妹に婚約者と体を取られた姉ですがなにか?
「はぁ、なんだか、胸が痛い?」
胸を抑えてじわじわと痛む箇所を見た。深呼吸しても痛みがなくなるわけではなく、不安に駆られて病院に行かなくてはいかないと頭では分かっていたが、未処理の書類がエーネの目の前にある限りここから離れられない。
強要されているわけではないが、自分の価値はここにしか居場所がないのも確か。無価値になるのが怖くて椅子から立ち上がれない。
ふと耳に聞こえてきたのは本館の下の階から聞こえる家族の団欒の話し声。いいなぁ、と浅ましい心が親の愛を求める。
もう直ぐ中等部の歳になるというのにそんなことを望むのなんて、いかにも子供っぽいじゃないかと首を振った。いけない、親の仕事を終わらせて褒めてもらえる可能性を高めないと。
せっせと当主のサインが必要なところだけ残して、息を吐いた。少しでも高い評価を得られれば、もしかしたら「よくやった」「素晴らしい」と頭を撫でてもらえるかも。
永遠にやってこないかもしれない。冷静な自分も思考の片隅に常にいる。両極端な自分の感情が毎日囁く。褒めてもらえる、褒めてもらえない。興味を持ってもらえるかもしれない、興味なんて抱くわけがない。
そうやって日々を過ごしていると、自分にも婚約者ができた。甘えられる存在がついにできたのかと嬉しくなったこちらを、絶望に突き落としたのも婚約者の男だ。
相手は学園で出された宿題をやるように言ってきた。甘えるつもりが寄りかかってきたことに絶句していれば了承していないのに、勝手に机に置かれてあっという間にいなくなる。
どこへ行ったのかと周りを見ると、妹がいる庭園のベンチに近寄っていた。婚約者に宿題を押し付けて、その時間を婚約者の妹に使っているのだ。
親に言っても無駄なことは薄っすらわかる。妹のためにやれと言わるか、自分で言ってどうにかしろと言われるか。胸を抑えて、少しずつ痛みが強くなる箇所を撫でた。婚約者の宿題をやらなかったから、彼に怒られたけれど無視した。
「婚約者がこんな女なんて。妹の可愛げを見習え。同じ姉妹なのに参考にもしようとしない」
そうしたら、今度は身内を出して当てこすってきた。あんまりな言い草であるが、この男から逃れる方法なんて考えても思いつかなくて悔しくなる。
「あんな人、婚約者なんて嫌」
ギリッと手を握り込む。そろそろ本当に病院に行かないとまずい感じがしてきたから、足を漸く医院に向けた。
「余命一年ですね」
哀れみの視線と共に言い渡された寿命に乾いた笑いが出た。それから執務を減らしていき、日々を怠惰に生きていると妹が珍しくこちらへ来て手を握ってきた。
「姉様。ドルトー様が私を好きだって」
婚約者の名前を出されてもなんとも思わなかった。妹も妹というより同居人という気持ちが強い。話しかけられることはあるが、彼女と会話らしい会話なんぞしたことがないから。
ぼんやり聞いていると「だから、彼と結ばれたいの」と言い終わるので好きにすればいいと告げた。そうしたら、次の瞬間ぐるんと視界が回ってブラックアウトした意識。
「な、に……」
起き上がると隣に姉妹関係もまともにない、名前だけの妹も倒れていた。放置したいのは山々だが叱られるのはこちらだけなので起こす。
「ん。姉様」
起き上がると彼女の顔が自分の顔であったことに驚き「え!」と声をこぼす。妹も姉になっていることに気づいた。入れ替わっている。あたふたしていると目の前に小さな妖精族が現れて胸を張ると、お気に召したかと聞かれて首を傾げた。
「婚約者を変更するより、体を交換した方がいいってこの子が言うからね」
妖精が妹を見る。二人はグルだったらしいと知ると醜悪な計画の全貌が垣間見えて言葉を失う。妖精と妹はたまたま知り合って、健康でない身体で好きな人に嫁ぐのは無理。世間的にも姉のままでこの家に残り、姉の婚約者をそのままに据えおける方法を提示してきたらしい。
「そう……」
「お姉様もそれでいいでしょ?もう仕事しなくていいんだから」
仕事を何もわかっていない言葉。
「入れ替えを私に聞かずに何故したの?」
「え?ドルトー様が欲しいって言ったら好きにしてもいいって言ったでしょ?」
その言葉でどうやって体の入れ替えまで許可したことになるんだ。この子は今まで嫌がられたり相手が嫌がるといった、前提を知らなさすぎる。
「次、入れ替えはもう不可能ってことでいいの?」
変えたいからと一々入れ替わられるなんて、二度とごめんだ。妖精に確認すると元に戻るのは不可能にしておくよと笑う。無邪気で残酷な種族というのは本の通りなのだ。妖精を履き違えていそうな妹は、何も知らず嬉しそうに笑う。エーネの体をあちこち見てパタパタと走る。
