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⑨-2

 「おいおいおい、マジでいいのかよ?」


 耳元に顔を近づけて小声で囁いてくる翔の頭を押し返す。


 「いいのかって、パーティしたいって言ったのは翔じゃないか」


 「いやそうだけどさあ、まさか本気で一緒にやろうとか言いだすなんて思わなくてよ」


 翌日の昼休み、屋上にてひそひそやっている翔と一真。

 少し離れたベンチでフェリシアがお弁当を広げながらお淑やかに首をかしげてこちらを見ていた。


 翔の望み通り早々に三人でパーティの計画も練ろうと集まったわけだが何が気に入らないのだろう。


 「いやまあ、うん、お前とフェリシアさんがいいならいいけどよ。何だかなあ」


 煮え切らない態度でぶつぶつ呟く翔。

 このままだと埒が明かないので無理やりベンチの方へ引っ張っていった。


 「あのう、フェリシアさん。本当にいいんですかね?この天然野郎の言うことは真に受けなくてもいいんですよ?」


 顔を合わせるなり失礼なことをのたまう翔。


 「いいえ、大丈夫。能さんが唐変木なのはきちんとわかってますから。クリスマス、山下さんも一緒に楽しみましょうね」


 一体、自分が何をしたというのか。

 自問自答している間に二人の話は加速していく。


 クリスマスのことなんかそっちのけで自分の暗黒時代の話で盛り上がっている。


 「中一の時のことなんですけどね。こいつ、女の子からのラブレターをその場で破り捨てたんですよ。その気もないのに相手の心の内を知るのは不誠実だ、僕にその資格はないとか言って。で、送り主は影でこっそり一真の反応を窺ってて大号泣。自分で破り捨てたくせに一真はおろおろするだけ。後で俺や舞がどれだけ苦労したことか」


 「まあ、それはそれは何てひどい。女の敵ですね――馬に吹き飛ばされて星になればいいのに」


 最後にぼそりと呟かれたそれはさすがにひどすぎではないだろうか。


 「本当ですよねえ……あれ?今何か言いましたか?」


 「いいえ?気のせいじゃないでしょうか。あまりにも興味深いお話で少し興奮してしまったのかもしれません。無意識に何か言葉が出たのかも、はしたないことを。でも、そういう時はさりげなく流すものですよ」


 「あ、はい。いやあ、フェリシアさんって意外とお茶目なところもあるんですね」


 笑いあう二人、このままだと黒歴史がどんどん暴露されてしまう。


 「ねえ、昼休みが終わる前に当初の予定を思い出さない?」


 こちらの精神衛生上もその方がありがたいのだが。


 「あん?いやまあ、別にいいだろ。どうせ、お菓子とかスーパーのそれっぽい総菜とか持ち寄って無駄にテンション上げるだけだし。話すこともないって」


 「料理なら私が作りますよ。お代は能さんの面白いお話でいいですから」


 「マジですか!フェリシアさんの手料理が食えるならもういくらでも話しますよ」


 そんな簡単に親友を売る気か翔。

 というかフェリシアも悪ノリし過ぎだと思う、その被っている鉄みたいなお嬢様面を剝いでやろうか。


 いやまあ、確実に返り討ちにあうのだろうけれど。


 「それでですね、今でこそある程度は大人しくなったんですけど昔は相当やんちゃでしてね。ちょっとでもそれはおかしいと思うことがあると上級生とかに突っかかっていくんですよ。見てるこっちはハラハラものなんですけど、雨の日に校庭に転がされて全身泥まみれになった時は悪いけど面白いが先にきたもんです。泥水が沁み込んでズボンがずり下がってパンツ一丁」


 「はあ、昔から無茶ばかりするおばかさんだったのですね。少しは懲りるということを覚えてもらえると嬉しいのですけど」


 「お?フェリシアさんも一真の無茶に振り回された経験あるんですか?大変ですねえ」


 どこまでも盛り上がっていく。

 もはや止めようがなくこれ見よがしにため息をついて弁当を口に運ぶことに集中しよう。

 

