人間たちのこと。
また安っぽい戦闘が御座います。嫌いな方はご注意ください。
「アベル、早くこいつは壊した方がいい」
痩せ男は私を指さしながら、リーダー格の男に訴え続ける。今まで私と会話していた二人は黙って聞いていた。
「しかし、アンリ。せっかく危険な目に会ってまでも、こいつを捕まえたんだ。データだけでも引っ張り出さないと意味が・・・」
苦い顔でアベルが答えるが、痩せ男はそれに応じないで喚き立てる。
「こいつがレオとフローラを殺したんだぞ!憎くないのか!?前から言っているが、アンドロイドを捕獲して利用するなんて無謀だ!都市の連中に気づかれる!!」
「でも、こうでもしないと人手も足りないし、アンドロイドはうまく使えば戦力にもなるんだぞ?フローラだって随分役立ってくれたじゃないか」
アベルは控えめに反論した。そばで聞いている限りでは、このリーダーの男よりも痩せた男の方が正論を言っているように聞こえた。アンドロイドを失えば、所有者は探しに来るだろうし、何より利用したとなれば奪回されたときに情報が漏れてしまう可能性が高い。アンドロイドは口が堅くても、プロテクトを突破されてしまえば、すべて情報は漏らしてしまう。それこそ、「ハッキング」から「今晩のおかず」まで全て相手に筒抜けだ。
「手緩いんだよ!情報がすぐに出せないんだったら、海にでも壊して捨てればいい。そうすりゃ見つからないし、手間もかからない!」
「それはそうだが、お前はレオやフローラがやられたからムキになってるだけじゃないのか?少し落ち着け」
アベルがなだめようとするが、全く効き目がない。もう一人の男は今にも殴りかかりそうな気迫を漂わせている。
「そういう話じゃない!!おまえはいつも甘いんだよ!そんなことじゃ、いつか皆殺されちまうぞ!!」
殺される?どういうことだろうか?話から察するに都市の人間から殺されるということだろうが、何故ここの人たちが殺されるのかは見えてこない。その時、背後から手が伸び、私のうなじにプラグを差し込む。
「はうっ!?」
いきなり入力される情報に困惑している私の横でずっと話を聞いていた女性が男二人に向かって怒鳴る。
「いい加減にして!外には子供たちもいるのよ!!いい!?この子から情報を出せればいいんでしょ!今から何とかするから取りあえず、黙って!3日以内に情報が出せなかったら、アンリ、あなたの好きにすると良いわ!」
彼女の怒号に意表を突かれた二人が目を丸くしている。居心地の悪くなった痩せた男はテントからこそこそと抜けていった。
「ふぅ、ほんとに大人げないんだから。アベル、あなたもビシッと言わないからいけないのよ?」
「面目ない」
リーダー格の男は情けなさそうに頭を掻く。呆れたようにその様子を眺めたあと、女性がキーを叩き始めると私のプロテクトを破るための作業が始まった。私はプロテクトを破ろうとする打鍵の音に合わせて、防壁を張り巡らせていく。現在の予測では、突破される可能性はゼロに近い。正直、内部情報が漏れても困るといったことはなさそうだが、アンドロイドの義務、として侵入を排除した。
「なぁ、プロテクトを外してくれないか?こっちも必死なんだ。それにお前はもう帰れないんだぞ?」
しばらくして、女性のパソコン操作から目を離し、男の方が私に話しかけてくる。なるほど、さっきの痩せ男の言うとおり、この人はちょっと甘いのではと思う。まだ、第一段階の防壁も破られてないのに、私に諦めろ、と催促してきた。それよりかは、抵抗してリゼット達が探してくれている可能性に掛けたかった。しかし、3日以内に見つけてもらえなければ破壊される。そうだとしても、自分からプロテクトを外すなど出来ない。アンドロイドの性質ってやつだ。
「あははー、それは出来ないんですけど、もしかしたら一緒に生活するかもですよね?だったら、あなたたちのことを教えてくれませんか?」
男は、どうせ壊すかどちらかしかないのだからと言って、地べたに座り込んだ。
「そうだな、何から話せばいい?」
