第6章
俺はベッドの上で胡坐をかき、まるで天才軍師のように腕を組んで、状況を整理していた。
パニックは、もうない。
恐怖も、ない。
あるのは、長年培ってきたオタクとしての知識が、未知の状況下で最高の武器になるという、奇妙な高揚感だけだ。
「よし……まとめよう」
俺は誰に言うでもなく呟き、指を一本ずつ折りながら、この世界の法則を声に出して確認していく。
「第一に、時間は毎朝8時にリセットされる。いわゆる『セーブポイント』への強制帰還だ」
「第二に、物理的な変化はすべて元に戻る。俺が昨日着ていた水着も、部屋の状態も、すべて初期化済み。ただし……」
「第三に、俺自身の『記憶』だけは、次の周回に引き継がれる」
持ち物はリセット。記憶だけが引き継がれる。
間違いない。これは、俺が幾多の物語で見届けてきた、『ループもの』の典型的なパターンだ。
「だとしたら、やるべきことは決まってる」
俺はベッドから立ち上がり、不敵な笑みを浮かべた。
昨日までの俺は、ただ物語を享受するだけの、幸せな『観測者』だった。
だが、今日からの俺は違う。
このループという名のクソゲーを攻略する、唯一無二の『プレイヤー』だ。
まずは、計画第一段階――『ループの完全再現性の検証』。
「航太くーん! おっはよー!」
「お、おう。波音も、おはよ」
昨日とまったく同じ会話。
波音の首が傾く角度、水色の髪が潮風に揺れる軌跡、すべてが完璧なリプレイだ。
ビーチハウス前でのヒロインたちとのやり取りも、寸分違わない。
あかりが俺の背中を叩くタイミング、エリカが俺を一瞥する視線の角度、ここのが微笑む口元の形まで、すべてがデジャヴだ。
(……すごいな。完璧なトレースだ。まるで、世界そのものがプログラムで動いているみたいだ)
不気味なほどの再現性に背筋がぞくっとしたが、同時に確信は深まった。
この世界は、決まりきったシナリオを繰り返している。
そして、計画は第二段階――『運命分岐の可能性の模索』へと移行する。
時計を見れば、午前10時50分。
そろそろだ。このループにおける、最初の、そして最も重要な『イベントフラグ』。
昨日、俺を天国へと誘った、波音とのラッキースケベ。
(あのイベントを回避できれば、この世界のシナリオに介入できる証明になる)
昨日までの俺なら、喜んでイベント発生地点へと向かっただろう。
あの神々しいまでの柔らかさを、もう一度味わうために。
だが、今の俺は違う。
あの官能的な記憶は、もはや攻略対象の「変数」の一つに過ぎない。
俺は、昨日波音が流されてきた波打ち際に背を向け、まったく逆方向――ビーチの端にある、岩場に向かって、確かな足取りで歩き始めた。
さらば、楽園の享受者だった俺。
こんにちは、謎を解き明かす探求者としての俺。
昨日とは違う行動。昨日とは違う選択。
この一歩が、この鉄壁のシナリオに、風穴を開ける最初の一撃になるはずだ。
俺は、自分の胸が興奮と緊張でドキドキと高鳴っているのを感じながら、運命に逆らうべく、歩みを進めた。