 これはこれでいいのかもしれない。

 パーティまでに仲良くなってくれればきっと、当日も楽しいだろうし。

 そのために、自分の恥ずかしい過去が役立つならもういくらでも掘り返してくれて構わない。


 半ばやけになって聞こえてくる昔話に百面相しながら昼休みが終わるまで耐え抜いた。


 しかして、放課後になっても受難立ち去らず。

 隣を歩くフェリシアは翔から聞いた話を思い出してるのか声を押し殺して笑っている。


 「あのねえ、子供の頃なんて少なからず皆、恥ずかしい思い出ぐらいあるでしょ。そんなに面白い?よくある話じゃない?」


 「いや、ごめんなさい。面白いとかじゃないの、いや面白いけれど。ただ、昔から変わらないんだなと思うとね」


 唐突に真面目な顔になって真っ直ぐにこちらを見つめてくる。


 「簡単なように見えて、かけがえのない大事なことよ。だから、それを大事にしてほしい」


 それは縋るような響きを帯びていて、なんと返したものか逡巡してしまう。


 「……僕としては、真っ当にかっこいい大人になりたいんだけどね。なんかいつまでも子供っぽいって言われてるみたいで」


 実際、変なところに執着する傾向があることは自覚している。


 表情を崩したフェリシアは柔らかく微笑んだ。


 「そういうことじゃないのだけど。でもまあ、それでいいのかもしれないわね。そのまま素直なあなたでいてちょうだい」


 そう言って駆け足で先に行ってしまう。

 相変わらず、大事なところを隠すような話し方。


 だけど、それもどうということはない。

 今ならいずれ話してくれるだろうと思えるから。


 フェリシアを追って足を速めた、のだがその足はすぐに止まる。

 同じように立ち止まっているフェリシアの隣に並んで呆然と目の前の光景を眺めた。


 家の前に見慣れない軽トラが止まっている。

 その荷台にはおそらく三メートルはあろうモミの木が存在感をこれでもかと主張していた。


 本当に人通りの少ない場所でよかったと思う、誰かいたら衆目を集めただろう。


 「おーい!二人とも!見ろこれ、立派なもんだろう!」


 この寒い季節に半袖のTシャツ、あれはニッカズボンだろうか、それに地下足袋。

 まごうことなき土木屋スタイルで腰に手を当て、手を振ってくる。


 二人揃ってため息をついてあんまり近づきたくはないけれど近づいた。


 「……游里さん、どうしたんですかそれ」


 「ふふふ、聞いて驚け。街はずれの材木屋の親父とな、意気投合して仕事を手伝って格安で譲ってもらったんだ。いやあしかし、意外と大変だったぞ、作業着は暑いし。楽しかったがな!」


 子供みたいに鼻に泥をつけて満面の笑み。

 こういう人を見ると本当に真っ当な大人になりたいと思う。

 好奇心旺盛なのは良いと思うが、ここまで破天荒にはなりたくない。


 「すみません、止めたんですけど聞かなくて」


 庭から出てきた朔さんが申し訳なさそうに頭を下げる。


 「いえ、まあ、いいんですけど。それで、これどうするんですか?」


 「そりゃもちろん、庭に飾るのさ。土台は朔が組み立ててくれたから、あとは固定するだけだ」


 「固定するだけって、どうやって?」


 「みんなで運んで頑張るに決まってるだろ」


 運ぶ、これを運ぶのか。

 一体、何キロぐらいあるのか、四人で運べるのだろうか。


 「はあ、もういいからどいてなさい」


 絶句したまま立ち尽くしていたフェリシアがモミの木に近づいてくる。


 「……近くには誰もいないわね」


 何かを探るように目を細めた後、おもむろに幹の下に手を滑りこませて――。

 

