目覚めること。
「―!!」
私は目を覚ました。私はどこかの民家の窓際のベッドで寝ていたらしい。なんで、こんなところに・・・?
「・・・何も思い出せない・・・」
どうやら、記憶喪失のようだった。窓から外を覘くと、灰色の空、壊れかけの住宅、倒壊したビル。私は出来る限り状況を把握しようとベッドから立ち上がり、周辺を物色した。何一つとして見覚えが無い。小綺麗に整った部屋は外の風景からはかけ離れたものだった。
ここは私の家だろうか?これらは自分の所有物なのだろうか?そう思いつつもバスケットに入っていた可愛らしい猫のヌイグルミを手にとってみる。
私の趣味、なのだろうか?・・・それにしてもこれは、いい、ものだ・・・
次に、ベッド脇の鏡が目に入った。女性がそこに立っていた。長い青味のかかった黒髪。整った顔立ち。少し釣り上った切れ長の目。鼻筋がすらっとしていて長め。特徴はこんなものだ。あと、顔色が少し悪いかな?
とにかく誰かに会った方が良い気がしてきた。ここでじっとしていても何も思い出す気配はない。
ガチャ
開けようとしたドアが勝手に開いた。
「あら、やっとお目覚めですか」
部屋のドアを開けた女性が軽く微笑みながらドアの前に立っていた。長い髪はサイドテールにされていて、綺麗な白いワンピースを着ていた。年は10代の後半ぐらい。その女性は私が寝ていたベッドに腰掛け、膝を組んだ。この女性には訊きたいことが山ほどある。が、とりあえずは自分の素姓だけでも明らかにしたかった。
「あの、私は誰なんですか?」
変な質問だったろうか。そう思ったが女性は微笑んだままの表情に少し嘲るような雰囲気も含めて、さらっと質問に答えた。
「さぁ、私も知りません」
「へぇ・・・」
・・・沈黙・・・
まぁ知らないならしかたないなー。
「・・・なんか、イラッ☆ときますね。その反応」
「・・・てへっ。」
ゲシッ。蹴られた、うう・・・。
「とにかく、私はリゼットです。あなたのことは何とお呼びしましょうか?」
彼女、リゼットは少し苛立った様子だが、言葉づかいは丁寧なまま私に訊いてきた。でも、自分の名前をいきなり考えろって言われてもねぇ・・・
「カッコイイのがいいんですけど・・・」
「カッコイイって・・・汗」
名前は当然カッコイイ方が良い。何がいいだろうか、田代○志?トニー・トニー・チョッパ○?クリ○ン?小島秀○?
「・・・じゃあ、三島平「私が考えますから」
彼女は人指し指をあごにあてて楽しそうに考え出した。私は少し、目の前の人物に苛立っていた。私が考えた方が絶対良い。イラッとしたので空気読まずに水を差した。「別の質問をしてもいいですか?ここはあなたの家なんですか?」
リゼットは興が削がれたような顔をしてこちらを見た。
「そうですよ。そういうことは追々説明するので、今は名前を考えさせてくださいません?」
「・・・わかりました」
私はリゼットの好きにさせることにした。なんか怖いので。とくに目が。
「ノエル・・・ノエルにしましょう」
「・・・(えー)」
私は呆れたように彼女を見ていたが、彼女が立ち上がり私の瞳を見つめてきた。お、私の方が背が高い。今更だが。
そのとたんに体が硬直する。
『個体識別名をノエルに設定します』
私の声が突然勝手に喋り出した。なんと、私は腹話術ができたのか!?
「!!?」
彼女はまたベッドに腰をおろした。
「あなた、本当に何も分かっていないんですか?では、今から説明しますから、ちゃんと理解してくださいね」
まだ自分が喋ったことが信じられない私に対して、リゼットは話し出した。
「あなたは私が拾ってきたお人形さんなんです。まぁ、正確にはガイノイドなんですけど。本来ならもう少し所有者に従順なはずなんですが、私が改造したのですこし不安定みたいですね。」
「私が、人形・・・?」
「人形の意味、分かります?機械とかロボットとかって意味ですよ」
からかうように彼女は続ける。
「あなたのメモリは全消去しました。プリインストールされているデータも破損しているのは想定外ですが。しかし、本当にポンコツさんです。」
私は目の前にいる女が何を言っているかあまり理解できていなかった。
「ふむ・・・つまり・・・あなたは頭悪いんですね?」
「・・・ほんとにポンコツ、ですね・・・」
彼女は眉の端をピクピクさせている。真似してみる。ぴくぴくぴく・・・。
ドスッ!!