「ん?」
エーネは妹の体になってわかったが、確かに体力が少ないというのは感じるが病弱かと言われると、胸の痛みもなく病気の進行により蝕まれていた肉体の疲労がないことに、ふと気付く。
これはもしかして、年齢を重ねると問題がなくなるパターンなんじゃないのか、と。妹はあと一年で灰になる予定だった体を喜びで跳ねさせている。入れ替える前なら止めていたかもしれないが、止める前に説明もなく自分勝手に入れ替えたのだから、もういい……か。
彼女に向けた手をゆるりと下げた。その体は終わるだけだと教えようとした唇もゆっくり引き結び、艶やかな髪に手を通した。
「ふぅん?」
髪艶がサラサラしていて、己の癖のある髪とは違う。使用人の人たちの手の掛け方が桁違いなのが見て取れた。命の時間に限りがあると知ってから身だしなみになんて気を使う余裕はないから、今の元の自分の身体はさらにボサボサかもしれない。
全てにおいて体も何もかもガタが来ていた。生きる方法はなくもないが、病人になったところで親が親切丁寧にこちらへ来て声をかけたり、頭を撫でたり言葉をかけるビジョンは湧かない。
お金と病院を用意して見舞いにも来ず孤独死一直線だろう。惨めな思いはしたくなくて、誰にも寿命がいくばくもないことは言わずにいたが。それがこんな副作用を起こすとは夢にも思わなかった。
妖精なんて反則級の存在を提げて体の交換なんて真似をする妹がいたことが、信じられない思いだ。もう済んだことなので妹が喜んでいる間に、妹の部屋に向かう。
今日からそこが自分の部屋なのだ。模様替え、スケジュール、体力作り。今後有り余るほどの未来が己を待っている。時間がいくらあっても足りないと笑みが浮かんだ。
二ヶ月後、生活環境がそのままの意味でガラリと変わったものの断捨離はきっちりしていった。例えば元自分の婚約者の男の言い寄りを避けたり、親の過干渉を防いだり。
体力作りもしていくと少しずつ良くなっていき、医者からも続けるのがいいと太鼓判をもらう。親たちもそれより口を出しにくくなったのは嬉しい。
母も父もベタベタと鬱陶しかったから、邪魔で邪魔で仕方なくどこかへ行けと遠回しに言ってもなかなか離れない。
子離れしているくせに子離れできないとはどういう了見なのだろう。長女にできるのに次女に我慢すらできないとは、あちらの方が子供に見えてくる。
「お姉様!」
体力作りをしている最中、元妹現姉に代わった女の子がかけよってきた。
「違うでしょ?お姉様はあなた」
「そ、そうだけどっ、そ、そんなことなんてどうでもいいのっ」
我慢ならない様子で泣く。
「ドルトー様が私に嫌なことばかり押し付けてくるの!私が妹よって言っても可笑しな女を見る目をして、こんなのじゃ妻として失格だって言い張って」
「私たちのことは内緒にしておいた方が賢明なんじゃない?言えば言うほど馬鹿にされるわよ」
笑って助言を授けても彼女は納得してくれない。
「お父様は仕事を押し付けるし、お母様はお茶をしたいって言うと怒ってきてっ」
「そうなのね」
心底興味がなく、歩くのを再開する。並走する妹だった女の外側は見ているだけで辛そうだ。そろそろ入院しないと自活も難しくなるだろう。
「どうして?同じ子供なのに……」
絶望と失望がない混ぜになった言葉に、遂にこの子もその場所に立てたのかと感慨深く感じた。今問われたものは、己が与えられた執務室で一人寂しくやる義理のない冷たい書類の書き方を真似て、褒めて欲しくて何度も文字を練習し終わった時に過ぎたもの。
「さぁ?理屈じゃないんじゃない?」
理屈がないから一人を過保護に、一人を放置。やろうと思えば誰だって両方育てられるのだ。
「あなたに手をかけたら手にかけただけ、戻ってくるからだったりして」
「えっ?どういうこと?」
「あなたに構えば自尊心が満たされる快感を知って抜けられなくなってるように見えるってだけ。憶測だけど」
つまりは、健康だから嫌われて不健康だから好かれるわけだ。皆、弱っている方が構いがいがあるとわかっているからこそ近寄ってくる。弱々しい相手が大好きなのだ。
「健康な子供なんてどこにでもいるでしょ?」
見渡せばそこらじゅうに居て、価値はない。価値があってそれが己の娘であり婚約者の妹となれば特別感がする。人はレアなものに惹かれる質がある生物。
唖然とする妹を置いて行っていたが、姉だった時も足並みを揃えてもらった記憶がないから自分も立ち止まることは、わざわざしなかった。