 なんと、そのままひょいと持ち上げてしまった。

 一瞬、無重力空間にでも放り出されたかと思ったほど軽々と。


 「うわまじかよ、どんな筋力してるんだ?いや筋力なのか?強化魔法なのか?筋肉モリモリマッチョマンの変態かお前は」


 「黙ってなさい考えなし。何よその不名誉かつ意味不明な肩書は。これ以上、怒らせるようならあなたご自慢のこいつでぶっ叩くわよ」


 片手でモミの木を回転させるフェリシア、葉っぱが飛び散るからやめてほしい。

 近所の方々に大顰蹙を買ってしまう。


 そのまま庭に運び込んだフェリシアは土台にモミの木を立てかけた。

 朔さんが器用にネジでそれを固定していく。


 我が家のそんなに広くもない庭に不釣り合いな巨大モミの木が陣取った。


 『うわー!すごい!立派だねえ!』


 雪のような妖精もどきも周囲を飛び回ってお喜びである。

 こうしてみると幻想的なクリスマスに、見えないやっぱり。


 何事も度と分が過ぎると雰囲気が生まれないものなのだろう。


 「よし、なら次は飾りつけだな。それは当日することにしよう」


 游里さん的には思った通りなのか満足げに頷いている。

 きっと飾り付けられた後の光景までしっかり想像しているに違いない。


 とは思うが、一つどうしようもないことがある。


 「一応言っておきますけどクリスマスの飾りなんて洒落たもの、家にはないですよ」


 昔はあったが、両親の死後に処分してしまった。

 まさか家で本格的なクリスマスパーティなんかをすることになるとは思わなかったのだ。

 

 「そうだな、買ってもいいが……それだと面白くない。こうしよう、各々がこれだと思う飾りを持ち寄るんだ。作ってもいいし買ってもいい。当日まで何を用意したか内緒にして飾ろう。名付けて闇モミだ!」


 何て安直なネーミング、そしてこの時点で嫌な予感しかしない。


 「なんでそんな面倒なことしなくちゃいけないのよ。ただでさえ忙しいのに」


 「そりゃあ、クリスマスパーティだからだろ。お前も参加するって言ったんだから付き合え。それとも、約束を破る気か?うん?」


 小憎たらしい笑みを浮かべて煽りに煽る游里さん。

 まったく理由になってないが、フェリシア的には思うところがあったらしい。

 

 悔しそうに拳を握りしめる、オチが見えた。


 雷鳴のごとく飛び上がり放たれた拳は游里さんの脳天を直撃する。

 凄まじい音を轟かせて地面とキスする羽目になった。


 まあ、人の形を留めてるあたり相当に手加減したのだろう。

 あのモミの木を片手で振り回す膂力で本気で殴られたらひとたまりもあるまいし。


 鼻を鳴らして家の中に入っていくフェリシア。


 「ほんとにこの人はどうしようもないっすね。すみません、游里さんは形代の屋敷に運んで面倒見とくんで。家の前の掃除もしときます。それと、本気で迷惑だったら撤去しますけど、どうします?」


 「いやあ、游里さんなりに盛り上げようとしてくれたんでしょうし。そう何度もする機会ないでしょうから、せっかくなので僕も楽しみたいと思います」


 こんなこと游里さんがいなければ、他の皆がいなければできなかったろう。

 どんな理由であれ、こうして頑張ってくれたことはなんだか嬉しいのだ。


 朔さんは一礼すると手慣れてるのか游里さんを荷物みたいに肩に担いで軽トラに押し込む。

 それから荷台に置いてあった箒を手に取って家の前を掃き始めた。

 

 もう一本あったから同じように掃くことにする。

 きっとこんなことだって、後で振り返ればいい思い出になるだろう。

 


 十二月二十二日、終業式は滞りなく終わった。


 生徒会の役員たちと最後に軽くミーティングをして、細かい雑事を終わらせて夕方の街を一真は歩く。

 途中、ホームセンターで色紙や段ボール、細々とした工作道具などを買い込んだ。


 飾りつけ、買ってもよかったがせっかくだからとこうして手作りしてみようと思ったのだ。

 自室に籠って紙を折ってハサミを入れて広げると見事な雪の結晶。

 