気を紛らわせるための会話だったが素直に男は応じてくれたようだ。何でもいい、と私が答えると男は一度、テントの出口の方を見遣ってから話し始めた。
「ここには100人に行かないくらいの人間が住んでいる。お前には都市の奴らから俺たちを守ってもらおうと思っている。アンリはアレだが、俺はあんたらアンドロイドを信頼している。都市のアンドロイドが俺らを探しに来るのも、きっと人間が指示しているんだろうからな。食糧調達とか、探索とかを頼むかも知れない。近くに海があるから、そこで塩を作ってもらったりもするかもな」
「へぇ~、でも、何で都市の人たちはあなたたちを探しているんですか?」
「さぁな。とりあえず見つかったら殺されちまう。ここは前に偵察にきたアンドロイドに汚染度最大と誤認させて帰らせたから比較的安全だが・・・」
私たちと同じか、と思った。しかし、都市も人間を狙っていて、私たちも人間を狙っている。本来、人間に尽くすはずのアンドロイドにこんな扱いを受けるなんて人間も楽ではない。ここにいる人達は相当苦労しているのだろう。だが、自分にもやらなくてはいけないことがある。人間から情報が得られるチャンスに直面している。しかも、相手が自主的に話してくれるという、願ってもない状況だ。こんな純朴そうな人を騙すのは気がひけたが、最悪のケースではこの男が言うとおりに働くかも知れないのだから、騙しているわけではないと自分に言い聞かせて話を続けた。
「水、とかはどうしているんですか?」
「水か、水は基本、雨水だな。今は乾期だから、少し危険だがここから北に行ったところに湧水が出る場所があるんだ。とは言っても殆ど枯れかかっているし、汚染されているかもしれないけどな」
これは有益な情報だ。具体的な場所は分からないが、北に向かえばいいらしい。私がさらに情報を仕入れようと話を振ろうとしたとき、俄かに外が騒がしくなった。
「おい、アベル!!敵がきやがった!!早く準備しろ!」
先ほどの男がテントに飛び込んでくる。アベルは今までの穏やかな雰囲気から一変し、引き締まった表情になり外に飛び出していった。
「ここも見つかったのね。私も行かないと」
私の後ろでパソコンのキーを叩いていた女性も、先ほどとは違うオーラを纏っていた。
「少しここで待っていてね」
そう言うと、女性はもう一度パソコンを操作した。
「あ・・・」
急に私の意識は遠のき、そこから先はまっくらになった。
銃撃。キャタピラの走行音。外には戦場と呼べる空間が広がっていた。状況は劣勢。空中を飛びまわる3人の少女たちに巨大な砲塔から発せられる鉄の塊は全く当たらない。逃げ惑う子供たちのうちの何人かはすでに地に伏し息絶えていた。空からの砲撃から身を隠す場所はない。
「もう弾がねえ!どうするんだよ!?アベル!!」
「時間を稼ぐしか、ない!」
自然と叫び声になる言葉。機械人形に次々と破壊される住処。その様を横目で見ながら、自分の死を覚悟する。恐怖。引きさがりたい。逃げ出したい。そんな思いに駆られそうになる。しかし、ここで自分が逃げだせば、他の全員が殺される。体を掠め、空を裂く敵の銃弾が地面に突き刺さる。切り傷が痛む腕を相手に向け、銃弾を撃ち出す。自分の前で少しの意味しか持たない壁だった戦車から火が燃え上がる。そんな折だった。空中に線が走る。その線は一人の少女を通過点とし、はるか上空に消えていった。機械の少女は空から落下し、胸部に開いた大きな風穴から黒煙と火花を上げていた。
目の前で起きた事態を正確に把握できないまま、銃撃を続ける。空中の機械乙女は2方向からの攻撃に惑わされ、損傷を負って墜落していく。
遂に3体目の人形が地に堕ち、アベルたちに安堵が訪れる。
「皆、よくやった。それにしても、あの攻撃はどこから来たんだ?味方、なのか?」
「恐らく、他の人間ではないでしょうか?向こうからの攻撃のよう・・・」
アベルの近くにいた男がそこまで言うと、胸から鮮血を吹き出し、倒れた。咄嗟にあの銃撃は味方ではないと悟る。
「皆、早く逃げろ!!」
言い終わる、その瞬間。彼の後頭部から額に向けて円筒状の穴が開いた。