第7章
俺は、ビーチハウスの裏手、備品倉庫の壁に背中を預け、勝利を確信した笑みを浮かべていた。
ここからなら、波打ち際で戯れるヒロインたちの姿が、米粒のように小さく見える。
物理的に、接触は不可能だ。
昨日、俺を天国に導いた、あの官能的なイベント。
波音の豊満な胸に抱かれるという、至高のご褒美。
それを、俺は自らの意志で、回避したのだ。
このループからの脱出に向けた、記念すべき第一歩。
俺は、自分の知性と行動力に酔いしれていた。
――その、頭のてっぺてんに、衝撃が走るまでは。
「ぐふっ!?」
ゴツン! という鈍い音と共に、視界が激しく揺れる。
何が起きたか理解できない。
後頭部を殴られたような衝撃に、俺の身体は無様に前のめりによろけた。
「い、ってぇ……なんだ……?」
よろよろと数歩、足がもつれる。
そして、俺の足裏は、都合よく、そこに立てかけられていた一枚のスケートボードを、完璧なポジションで踏み抜いていた。
「え?」
次の瞬間、スケボーのウィールが、まるでF1マシンのエンジンのように甲高い音を立てて回転を始めた。
「ちょ、は、はああああああ!?」
俺の身体は、猛烈なGと共に前へと射出された。
砂浜の上を、スケートボードが火を噴くような勢いで滑走する。
バランスなど取れるはずもない。
だが、俺の足はまるでデッキに接着されたかのように、びくともしない。
「止まれ! 止まれってんだ!」
俺の絶叫は、風の音にかき消される。
景色が、ありえない速度で後ろへと吹っ飛んでいく。
日光浴をしていたモブ生徒のギリギリをすり抜け、子供が作った巨大な砂の城をジャンプ台のように飛び越え、パラソルの支柱を火花を散らしながらグラインドする。
(なんだこれ! 物理法則どうなってんだよ!? なんで砂の上をこんなスムーズに!?)
俺のツッコミは、もはや悲鳴にしか聞こえない。
だが、俺の脳は、この暴走スケボーが向かっている先を、正確に認識していた。
見覚えのある景色。見覚えのある波打ち際。
そして、見覚えのある、巨大な波。
(まさか、嘘だろ……!?)
俺の絶望を肯定するように、波に足を取られた波音が、スローモーションで宙を舞うのが見えた。
そして、俺を乗せたスケボーは、最後の最後に俺を主人のように振り落とし、その勢いをすべて利用して、俺の身体を空中へと放り出した。
「結局これかよおおおおおおおっ!」
俺の断末魔が、夏の空に木霊する。
放物線を描いて飛んでいく俺の身体は、寸分の狂いもなく、波に流された波音の柔らかそうな身体へと、吸い込まれるように突っ込んでいった。
「きゃあああっ!」
――ぐにゅんっ!
昨日よりもさらに暴力的で、抗いがたい官能の奔流。
顔面にめり込む、神の造形物。
俺の胸郭を押し潰し、包み込む、マシュマロの雪崩。
鼻腔を埋め尽くす、甘いシャンプーの香り。
昨日とまったく同じだ。
いや、むしろ昨日よりも密着度は増している。
俺の身体が、彼女の柔肌の全面を余すところなく堪能している。
俺の自由意志は、この世界の「シナリオを維持しようとする力」に、完膚なきまでに叩き潰された。
怒りと、屈辱と、そして、それに反して正直に歓喜してしまっている己の下半身への絶望。
様々な感情が渦巻く中、俺はただ、彼女の豊満な胸の中で、意識を失いかけるしかなかった。
これが、この世界のルール。
これが、俺が戦うべき「敵」のやり方なのだと、その身をもって、これ以上なく深く、理解させられた瞬間だった。