニカと話すこと自体、あまり多くなかったように感じる。ましてや二人きりなら尚更だ。
「ねぇ、私の部屋に来ない?」
モニカが切りだした。単にゲームの相手が欲しかっただけだが、その切り出しに対してシャルロットはしり込みをしているようだった。
「?どうしたの?」
「え、と・・・変なこと、しません?」
シャルロットが赤面し、モジモジしている。
「しないわよ!っていうか、どこでそんなこと覚えたの!?」
「え、えと、二人きりのとき部屋に連れ込むと、変なことに、なるって、リゼットさんが・・・」
「・・・」
モニカにはリゼットの吹きこんだ内容が冗談なのか、リゼットなりの心配なのか計りかねた。
「はぁ~、でも結局私だけが働くんですねぇ」
私は延々と続く荷物運びをしながら呟いた。リゼットも手伝ってくれればいいのにと思ったが、彼女曰く車両の点検で忙しい、そうだ。何もしていないように見えるが。今回の作業はシャルロットのための飲料水確保のために人間達の言っていた場所に向かうのだが、なぜかリゼットが私と一緒に行くと言い出したのだ。最初はモニカとの奴隷組で行くものとばかり思っていたから意外だった。
「むぅ、リゼットも働いてくださいよぉ」
私はロボットのくせに一向に働かないサドに抗議した。
「働いたら負けですよ。ノエル」
無駄とは分かっていたが、こんな性根の腐った物言いをされるとは思わなかった。ロボットが働いたら負けって、何のための機械だろう?考えるのは止した。私は背中に担いだドラム缶を車両に乗せ、作業を終えた。したがって出発なのだが、ここでもリゼットは助手席に座り込んで、手伝う気を全く見せない。
「・・・」
「早く出してください。それとも運転の仕方が分からないんですか?困ったさんですね」
仕方なくアクセルを踏む。キャタピラで進むとは思えない初動速度で車両が動き出した。
キャタピラの安定感とは反対に、車体はよく揺れた。リゼットの指示でこの車を造ったが、あり合わせで造っただけの上にやたらテキトーだった覚えがある。走行中に車体の上体だけが外れるのではないかと心配になってくる。
「ちょっと、リゼット!シートベルトした方がいいです!これ!かなり危ないです!」
「知ってますよ。だからすぐに逃げられるようにシートベルトしていないんです」
それはどうなんだろうか?確かに爆発するとかならまだしも、あれ、爆発?テキトーな造りだから、もしかすると爆発するかも知れない。誰ですか?戦車と車で簡単車両なんて言ったのは?・・・私だった気がする。私はおもむろにシートベルトを外す。
「やっぱり心配ですか?」
リゼットが隣でにやにやしている。癪だが、シートベルトをしない方がいい気がしたのは確かだ。
「私もあなたの運転が心配で仕方がなかったんですよ。ノエルのA.Iで車を運転できるとは到底思えませんから」
いちいちムカつく。電動イライラ女め。
「話変えますけど、何で今回は付いてきたんですか?残ってたらよかったじゃないですか?」
リゼットはまだにやにやした顔ではあったが、私から視線を外し前を向いたその横顔は何か考えているようだった。
「ただの気まぐれですよ」
「そうですか・・・」
私は嫌気がさしていた。私はずっとリゼットに振り回されっぱなしだ。全然いいことがない。まぁ、リゼットのアンドロイドなのだからしょうがないと言えば、しょうがない。
「少しだけ、話しておきたいことがあるんです。ノエル」
視線はフロントウィンドウを向いたままだ。
「何ですか?私の運転、雑だから、早く言わないと振り落とされますよ?」
「ノエル、すみませんでした」
私は最初、その言葉が誰から発されて、どのような意味を持つのか判断できなかった。か細い声だったが、それは問題ではない。あのリゼットが他人に対して謝るなんて、私が知る限りではありえないことだった。
「・・・」
驚きのあまり声が出ない私にリゼットは続けた。
「今まで、いろんなことを隠したり偽ったりしてきました。でも、もう話します。何から訊きたいですか?」
リゼットはいつの間にか真剣な顔でこちらを見ている。その真剣な眼差しに私は気圧されていた。
「一つだけ・・・何で今まで隠してきたんですか?」
「・・・私のわがままですよ。この世界のことはいろいろと知らない方が幸せだと思ったんです。それだけひどい有様なんですよ。それに記憶を無くす前の貴女も、望んでいましたから」
やっぱり、その言葉が私の中に浮かび上がった。
「一つだけでなくて、全部話しますね。まずは何で都市と・・・」
「いいです。もう。」
私はリゼットの言葉を遮った。リゼットは一瞬、何かを話そうとしたが、一度大きなため息をしてまたにやけ顔に戻った。
「そうですね。あなたに難しい話をしてもわかりませんね」
「そーですねー」
いじけたように振る舞いおどけてみる。モニカの言うようにリゼットはゆがんでいるけど(かなり歪に)私たちのことを思ってくれているのは間違いない。なら、知らなくちゃいけないときに知らないことは知ればいいと思った。
「ここがそうじゃないですか?」
頭を押さえながら、サスペンションから飛び降りる。
「あなたの運転が荒いせいで私も頭をぶちました。あなたと違って高級品なんですよ?」
リゼットが後から降りてくる。目の前には岩でできている小さな山があり、その側面に小さな横穴らしきものがあった。そこから液体が流れ出てきている。恐らくそれが湧水なのだろう。
しかし、横穴の中には複数の反応があった。私とリゼットは武器を備えて中に入っていった。そこには外とは違い冷えた空気が漂う空間が広がっていた。
「誰だ?」
私たちが捉えた反応物は落ち着いた声で問いかけてきた。