誰も教えてくれないこと。
「ただいまかえりました~」
リゼットの部屋のドアを開ける。ずっと走らされたせいだろうか、自然と疲れたような声が出る。ほんの一週間にも満たない時間しか離れていなかったのに、私にはこの部屋がやけに懐かしく思えた。
「・・・おかえりなさい!!」
シャルロットが出迎えてくれた。こちらを見た彼女の頬は濡れていた。彼女は駆け寄り抱きついてきた。
「すみません。心配かけました」
後から部屋に入ってきたリゼットが私の頭を小突く。
「本当です。全く。これだけ心配させるとなると罰も考えものですね」
リゼットは私とシャルロットの横を通り、自分の部屋に戻っていった。今回の罰は多少は仕方ないかな、と思えてくる。私が悪いわけではないにせよ、迷惑はかけたのは事実だ。目の前にその気苦労を受けていた小さな体がこちらに重さを預けている。私にはまだ帰るところがあるんだ。こんなに嬉しいことはない。なんとなくニュータイプの気持ちが分かった気がした。
その後、部屋に戻るとモニカがテレビの前で構えていた。
「ほら、勝負するわよ。アンタが居なくて退屈だったんだから」
「それはご迷惑をおかけしました」
ピコピコピコ・・・。ゲームの音とときどきモニカの叫びが部屋に響く。
「シャルロットに変なこと、言ってない?」
モニカが口を開く。
「変なことってモニカのスリーサイズ、とかですか?」
モニカの顔が一瞬で赤くなる。かなり前の戦闘用にもそういう機能はあったようだ。
「なっ!?アンタ知ってるの!?」
「あ、隙ありです。デスボ○ル!」
地球半壊の演出とともにモニカのキャラがやられ、モニカがこちらをまだ赤い顔で睨みつけてくる。
「・・・そうじゃなくてアンタを捕まえた人間のことよ。」
「何も言ってませんよ。リゼットにも釘を刺されていますから」
シャルロットからしたら今回の件は異常なことなのだろう。何せ、人間を皆殺ししてきたのだから。よくよく考えてみると、リゼットは何故、全員殺したのだろう?一部を生かしておくと復讐されるから?それとも、シャルロットのための水や食料をできるだけ多く確保するため?考えても分からなかった。リゼットがシャルロットやジゼルには優しかったのに、他の人間に対してやけに冷酷なのも気になった。リゼットの型に関係することなのかもしれない。
「モニカ、監視用って何をするための機体なんですか?」
「文字通り、監視じゃない?あああ!!またやられた!!」
モニカはその後ものらりくらりとしてはっきりとしたことを言ってくれない。リゼットに指示されているんだろう。リゼット本人に聞いた方が良いのだろうが、果たして教えてくれるだろうか。リゼットは自分のこともそうだが、あまり私にはいろいろ教えてくれない。モニカには私より多くのことを教えている。シャルロットもいろいろ話を聞いているのかも知れない。あの二人は仲がいいから。そうすると、私だけが仲間外れだ。横目でモニカを見る。モニカはゲームに夢中だ。
「・・・なんでリゼットもモニカも私に何も教えてくれないんですか?」
ボソっと呟く。しばらくの沈黙、モニカの叫びが消え去り、ゲーム音だけになり、やけに静かに感じた。
「アンタは、リゼットを信用してないの?」
モニカが口を開いた。私が聞きたいのはそんなことじゃない。
「いつもリゼットは私に何も教えてくれません。ジゼルのときだってそうです。モニカもリゼットから私にいろいろ教えないように言われているんでしょう?」
「あのねぇ、リゼットは秘密主義の嫌な奴だけど、そこまで悪い奴じゃない・・・ん?でも人間を全滅させたような・・・まぁ、いいわ。アイツはアイツで私たちを気遣ってくれてるし、結構好きにさせてくれてるじゃない」
モニカが諭すように続ける。彼女の言いたいことはわかる。でも、何も言ってくれないのはおかしいのではないか?
「でも、リゼットは私のことを信用してくれてないのかも知れません」
「本気でそう思ってるの?リゼットはアンタを助けるためにシャルロット一人をここに残したのよ?何が言いたいか分かるでしょ?」
確かにリゼットがそんなリスキーなことをするとは普通考えられない。シャルロットのことは朝から晩まで気にかけている彼女はやっぱり私のことを大切に思っている、かな?やっぱり最後まで疑問は溶けない。
「少し、考えてみます・・・」
モニカのキャラをノックアウトした後、隣の部屋に引きこもった。
「リゼットのケチ・・・」
隠れて愚痴をこぼすくらいしかできることがなかった。
「っていうわけで、部屋でノエルはいじけてるんだけど?」
モニカがそう報告してきた。相変わらず手間のかかる人形だ。
「それはこちらで何とかしておきます。それより、この前の戦闘で手に入れたアンドロイドのパーツに換装しましょう」
「ノエル、結構気にしてるみたいよ?」
私は横たわったモニカのメンテナンスパネルを開ける。あまり彼女にいろんなことを教えたくないのが本音だ。知らないほうが幸せだと、記憶をなくす前の彼女も言っていた。自己矛盾を知ったアンドロイドほど可哀そうなものはないだろう。思考は混乱しているのに、体は矛盾した行為を止めない。かく言う私も少し壊れているのかも知れない。そんなことない。否定する。彼女は否定できなかったから、記憶を失った。私は彼女じゃない。ここで記憶を無くして逃げたくない。ふと、モニカがジト目でこちらを見ているのに気がついた。
「私の顔に何か付いてますか?ポンコツさん」
「別にぃ。ただ、アンタも話してやればいいと思うんだけど。何知ってるのか知らないけどさ」
「あなたは、自分の仕事が、全く意味をなさないとしたらどうしますか?」
モニカはしばらく考えていた。私は言葉を続ける。
「考えることを止めて、ただの道具になりますか?それとも、自分を壊してでも仕事を止めますか?」
モニカは天井を見ながら、言葉を選ぶようにぽつぽつと答えた。
「私は、戦闘が仕事だったけど、もしそうだったら、そうだなぁ・・・マスターに意見は言ってみるかなぁ、結局、何も変わらないかも・・・でも、折角考えられるように造られているなら、話してみる価値はあると思う」
「それでも・・・やっぱりいいです。ガラクタさんの意見聞くより自分で考えた方が早いです」
モニカが頬を膨らませる。
「じゃあ、何で訊いたのよ!」
「能天気な意見を聞いてみたくなったんですよ」
話す相手なんか居ない。モニカと違って私には近くにマスターと言える人は居ない。私が全てを決めなくちゃいけない。でも、モニカとノエルには話をした方がいいのかも知れない。彼女たちも考えている、私と何一つ変わらない、キカイなのだから。いつかはちゃんと全てを話したい。でも、話すことであの二人が私を見捨てたら?
「痛かったら、言ってくださいね?行きますよ?」
思いっきり痛く感じるように感度を高くしてから、腕のパーツを外す。
「GYAAAAAAAA!!痛い痛い痛いぃぃ!!」
「我慢してくださいね~」
クスクス笑いながらは私はもう片方の腕に手を掛けた。