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幕間


 「…何やってるのよ私は。」


 一真の部屋の隣、客間として私に与えられたその部屋は、全体的に整理して規則正しくしたつもりだけど。

 何となくごちゃごちゃと散乱したように見える微妙な様相なのはやはり物を運び込みすぎたせいだ。


 世界中の神話や伝承などをまとめた様々な本、世界の表側には存在しない言語で書かれた分厚い書物、杖やとんがり帽子、様々な陣を描いたスケッチブック、魔道具の数々。


 だが、そんな部屋なんかよりよっぽど自分の精神の方が乱れているのは自覚できている。


 ――君を、信じてみたいんだ


 そんなことを迷いなく口にしたあの男の顔が今も瞼の裏に焼き付いて離れない。


 あの時、一真に何も告げることなくドッペルゲンガーを真っ二つにしたのは最後の線引きのつもりだった。

 あれで恐れられて、疑惑を持たれて、不信感を抱かせて、完全に義務的な関係に移行できればよかった。


 そうすれば、わずか数日で絆され始めた自分の心をまた完全に閉ざせたはずだ。

 これまで通り、だれにも頼らず一人で生きていけるはずだった。


 なのに、あいつは、信じると臆面もなく言ってのけた。

 そんな言葉一つに、心を直にぶん殴られたみたいにグラグラにされた自分のチョロさ加減もまた腹が立つ。


 と言うか、なぜこうなったの?


 初めはただの監視だった、魔法による認識挿入が通用しない、直接の暗示も効果がない。

 なぜか魔法が通じない謎の存在、裏側に深く関わる存在であると思った。

 だからいざという時は処理するつもりで四六時中張っていた。


 表側の人格を被って生徒会長という立場ゆえにかまわざるを得ないことを利用して、日頃の言動からその人となりを探ったりもした。


 それで得た結論は、能 一真は善人ということだけだった。


 自分のように装っているわけではないことはすぐにわかったし、仮にあれが擬態なら世界を欺ける魔法以上の何かだ。

 だけど違うと思う、あれは自然体で善を成し人を救うために自分を犠牲にできる馬鹿。


 そしてあの夜、何の躊躇もなく路地裏へと飛び込んだあの馬鹿げた行動を見て、思わず助けに入ってしまったのが最初の間違い。


 本当なら魔法使いの自分を見せるべきじゃなかったのに、記憶を消せないことはわかっていたのに。

 知られたら最悪、殺すしかないとわかっていて近づいてしまった。

 消せないならずっと近くで監視していればいいと理由をつけてこうして家に転がり込んで誤魔化した。

 自分の衝動から目を逸らし続けて、今、どうしようもない感情の泥沼にはまり始めている。


 と言うか、まさか、あんなにあっさり家に上げるなんて思わないじゃない。

 もっと混乱しなさいよ、警戒しなさいよ、恐れなさいよ。

 何がありがとうよ、命の恩人よ、そもそも私がけしかけたとか疑わなかったわけ?


 おまけに、それで得た情報と言えば一真は裏側に認識を開いたばかりのただの無知であることと、異能者を拳で気絶させたというファンタジーな自認と証言だけ。


 裏側でファンタジーってどういうことよ。


 あの馬鹿、呑気、お人よし、唐変木、ノンデリカシー。


 羽毛枕に拳を叩き込む、ああ本当に人の感情をささくれ立たせるのが得意な奴。

 そう、決してなんか和んでいるわけではないはず。


 ただ、今まで会ったことのない人種だったから。

 魔法使いの私を知っても態度が変わらない変な奴だから、表側の作った私より魔法使いの私の方が人間らしいとか言う奴だから。

 そんな奴が早死にしたら、なんか、後味が悪いから。


 そうよ、後味が悪いのよ。それにどうせ仕事が終われば、はいさよならの関係よ。

 表側の住人との関係を断つときはそれまでの記憶から痕跡まで全て消すのが決まりだけれど、それができないなら死あるのみなのだけれど。

 あいつはまあいいわ、多分、勝手に話したりしないはず。

 話せば人を巻き込むって理解しているから、あのお人よしにはできないでしょう。


 だから、その時が来るまで、ちょっとだけ、仲良くなるぐらいならいいと思う。

 思い出を持っていてもらうぐらいは許されてもいいと思いたい。


 「……お弁当、作ってあげようかしら。そう、仕事を手伝ってもらうお礼。献身には対価を払うのが礼儀というものよ。どうせ自分の分も作るのだから、そのついでで借りを作らずに済むと考えれば最高じゃない。」


 ああでも、明日は学校、休みだったっけ。それがちょっと残念だと思う気持ちには見ないふりをしよう。

 なら明日、裏側のこととか魔法のことについて教えてあげようかしらね。


 目を閉じて休息のために意識を断つ。

 その微睡みは、いつもよりほんの少し温かいような気がした。



 孤独な魔法使いは知らない。  

 己の寝顔が、かつてないほど無防備で安らかなものであったことを。

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