第4章
「 航太くん、こっちだよー!」
エメラルドグリーンの水面は、俺たちの楽園だった。
砕ける波は宝石のように煌めき、ヒロインたちの嬌声が夏の空に溶けていく。
俺は、この世の全ての幸福を独り占めしているような気分だった。
特に、波音だ。
太陽の光を浴びて輝く彼女は、まさに夏の女神そのもの。
水を弾くその白い肌は、まるで上質な陶器のようになめらかで、水に濡れた水色のセミロングがうなじに張り付く様は、言いようのないほど扇情的だった。
そして、何よりも――その身体。
波が打ち寄せるたび、彼女が身に着けた水色のビキニは、ぴたりと肌に密着し、その下の柔らかな曲線をあからさまにする。
特に、豊満すぎる双丘は、濡れた布地によってその存在感を増し、先端の小さな突起の輪郭すら、俺の邪な視線に訴えかけてくるかのようだ。
(やばい……。これは、R-15指定の絶景だ……)
俺がそんな煩悩に脳を焼かれている、まさにその時だった。
「お、おい、なんかでかい波、来てないか?」
俺のオタク・センサーが、物語の「お約束」を告げる警報を鳴らす。
水平線が不自然に盛り上がり、巨大な波壁となってこちらに迫ってくる。
間違いない。来るぞ!
(神よ、感謝します……! 王道イベント『波に流されてヒロインが密着』、謹んで拝受いたします!)
俺は腹を決め、聖体拝領に臨む敬虔な信徒のように、その運命の瞬間を待ち構えた。
ザァァァァァッ!
轟音。視界が白く染まるほどの水しぶき。
そして、計算し尽くされた完璧なタイミングで、波に攫われた波音が、悲鳴と共に俺の身体に叩きつけられた。
「きゃあああっ!」
――ぐにゅり。
俺の胸に、言葉では表現しきれない、究極の感触が伝わった。
衝撃は、ない。
ただ、ひたすらに柔らかく、暖かく、そして豊満な二つの肉塊が、俺の貧相な胸板を優しく受け止め、その形を変え、俺という存在そのものを包み込んでいく。
彼女のB89という神の造形物が、薄い水着の生地一枚を隔てて、俺の身体にその全てを預けていた。
押し付けられた双丘は、その体積を主張するようにむにゅりと広がり、俺の肋骨の隙間まで埋め尽くさんばかりの勢いだ。
俺の首に、パニックになった彼女の細い腕が必死に絡みつく。
耳元で、彼女の「はぁっ、はぁっ…」という甘い吐息が直接吹きかかり、脳が蕩けそうになる。
フローラル系のシャンプーの香りと、彼女自身の肌の匂い、そして潮の香りが混じり合った、むせ返るような官能的な芳香が、俺の思考を完全に麻痺させた。
(ああ……ダメだ……。これは、気持ち良すぎる……)
全身の血が沸騰し、下腹部の中心に熱が集まっていく。
これは、もはやラッキースケベなどという生易しいものではない。致死量の幸福だ。
「……ん……っ」
波が引き、俺の胸に顔を埋めていた波音が、ゆっくりと身じろぎする。
ゼロ距離で絡み合う視線。
潤んだ紺碧の瞳が、驚きと混乱、そして羞恥に揺れている。
濡れた長いまつ毛が震えるたび、俺の心臓も狂ったように跳ねた。
そして、次の瞬間。
彼女の白い肌が、首筋から耳、そして頬へと、一瞬で朱に染め上がっていく。
「ご、ごご、ごめん、なさいっ、航太くんっ! ち、違うの、わざとじゃなくて……!」
その声は涙声で、か細く震えている。
必死に身体を離そうとする彼女の動きが、逆に肌と肌をいやらしく擦り合わせ、さらなる快感の波を俺に送り込んでくる。
俺は、意識が飛びそうになるのを必死に堪え、ただ一言、魂の底からこぼれ落ちる本音を、心の中で絶叫した。
(もっと……! もっと強く押し付けてくれてもいいんですよ、波音様ァッ!)
王道にして、究極。
俺は、この世界の「お約束」が持つ、官能の深淵を垣間見たのだった。