表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/10

第2章

「……ん……」


 意識が、ゆっくりと浮上する。


 まず感じたのは、背中に広がる無数の粒子の感触。

 温かく、さらさらとしていて、指を立てれば僅かに沈み込む。

 砂だ、と理解するのに数秒かかった。


 次に、耳をくすぐる単調で心地よいリズム。

 寄せては返す、優しい波の音。

 

 ザァ……、という音と共に、潮の香りが鼻腔を撫でる。

 これは、覚えのある香りだ。

 夏休みに一度だけ行った、田舎の海の匂い。


 そして、瞼の裏側を焦がすような、強烈な光と熱。


「……まぶしっ」


 思わず腕で顔を覆いながら、ゆっくりと目を開ける。


 視界に飛び込んできたのは、どこまでも続くエメラルドグリーンの海と、突き抜けるような青い空。

 白い砂浜が太陽の光を反射して、キラキラと輝いている。

 視線を少し上げれば、切り立った崖の上に、アニメで何度も見た白亜の校舎――マーメイド・アカデミーが、荘厳にそびえ立っていた。


「……え?」


 脳が理解を拒む。

 なんだ、この解像度の高すぎる夢は。


 混乱のまま自分の身体を見下ろして、俺は息を呑んだ。


 そこにあるべき、ヨレヨレのTシャツとスウェットじゃない。

 目に映るのは、日に焼けていない、ひょろりとした自分の腕と、青と白のボーダー柄の海パン。

 手で触れてみれば、ナイロンのつるりとした感触がやけにリアルだ。


「な……んだよ、これ……」

 

 パニックが津波のように押し寄せる。

 俺はついに狂ったのか?

 思考がまとまらず、心臓が警鐘のように激しく鳴り響く。


 その、時だった。


「航太くーん! おっはよー!」


 鼓膜を揺らしたのは、この世のあらゆる美しさを凝縮したような、鈴を転がすような声だった。

 俺が人生で最も多く聞いた、そして最も愛した声。


 バッと顔を上げると、彼女がいた。


 逆光を背に、太陽の化身のように輝きながら、こちらに手を振っている。

 胸元まである、透き通るような水色のセミロングヘアが潮風にふわりと揺れ、左サイドに結われた小さな三つ編みが可憐に踊る。

 深い海の底を思わせる紺碧の瞳が、心配そうに俺を覗き込んでいた。


 そして、その身体。


 身長は162cmと、小柄な部類に入るだろう。

 だが、その肢体は、神が精魂込めて作り上げた最高傑作としか言いようがなかった。


 白地に水色の波模様が描かれたビキニは、彼女の白い肌をさらに際立たせる。

 そして、その布面積の小さいトップが、張り裂けんばかりに盛り上がった豊かな双丘を必死に支えていた。

 公式設定B89。数字だけでは理解しきれなかった、圧倒的な質量と存在感。

 

 谷間に揺れるイルカのチャームが、俺の視線を卑しいまでに釘付けにする。

 キュッとくびれた腰から、柔らかな曲線を描いて広がる腰つき。

 すらりと伸びた足は、まさにカモシカのようだ。


「……ななせ……なみね……」


 俺の唇から、女神の名がこぼれ落ちた。

 そうだ、彼女こそが『マーメイド・アカデミア』の絶対的メインヒロイン、七瀬波音。


 彼女はこてん、と首を傾げ、完璧なヒロインムーブで俺に顔を近づけてくる。

 シャンプーと、太陽と、そして彼女自身の甘い匂いが、俺の理性を焼き切った。


「どうしたの航太くん? まだ寝ぼけてるのー?」

「……っ!」


 脳天を殴られたような衝撃。


 違う。これは夢じゃない。

 夢なら、こんなにリアルな感触も、匂いも、音もない。


 パニックも、混乱も、恐怖も、その笑顔一つでどこかへ吹き飛んでしまった。

 代わりに、腹の底から、マグマのような歓喜が突き上げてくる。


 ――俺は、俺の愛したアニメの世界に、本当に来てしまったんだ!


「なんでもない! ちょっと寝ぼけてただけ!」


 俺はガバッと起き上がり、人生最高の笑顔で答えた。

 もう、どうやって来たかなんてどうでもいい。

 これからどうなるかなんて知ったことか。


 神よ、ありがとう。

 この奇跡を、この楽園を、俺は――登場人物の一人として、骨の髄まで、楽しみ尽くしてやる!


 決意を固めた俺の目の前で、波音は「そっか! よかった!」と、再び太陽のような笑顔を咲かせたのだった。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