 懐かしい気分になる、小さい頃は両親とこうして作ったものだ。

 父もこの時期はなるべく帰ってきてくれるから嬉しかったのを何となく思い出す。


 体は覚えているもので今でも迷いなく手が進む、雪だるまの手つなぎ切り紙など作ってみた。


 「うん、我ながらいいできだ」


 『本当にねー、一真って意外と手先が器用だったんだ』


 手元をじっと見つめながらのほほんと呟く回。


 「そうか、君が出てきたのって二年前ぐらいからだもんね、見せたことないか」


 両親が死んでから工作なんてやろうとすら思えなかったけれど。

 昔はわりといろいろ作ったりしていたのだ、その頃の名残。


 そう思って、もう二年も経つのかと思い直す。


 正体を知ったというより正体がわからなくなったのはほんの数か月前。

 だけど、両親が死んでからずっと傍にいてくれたのはこの回なのだ。


 そう思うと何か恩返しでもしてあげたい気持ちになる。

 とは言え、触れることすらできないこの少女に何をしてあげられるだろう。


 そう思ってふと、手元に目をやれば折り紙とハサミがある。

 大きめの紙を取り出して扇形にじゃばら折りにしてハサミを入れた。


 五体の手つなぎ人形に軽くペンを入れていく。

 朔さん、游里さん、綾理ちゃん、フェリシア、そして中心に回。


 「ほらどう、回。君の飾りを作ってみたんだ。クリスマス、君も一緒だからね」


 回は呆然とした顔でこちらを見つめてくる。

 なんだろう、さすがに折り紙の飾りなんて安っぽすぎただろうか。


 それは見当違いだったようで、回は花が開くように顔をほころばせると部屋中を飛び回る。


 「うん!一緒!私も一緒!あはははは!」


 そこまで喜ばれると逆に恐縮してしまう、やっぱりもう少し凝ったものがいいだろうか。

 突然、急停止した回は飾りを指さして大きく手を振り始めた。


 「だけど、一真がいない。なんで?」


 「なんでって、自分で自分を入れるのって、なんか気恥ずかしくない?」


 「いや!私、一真と一緒がいい!もう一個作って、六人のやつ!あと一真と二人きりのも!」


 周りを飛び回って耳元で遠慮なく叫び続ける回に根負けして渋々、二つの手つなぎ人形を作った。


 絵を描いている時も細かいところまで指摘してくるものだから一時的に自分の画力を超越した気がする。

 気が付けば、目の前には自分そっくりの人形と回そっくりの人形が手を繋いでいる飾りが。


 回はそれに目を輝かせながら、そっと手を這わせている。

 触れられなくとも確かにある何かを掴むように。


 「じゃあ、これはそこの本棚に置いてね!」


 「ツリーには飾らないの?」


 「飾らない、これは私と一真だけのもの。ツリーに飾るのはそっちの二つだけでいいでしょ?」


 まあ、そうだなと思う。

 クリスマスは皆の催しなのだからこれはそぐわないだろう。


 段ボールに軽く貼り付けて本棚の一番上に置いておく。

 回はそれを満足げに眺めていた。


 「一真、本当にありがとうね。私、嬉しい。あなたがこうして私を気にかけてくれることが、何よりも嬉しいの。本当だよ?」


 もう何度目になるか、ストレートな思いをのせた言葉。

 今はもう、それを疑うことはない。


 回が何者であろうとも、共にあってくれた存在なのだから。


 「こっちこそ、ありがとう。何だかんだ、君の騒がしさには助けられてると思うよ」


 少し照れくさくてそんなひねくれたことしか言えない。

 そう考えると回は自分よりよっぽど大人なのだなと思う。


 きちんと隠さず自分を伝えられるというのはきっと難しいことだ。


 「……本当にありがとう」


 小さく呟くように、回は本棚の前の宙空で足をばたつかせるのに忙しく聞き取れなかったようだ。

 今はそれでいい、だけどいつか、回の正体を知る時が来たならはっきり告げよう。


 そんなことを思いながら、クリスマスの飾りつけを作る作業に没頭する。

 

 とりあえず、手つなぎ人形に翔を入れたものをもう一つ作っておこう。

 決して忘れたわけではない、影幻界と翔を無意識的に切り離していただけだ。


 誰にともなく言い訳をしながら手を動かすことに集中した。



 翌日、綾理ちゃんと共に恩寵の園への道を一真は歩く。

 勇気君や透君に改めて会っておきたい、ついでに少しでもイベントごとの明るい空気を提供したい。

 

