「物語の主人公」
「アレン、こっちこっち!」
子どもたちが笑いながら、彼の手を引く。
その手に引かれながら、アレンは広場の真ん中に立ち、柔らかな笑顔を向けていた。
「おいおい、皆で一度に喋るなって。順番な」
言葉に棘がない。声が届くと、空気が変わる。
周囲の大人たちも、ただそれを眺めて微笑んでいた。
(すごいな……)
つい、そう漏らした。
まるで物語の勇者そのものだ――と、誰もが思うだろう。
事実、俺のすぐそばでリナも微笑んでいた。
「……こうしてると、帰ってきたんだなって思う」
「アレンさん?」
「うん。やっぱり、村にはアレンがいないと」
その一言に、心がちくりと痛んだ。
だが俺は、痛みをごまかすように微笑む。
▸「アレンさん、ほんとすごいですね」【印象+1(リナ)】
▸「……リナは、嬉しいの?」【親密+1/恋愛フラグ+1】
▸「……俺も頑張らないとな」【効果なし】
「アレンさん、ほんとすごいですね」
選んだ言葉は“好感度を保つ”ための無難なセリフ。
リナはこくんと頷いた。
「昔から変わらないんですよ。自分のことより、誰かのために動ける人。……太陽みたいな人です」
(また太陽か……)
誰もがそう言う。
誰もが彼を愛してる。
***
その後、村の年配の農夫が畑の手伝いに困っていると知ったアレンは、昼飯も抜きで手伝いに行った。
土にまみれたシャベルを軽々と振るいながら、
老人に「まだまだ現役っすね」と笑い、
帰り道には背負って家まで送っていた。
***
夕方、小川で転んで泣いていた子どもがいた。
誰も気づかない中、アレンがいち早く駆け寄る。
「よしよし、大丈夫! 血は出てないぞ。さぁ立てるか?」
泣き顔の子に、花で作った冠を渡しながらこう言った。
「“泣かない王様”ってさ、かっこいいんだぜ?」
子どもは涙を止め、頷いた。
それを見ていた村人の誰もが、口にした。
「ああ……やっぱり、アレンだなあ」
まるで“勇者の帰還”だった。
***
その夜、村の古い屋敷で火災騒ぎがあった。
住人は足が悪い老夫婦。
誰よりも早く駆けつけたのも、アレンだった。
「火、水、水! 急げ!」
彼の指示に村人たちは自然と従い、
最小限の被害で消火が済んだ。
老夫婦はアレンに抱きつき、泣いていた。
「……助かった、命の恩人だ……!」
「いや、皆でやったんです。俺ひとりじゃ無理だった」
どこまでも、謙虚だった。
***
その様子を、俺は少し離れた場所から見ていた。
スキル《トーカー》は今日一日、出番がなかった。
いや――使わなかった。
使えば、“それっぽい”言葉は言える。
誰にでも気に入られることだってできる。
でも。
(俺が選んだ言葉は、俺の言葉じゃない)
どこかで、そんな気がしていた。
アレンが話す言葉には、選択肢なんていらない。
彼は本当に“そう思って”、本当に“そう話して”いる。
それが分かるから、誰もが彼を信じる。
(俺には、そんなふうに……)
目の前に“選択肢”が浮かぶ。
⸻
◆【思考:選ぶべきセリフ:「やっぱり俺には向いてないよな」】
◆【効果:自己評価−1】
⸻
けれど、俺は口を開かなかった。
代わりに、心の中で呟いた。
(でも……俺には《トーカー》がある)
俺にしかないスキルだ。
アレンが太陽なら、俺は――
(その影の中で、俺にしかできないことがきっとある)
そう思い込もうとした。
そうしなければ、今日という日は眩しすぎた。