音が鈍い、で・・す・・・・
「なんでこんなに、イラつかせる機能に充実してるんですか?」
リゼット、怒ってる・・・汗
「あ、えと、つまり私はロボで・・・故障中で・・・」
「どうしました?」
リゼットが少し眉の端を吊り上げながら、訊き返す。
「・・・それだけなんですか?」
「は?」
「私が言いたいのは、なんか悪の組織を壊滅させる、とか。人間と恋をして私も人間になるとか。ドラマティックなことってないんですか?」
リゼットは呆れていた。目の前のアンドロイドは何をのたまっているのか。私の方が疲れてしまう。
「あ、悪の組織じゃなくても・・・」
「スリープモードに移行してください。」
『スリープモードに移行』
結論、うるさいので黙らせた。
まぁ、彼女も混乱しているのだろう。だが、スリープモードでは、残念ながら頭の中を整理することはできないだろう。それにしても、ずいぶんと変わった玩具を扱うことになった。しばらくは疲れそうだが退屈はしなそうだ。メンテナンスが必要だが。とくに彼女のソフトウェアには古いものが多く、最新のものにアップデートする必要がある。あれこれノエルに施す魔改造を考えていた。そして「しばらく」休んだであろう彼女にささやいてスリープモードから復帰させる。彼女は瞼を開き、しばらく虚空を見つめている。復帰処理しているようだ。処理の終わった彼女はハッとしたようにこちらを見る。
私はいつの間にか私の横に回っていたリゼットを見つめる。まだ、ぼうっとしていて頭がうまく回らない。
「今のでお人形だと理解しましたか?それとも、もっと命令してほしいですか?」
彼女はうすら笑いを浮かべつつ、挑発するように私の顔をなでる。どうやら、彼女に、「命令」されてしまったようだ。
「では、少し休んだでしょうから、質問タイムにでもしましょうか」
休んだ気はあまり、しない。でも、出来る限り状況ははっきりさせようと思った。
「本当に私は、ロボット、なんですか?さっきのも催眠術とか・・・」
やっぱりまだ信じられない。信じるには何か証拠が欲しい。
「いい加減理解してください。ガラクタさん。今から、証明しますか」
あ、ポンコツじゃなくなった。ポンコツよりガラクタの方が良いのだろうか?
リゼットはベッドの横にあった机のパソコンを立ち上げて、アプリを起動した。それと同時に私の体がビクンと反応する。
「今から、たっぷりと調教してあげますから、喜んでください」
なんで、この人にあんな質問してしまったんだろう。
そのあと、私はいやというほどひざまづいたり、リゼットの足を嘗めたり、「ごめんなさい」を一万回言わされそうになった(これはリゼットが飽きたので8925回目で「中止命令」がだされた)
「随分と楽しかったですよ?」
「私は楽しくありませんでした。」
リゼットはまたベッドに腰掛けると、足を組みなおした。
「次の質問、どうぞ?」
「じゃ、え~と、リゼットさんが私の持ち主で、おけー?」
「おけーです」
この後も、しばらく質問タイムは続いた。
「では、充電でもしながらゆっくりと休んでください」
「充電?何のですか?」
私が訊き返すとリゼットは一瞬驚いたようにこっちを見返した。その後、あきれ顔で部屋の片隅にある延長コードらしきものを指さした。
「背中、出してください」
「こ、こうですか」
私は服をめくって背中を彼女に向けた。彼女は腰の部分を開いた。消しゴムぐらいの大きさだろうか。私の腰の真ん中のパネルが開いた。そこに充電器を伸ばした。
「えっ!ちょ、ちょっと待ってくだ・・・」
ガシャ。差し込んだ。
「・・・んくっ!?」
頭の中を変な感覚が走った。
「変な声出さないでくれます?それと、次からは自分でやってくださいね」
リゼットはそう言って部屋から出て行った。なんだか充電中はじんわりとした感覚がして心地よい。とりあえず、今日は私がロボットだということを理解させられた。正直、突拍子もないことだったが、理解した。他人事みたいな感じにしか思ってない、というより、ロボットであることに何ら実感がわかない。ドッキリとか・・・ないかな。
あと、リゼットがSだということも分かった。あんまり得はしないけど。
ノエルのデータライブラリの欠如、自己認識の甘さには驚かされる。充電方法が分からなかったということはセルフチェックもできていないのだろう。これは早く修復しないと、行き倒れる可能性も・・・。
パソコンをたたきながら、私はこれからの修復予定と必要な部品を確認し始めた。