 そんな相談をしてみたら二つ返事で案内役を買って出てくれた。


 明日、二十四日はいつもの児童養護施設の方でボランティアする予定。

 だから今日が最適だろうとシュークリームの詰まった大きな箱を抱えながらこうしてやってきたのである。

 

 もう少し時間があればどちらも小さい施設だから共同でクリスマス会など計画できたかもしれない。

 来年は提案してみようかなどと考えながら隣を歩く綾理ちゃんに視線を落とす。

 

 電車に乗った時からそうだがやけに険しい顔をしていた。


 「綾理ちゃん、何か問題でもある?もしかして、無理言っちゃったかな?」

 

 恩寵の園は影幻界絡みの子供を保護する施設として運用すると聞いた。

 当然、守秘義務など普通の施設より厳しいだろうし迷惑だったかもしれない。


 「うむ?いや、それは大丈夫じゃ。問題なのは明後日のことよ、くりすますの飾りが思いつかん。軽く調べてみたが、いまいち要領を得ん。西洋の救世主の生誕祭らしいが、具体的にいかにする?もう少し時間があればもっと情報を得られるのじゃが」


 思わず吹き出してしまう、真面目過ぎる。


 「そんなに難しく考えなくていいんだよ。日本のクリスマスは、何というかただのお祭り騒ぎだから。それに、闇モミって言ってたし、綾理ちゃんが思うお祝い事の飾りをただ持ってくればいいんじゃないかなあ」


 和風の飾りなんかを持ってきそうだけれど、それはそれで面白いかもしれない。

 闇鍋の醍醐味も思いもよらない食材の意外な美味しさだったりするわけだし。


 もちろん、悲惨なことになる可能性も無きにしも非ずだが、それはそれでいいのではないかと思う。

 綾理ちゃんは「そんなものかのう」と呟きながら少し顔を和らげた。


 その後も、他愛ない話をしながらゆっくり歩いていたら恩寵の園はすでに目の前だった。

 正門を抜けて施設の方へ向かえば、花壇の世話をしていた職員が笑顔で迎えてくれる。


 あの時、ひどく取り乱していた女性職員。

 菅野と名乗った職員さんは深々と頭を下げた。


 「いらっしゃい、能 一真さんですよね?あの時は本当にお世話になりました」


 そう言われても、ボコボコにされて伸びていた記憶が強烈で他はあんまり印象にない。


 「いやそんな、頭をあげてください。僕はほとんど何もしてませんし。全部、游里さんと綾理ちゃんのおかげですよ」


 そう、戦ったのは游里さんで後始末を引き受けてくれたのは綾理ちゃん。

 お礼を言われるとしたら游里さんで、本当は連れて来たかったのだけど面倒だと断られてしまったのだ。


 「うむ、それぐらいにして、案内してもらえるかの?」


 互いに頭を下げ合う様を見かねてか、綾理ちゃんが声をかけてくれる。

 菅野さんは慌てたように佇まいを正すと中へと案内してくれた。


 あの日、そこら中に飛び散っていた血痕は跡形もなく。

 施設は清潔で明るい色を取り戻していた。

 取り戻してはいたのだが、綾理ちゃんと別れて遊戯スペースに通され思わず固まってしまう。

 

 何というか、凄まじくガタイのいいお兄さんたちが鎮座していた。

 シャツは今にもボタンが弾け飛びそうで、ズボンの上からでも隆起する大腿筋が存在感を主張し過ぎている。

 

 あんなの、たまにテレビで見る海外の映画とかでしか見たことない。

 