「楽しい……!」
少しするとかなり自由に動けるようになり、図書館に行ったりカフェに行ったり執務を手伝っていたせいで、時間がなくてやれなかったことをした。
「美味しい……!」
カフェ巡りをしたり本屋巡りをしていると、貴族らしい男性が居てするりとなんとなく話しかけられたのをきっかけに話の趣向が合うことに気付き、毎回会うと会話をすることが段々楽しみになった。
食欲も戻ったからと、男性と共に食事に行ったりもする。妹の歳からはそこそこ離れていたが、そもそもの年齢を知る自身からすれば離れていない。
「どうだろう……?」
「え?」
話している折、彼が自分と結婚をしてくれないかと提案してきて目を瞬かせる。
「でも、私はなにもできません」
妹がなにもできないのは家族公認。調べればわかること。しかし、彼は辺境の土地に爵位を持っていて華やかではないが空気が綺麗で体が弱くても、過ごしやすい気候だと説得してきた。
何もしなくていいと言われ、そんなことは人生で言われたことがなかったと気付く。父の執務を自ら手伝うようになり、当たり前になると父はこちらへ寄越せる限り押し付けてきた。
とんでもないことだが、すでにやりたくないできないと拒否するほど強くなくて言われるがままにするしかなかった。義務だ、それは。
「お受けしたいです」
自分の気持ち的には彼についていきたい。年上に嫁がせるからとこちらに申し訳なさそうにしている口元が、可愛い男の人。好きになってしまっていた。
男性の身元がちゃんとしていることもあり、すんなり婚約は進む。しかし、ここで納得いかないのは袖にしているのに未だ人の自室に見舞いと称して押しかけてくる不届きもの。
「なぜ、婚約なんてしたんだ?」
婚約者にやるべきことを押し付けているくせに、この態度。ここへくる暇があるのなら婚約者が別人であることを観察しに行ったらいいのに。しらっと白けた顔を浮かべた。
「私も向こうもお互い婚姻の意思があるからです。当たり前ではありませんか」
「僕がいるだろ?」
「あなたはお姉さまの婚約者です。そう言う言い方は誤解を受けるのでやめてください」
「な、受け入れてくれていたじゃないか」
「受けいれていたのは姉の婚約者の方だから、私の義理の兄になるから仲良くしておこう、と思うのはおかしくないでしょう?」
妹は男として受け入れていたみたいだが、この男が欲しいのは病に伏せた妹。健康になりつつある女だと知ったら逃げるかもしれない。
「はぁ。誰か、彼をここから出して」
「は、離してくれ。自分で帰れるっ」
使用人たちに腕を掴まれると慌てて廊下へ走り去る。次は婚約者のところに向かうにしても、冷たくした後ではろくな対応をしないと思うけど。親たちに姉の婚約者が怖いから、愛しい彼のところへ逃げ込みたいと強請ってみよう。彼へも伝えて牽制してもらわないと。
親もそろそろこちらへ構えなくなっている。執務や事務が降り注いでいるからだ。父の「どうなっている?こんなもの覚えているわけがないだろっ」と言った泣き言が聞こえてくる。
仕事をさせたくても、長女に経験がないからやれるわけもなく今までやってこなかったから、資料などは頭に入っていないわけだ。
子供に押し付ける時より時間がかかる上に、婚約者とも言い合っている姿が目撃される次期当主の姉たち。放置していた分、揺れ戻しが起きているのだ。
「わ、私のこと愛してるんじゃないの?あれだけ好きだって言ったのにっ」
「お前のことなんて愛していない!気持ち悪いことを言うなっ」
妹に愛想を振り撒かず、姉の婚約者として切実に言葉を最初から聞いていれば、仕事を分担していれば今現在になったところでここまで酷くなっていないだろう。今から狼狽えても実務経験の乏しい身では、今後も喧嘩が絶えないと思う。
こっちはこっちでカフェ巡りをして出会った婚約者との婚姻も、先に済ませようとさらに話が進んでいる。この魔窟のような家に縛り付けられる前に他家へ嫁いでおかないと、無理矢理足を引っ張られてしまう。
またすぐにデートの予定を組んでいるので、なにもできないと思われている病弱な次女は家がどれほど混沌としていても、ただジッと待つだけで自分の時間を好きに使っても怒られないし許される。
彼からの優しい直筆のメッセージカードを眺めながら、婚姻できる日が待ち遠しくて指に嵌っている婚約指輪を撫でた。
最後まで読んでくださり感謝です⭐︎の評価をしていただければ幸いです。妹は姉のことなんて一切興味なんてなかったから結果がわかりませんでした。搾取放置健康体VS過干渉溺愛病弱体




