第3章
「こっちこっち、みんな待ってるよー!」
女神――いや、七瀬波音は、俺の腕を掴むと、無邪気な笑顔で駆け出した。
柔らかくてすべすべした彼女の指が、俺の腕に絡みつく。
その感触だけで、俺の脳の血管が何本か焼き切れる音がした。
波音に導かれるまま、俺は白い砂浜に建てられた、お洒落なログハウス風のビーチハウスへと向かう。
木製の広いウッドデッキには、テーブルとパラソルが設置され、まさに理想の海の家といった風情だ。
そして――そこに、彼女たちはいた。
「あ、波音! 遅いぞー! って、航太も一緒か!」
最初に俺たちに気づいたのは、太陽のように快活な少女だった。
肩までの短さで切りそろえられた、鮮やかな赤毛のボブカット。
トレードマークであるキツネの耳を模した髪飾りが、ぴょこぴんと揺れている。
身長は154cmと小柄なのに、その存在感はとてつもなく大きい。
いや、大きいのは存在感だけじゃない。
彼女が身に着けた、赤と橙のグラデーションが眩しいフリルビキニ。
その布地は、彼女の爆弾のような胸――公式設定B92という、もはや二次元の奇跡としか呼べない超弩級の質量を、懸命に、そしてほとんど無意味に覆い隠そうとしていた。
フリルが、その圧倒的な膨らみを逆に強調してしまっている。
ウエストはきゅっと締まっているのに、そこだけが物理法則を無視して自己主張していた。
火浦あかり。
元気と食いしん坊がトレードマークの、トラブルメーカー担当。
「あまり騒ぐな、あかり。品がないぞ」
あかりを諌めたのは、デッキチェアに座って優雅に足を組む、銀髪の少女。
腰まで届く、陽光を弾くプラチナシルバーのストレートヘア。
月光を溶かし込んだような、淡く黄色い瞳が、分析するような冷たい光を宿して俺を射抜く。
身長170cmという長身痩躯。
モデルのように長い手足には、無駄な肉が一切ついていない。
だが、その肢体を包むのは、予想外に大胆な、モノクロの競泳水着だった。
背中が大きく開き、研ぎ澄まされた刃物のような肩甲骨のラインがあらわになっている。
ハイレグ気味にカットされたボトムは、彼女の引き締まった尻のラインを惜しげもなく晒していた。
クールで知的な彼女が、こんなにも扇情的な水着を……。
このギャップこそが、月詠エリカの真骨頂。
そして、その隣。パラソルの下で、静かに微笑んでいる少女がいた。
緑がかった艶やかな黒髪を、和風の美しい結い上げにしている。
水に濡れないための配慮だろうか。深い森のような緑色の瞳は、慈愛に満ちていて、見つめているだけで心が洗われるようだ。
彼女が着ているのは、他の三人のような華やかな水着ではない。
胸に名前の刺繍が入った、ごく普通の紺色のスクール水着。
しかし、その素朴さが、逆に倒錯的なエロティシズムを醸し出していた。
濡れていないのに、薄い生地は彼女の身体のラインにぴったりと張り付き、控えめながらも形の良いB86の胸の膨らみや、しなやかな腰つきを、ありありと浮かび上がらせている。
大和撫子の化身、風鳴ここの。
――やばい。情報量が多すぎる。
俺の脳内データベースが、彼女たちのプロフィールと、過去のアニメでの「お約束」パターンを猛スピードで検索する。
俺は誰だ? 鈴木航太。そうだ、俺はこの世界のただのクラスメイト。
決して、彼女たちのフィギュアを机に並べて悦に入っている変態オタクではない。
「お、おいっす」
俺がなんとか絞り出したのは、そんな気の抜けた挨拶だけだった。
完璧な「モブ男子生徒ムーブ」だ。自画自賛したい。
「もう、航太ったら、朝から元気ないぞー? しっかたないなあ、このあかりお姉さんが元気注入してやる!」
あかりはそう言うと、タタタッと駆け寄り、俺の背中を思いっきりひっぱたいた。
バシン! という乾いた音と共に、衝撃が走る。痛い。
だが、それ以上に、彼女が身を乗り出したことで、俺の視界に飛び込んできた、たわわに揺れるメロンの感触が脳に焼き付いた。
「こら、あかり。航太くんが困っているでしょう」
ここのが、おっとりとした口調で窘める。
エリカは俺を一瞥すると、「……フン。寝ぼけているのか」とだけ言って、再び読書に戻ってしまった。
完璧だ。アニメで見た、彼女たちのやり取りそのものだ。
「さーて、みんな揃ったことだし、今日はビーチで思いっきり遊ぶぞー!」
あかりが空に向かって高らかに宣言した。
その掛け声を合図に、夢のような一日が、今まさに始まろうとしていた。