 極彩色のエプロンをつけて不自然なほど笑顔で遊具などを弄っているお兄さんたち。

 前の時とは別の意味で違和感がすごい、こんなところで子供の面倒を見るような人達じゃないだろう。


 とは言え必死なのはわかるから嫌な感じはしない、きっと護衛も兼ねた職員さんなのだろうたぶん。

 子供たちも前の時の不自然までの笑顔は少し鳴りを潜めどこか困惑した様子をみせて固まっている。


 自然だ、自然に不自然で安心する。


 「あっ!」


 お兄さんの一人の影に隠れていた少年が一人、こちらを見つけて駆けてくる。

 その顔はフードの中で見た暗い瞳をしていたあの子。


 今はどこか吹っ切れたように見えた。


 「やあ、はじめましての方がいいかな。能 一真です。無事でよかった」


 「はい!えっと、勇気です。あの時は本当にありがとうございました!」


 菅野さんに引き続きまた頭を下げられて恐縮しきりである。

 だけど、こうして普通に話ができるようになってよかった。

 同時に頭をあげて、顔を見合わせて笑い合えることが嬉しい。


 部屋を移して改めて向かい合う。


 「それで、今はどう?何か、生活に不便とかないかな?」


 緊張からか固くなっている勇気君に話を振ってみた。


 「大丈夫です、皆さんよくしてくれますから。だけど、やっぱりすぐには普通には戻れませんね。施設の他の子たちはこれまでのことがあって戸惑いの方が強いように思います。透も、相変わらずです」


 「そっか……」


 それも当然だろう、その片鱗を知っただけでもこの施設の異常性は痛いほどわかる。

 実際に身を置いていた子供たちがそう簡単に普通の日常に戻れるとは思えない。


 「でも、施設に来てそんなに経ってない子はたまに感情を表に出すことを覚えましたし。透もこの前、自分から食事をしてくれたんですよ。きっと、時間があればもっと良くなってくれると思います!」


 こちらの暗い雰囲気を察したのか、明るく良い出来事を話してくれる。

 この子自身も辛い経験をしてきたはずなのに、こちらが気を使われるなんて情けない。


 「そうだね、きっと。それに、勇気君も何かあれば周りに頼っていいんだからね?あんまり気を張り過ぎないで、君だってまだ子供なんだから」


 くしゃりと、勇気君は顔を歪めた。


 「はい、でも、俺は悪い奴だから。いっぱい人を殺してきた、どんな理由があってもそれは変わりません。本当は、こんなところでこうやって普通に生活することすら場違いなのかもしれない。俺に、誰かから助けられる資格なんてない」


 その言葉に即座に何かを返してやることができない。

 だけど、勇気君は一人で全てを振り切って笑った。


 「でも、俺は救われました、一真さんに。だから大丈夫、もう道を間違えたりしません。透と一緒にできることをして生きていきます。それが俺の罪ほろぼしで、したいことですから」


 正直、救ったというのに心当たりはないのだ。

 無様に気絶して、走って、游里さんの腕の中でまた気絶した記憶しかない。


 一応、游里さんから話は聞いたが実感はない。

 だけど、それを言うのは野暮なような気がした。


 例え無意識でも勇気君の救いになれたのなら、力になれたのなら。

 最後までそうあろう、彼がきちんと前を向いて歩いていけるように。


 「うん、頑張って。ずっと応援してる、いつまでもずっと」


 その手を取って握手する、約束の証。

 勇気君もきちんと握り返してくれた。


 それから、子供たちとシュークリームを食べて施設を後にする。

 こちらが見えなくなるまで手を振ってくれた勇気君に最後、大きく振り返す。


 「綾理ちゃん、本当にありがとうね。子供たちの居場所を作ってくれて」


 皆が普通にいられる道を用意してくれて。


 「気にするでない。儂は場所を用意しただけじゃ、道を示したのはお主じゃと思うぞ。それが、一番大事なことじゃろう」


 その言葉に報われた気がした。



 翌日、いつもの児童養護施設へのボランティアに行く準備をする。

 朝のルーティンを終えて制服に着替え、ちょっとした寄贈品をバックに詰めて玄関へ。


 「こっちは準備できてるわよ、行きましょうか」


 制服姿のフェリシアがすでに待っていた。


 「うん、でも本当にいいの?手伝ってもらって。忙しくない?」


 冬休み前、話題が何をするのかになった時にボランティアの話をこぼしたらフェリシアが手伝うと言い出したのだ。

 ここしばらく、忙しなく街中を飛び回っているのは知ってるからあまり無理させたくはない。


 「大丈夫よ、たまにはこういう息抜きも必要だわ」


 ボランティアが息抜きというのもどうかと思うが、まあこれ以上は聞くまい。

 並んで駅までの道をのんびり歩く。


 最近は家に出入りする人も増えてこうしてフェリシアと二人きりで歩くことも少なくなった。

 仲良くなれたからといってなおざりにしていてはいけない、これも良い機会だろう。


 『がるるるるる!まーた二人きり!一真、気を付けて!近づきすぎると魂が腐るよ!』


 訂正、威嚇してる回も含めて三人。

 荒ぶる白い番犬は今日も元気である。


 「それで、今回のボランティアってどういうものなの?」


 声をかけられて意識をフェリシアに戻す。


 「うん、ちょっとしたクリスマス会の進行の手伝いとか、後は有志の出し物とか。ボランティアも僕らだけじゃなくて、近隣の高校とか大学からも集まって十人ぐらいにはなるかなあ。とは言え、一日中いてくれる人はあんまりいないから、最終的には四五人ぐらいになるけど」


 そんなに固い会でもなく、特に予定とかも組まれているわけではない。

 昼食会とか事前に決まっている大掛かりな出し物とかをこなしたら後は自由時間。

 子供たちと遊びながら交流を深める程度のものだった。


 「そう、なら私にもできることはありそうね。子供の相手とかあまり得意ではないけれど、裏方仕事とかはできそう」


 「フェリシアならすぐ仲良くなれると思うよ。少し荒っぽい子もいるけど、基本的には皆いい子だし。全部で十八人の小規模な施設だから」


 フェリシアはかなりエネルギッシュだから子供たちを物理的に受け止められるだろうし。


 「あ、ところで明日の家でのクリスマスパーティーの飾りはもうできたの?」


 「ええ、できてるわよ。まったく游里のバカ、いきなり言い出すものだから材料の調達に意外と苦戦したわ。なかなかないのね、日本だと」


 材料集めに苦戦する飾り、一体どんなものを作ったんだろうか。

 明日が楽しみでもあり少し怖くもなってくる。


 そんな他愛ない会話をぽつぽつ交わしながら電車に乗って十分足らず。

 いつもの児童養護施設へ到着した。


 映自君のことは未だに忘れられない記憶として胸にある。

 いったいどういう扱いになったのか、聞きたいという気持ちもあった。

 

 だけど、それはできない。

 

 少なくとも今日はクリスマスという楽しい日なのだ。

 職員さんも、子供たちにも、いい思い出になってほしい。

 

 聞いてもどうにもならないことを自分は知っている。

 だから、今は気持ちを切り替えてただ楽しくあるべきなのだ。


 気持ちを落ち着けて、ただのボランティアとして足を踏み入れる。


 園庭では大学生のボランティアが数人、子供たちの相手をしていた。

 見知った顔もありこちらを見つけると笑って手を振ってくれる。


 軽く会釈を返してからフェリシアと共に施設の中へ。

 藤村さんを見つけて声をかけた。


 「藤村さん、今日はよろしくお願いします。あと、こっちが事前に伝えておいたフェリシアです」


 「やあ、これはこれは綺麗な子が来たな。はじめまして、藤村です。今日はよろしくお願いするよ」


 「まあ、お上手ですこと。フェリシア・アールグレンと申します。突然、押しかけて申し訳ないですわ。なるべく迷惑はかけないようにしますので、ご指導ください」


 お嬢様の仮面を被って優雅に微笑みながら挨拶するフェリシア。

 藤村さんが一瞬、硬直したように動きを止めた。


 まあ、気持ちはわかる、というか周囲からの視線がすごい。

 他校の生徒や大学生も突然、現れたお嬢様に釘付けだ。


 最近は学校の皆も慣れて自然と溶け込んでいるがはじめての場所だとやはり少し浮くのだなと再確認する。

 いっそのこと、最初から本性出していけば印象も変わると思うがそれはできないのだろう。


 フェリシアは意外とシャイなのだ、人に素顔を見せるのは恥ずかしいと考えるタイプだと思う。


 とは言え、やはり人に混じる、あるいは誘導するのは慣れたもののようで。

 すでに周りを巻きこんで自分の役目を見つけて笑顔で働いている。


 負けていられないなと、自分の仕事を見つけてそっちに集中することにした。

 遊戯室という小さめの体育館のような部屋がありそこに集まる。 


 壁に無造作に貼られたクリスマスっぽい飾りや絵なんかが手作り感満載。

 暖炉の代わりに石油ストーブが音を立てながら室内を温めようと必死である。


 そしてそこからは、わりと嵐のような忙しさ。


 午前中は大学生グループや別の高校の演劇部の劇や出し物の舞台準備や片付けに走り回り。

 昼食時には子供たちをなだめすかし大人しく食事を取るように必死になる。


 出し物を終えて帰る人も多く時間が経つごとにやることは増えていく。

 去年も経験した、慣れたからこそできることも見えてしまいてんてこ舞い。


 一息付けたのは正午を一時間ほど回った後のことだった。

 はじっこの方でパンを齧りながら全体をぼんやり眺める。


 予想通り、フェリシアはすでにワイワイ騒ぐ子供たちに囲まれてふんわり笑っていた。

 時折やんちゃな子供がいたずらしようとするのもやわらかに、されど素早く制す。


 『なあにお嬢様ぶってるんだか。モミの木を片手で振り回すゴリラのくせに』


 回の容赦ないツッコミが入る、フェリシアと言えばパワーの図式はすでに変えがたい印象として定着してしまったのか。

 とは言え、それだけ近しい相手には素をみせられるようになったということで個人的には良いと思うが。


 パンを口に押し込んで立ち上がる、子供たちの相手をフェリシアばかりに任せるわけにもいかない。

 今残ってる他のボランティアも職員さんもほとんど休憩に行ったりしてしまったことだし。


 「フェリシア、変わろうか?君も休憩した方がいいよ」


 子供たちの輪に入りながら声をかける。


 「お気遣いありがとう、だけど大丈夫です。お昼もすでにいただきましたから」


 いつの間に、時間や労働効率の良さは圧倒的な戦力差であった。


 「そうだよ一真兄ちゃん、邪魔すんなよ。これからお話聞かせてくれるって言うんだからさ」


 ついでに子供たちの心も数時間で掴んでしまったらしい。

 ホロリと涙が出そうになるのは気のせいだ。


 フェリシアを囲む七人の子供たちに混ざって大人しく座っていることにする。


 「なら、お話をはじめましょう。これは私の故郷の絵本のお話よ」


 昔々から始まる童話。


 とあるところに一人の魔法使いがいました。

 いつもとんがり帽子にローブを羽織っていたために街中の嫌われ者。


 時には心無いことを言われ、石を投げられ、決して人の輪の中には入れません。


 それでも、その魔法使いは人を愛していました。

 一生懸命生きる小さな命の灯を尊いものだと感じていたのです。


 だから、その魔法使いは一生懸命に幸せを運んでいきました。

 こっそりと、誰の目にもつかないように、小さな奇跡を起こしていたのです。


 やがて、そのことに気づく者達が現れ始めました。

 最初は魔女だと叩こうとする人もいました。


 けれど一生懸命な魔法使いに感謝する人たちも大勢いたのです。

 いつしか魔法使いの周りには大勢の人たちが輪を作るようになりました。


 「幸せを運ぶ魔法使いは、いつしか自分が幸せをもらっていたのでした」


 目を閉じて語っていたフェリシアはゆっくり顔を上げた。

 子供たち一人一人と視線を合わせて微笑む。


 「誰かに運ぶ幸せは、いつか自分をも幸せにしてくれるのだと私は思う。だから、あなた達もそういう大人になってほしい。今に辛いことがあっても、きっと見てくれる人は現れる」


 手を合わせてパッと開いた。

 雪の結晶、小さな星、虹色の橋、トナカイやサンタが飛び出してくる。


 映像をみせるだけの魔幻術、一時の幻。


 「お姉さんからのクリスマスプレゼントの手品よ。面白かったかしら?」


 ワッと、子供たちが立ち上がってフェリシアに群がっていく。

 皆に囲まれたフェリシアが本当に幸せそうで、息抜きというのもあながち間違いではなかったと思う。


 これが、フェリシアの求めていたものだったのだろう。


 魔法使いのお姉さんに子供の相手は全て任せることにして。

 職員さんを手伝って片づけをはじめることにした。


 今日は祝うにはいい日だった。

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