表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

彼岸花の半身

四月。教室にはほんのり花の香りが漂う。

2年C組――篠原蓮は、昨日までと変わらない友達とのじゃれ合いで新学期を迎えた。


「篠原、また寝癖すごいな」 「だって朝バタバタしたんだって」 悠馬が笑い、南雲が机をつつき、真彩と三人で何気ない日常を始めていた。


「今日から新しい転校生が来ます」

担任がそう言うと、教室の空気がピリッと引き締まる。


扉から現れたのは、長い黒髪と人懐っこい微笑みの少女だった。制服の胸元は目立つほどで、けれど、その雰囲気はむしろ柔らかい。


「蒼井真昼です。よろしくお願いします」


どこか懐かしい空気。「ん?」と記憶の奥に影がさす――


目が合った。彼女がこちらに本当に親しそうな笑みを向けて、小さく手をふる。


「あっ…!」


「久しぶり。蓮くんだよね?」


名前を呼ばれ、昔の記憶がふわりよみがえる。

子どものころ、よく一緒に遊んだ女の子――あの「あおい」だ。


少し戸惑いながらも、「真昼」という新しい呼び名がしっくりくるのが不思議だった。

(大人になって雰囲気も変わったし……)

蓮の中で「昔のあおい」と「今の真昼」は自然につながった。



----



新しいクラス、少しずつ慣れてきた放課後。

昼休みには必ず「蓮くん、一緒にお昼いい?」と真昼が自分の前にやってきた。


「玉子焼き、好きだったでしょ。入れてきたよ」


「本当だ……懐かしいな」


「あのときも、よく受け取ってくれたよね」


柔らかな笑顔で差し出される、ふわふわの玉子焼き。

一口もらいながら、昔話も自然に始まる。


「真昼はさ、運動苦手だったじゃん」


「わ、やめて! 蓮くんの前でうまくやるから今は!」


隣で笑い合うと、幼い頃の距離感がそのまま戻ってきたようだった。


休日、真昼から「映画行こうよ」とLINEが届く。


日曜日、映画が終わって外へ出ると真昼が腕を組んでくる。


「こうやって歩くの、久しぶり。覚えてる?」


「うん。大きくなったなって思うけど、真昼だってすぐ分かった」


「蓮くん変わってない。前よりもっと、優しいけど」


自然に心がなごみ、帰り道には昔の話に花が咲いた。

 


学校でも、真昼はすぐクラスに溶け込んで、人気者になっていった。


「真昼、陸上部の見学来いよ!」


「運動苦手だからな~、でも蓮くんは頑張って!」


体育祭のリレー練習で転んでしまい、

「だいじょうぶ?」「はい、蓮くんの前でだけは格好つけたいんだもん」

そんな会話も、クラスメイトに冷やかされてふたりで笑い飛ばした。


ファミレスでの友人グループにも必ず真昼がいて、


「蓮くん、氷ちょうだい~」「またズルしてる」


と、昔から隣にいた親しい空気のまま、違和感の欠片もなかった。


みんなからも「蓮と真昼の息ぴったりすぎ!」と冗談を言われて当然だと思っていた。



----



ある日、放課後のファミレス。


悠馬が「そういえばさ」と沈んだ声を出した。


「この辺、昔川で事故なかった?同じ学年の女の子が溺れたって、小学校んとき親から聞かされたな」


「え、それ……怖い話?」


「ガチだよ。結局、誰が落ちたのか分かんなくてさ。

でもあの時から子どもだけで川遊び禁止になったじゃん」


南雲や真彩も「家でも言われてた」と頷く。


真昼は黙ってその話を聞いていたが、

蓮がふと彼女を見やると、いつもの柔らかな表情で「蓮くん、あのとき怪我しなかった?」と何気なく話題を変えた。


「ああ、俺?全然大丈夫だった。でも川遊び禁止きつかったな~」


話は自然と進み、蓮自身も思い出した「昔のあおい」のことは何も変わらず、「今の真昼」に溶け込んでいくようだった。



夏休みも「どこか行こう!」と真昼は元気いっぱいだった。


「蓮くん、遊園地、行ったことあったっけ?」


「子どもの頃に一度だけ。あお、じゃなくて真昼とも行ったよな?」


「うん、覚えてる。あの時、蓮くんずっと私の手離さなかった」


メリーゴーランド、観覧車、二人で写真も撮り合う。「これまだ持ってるよ」と真昼がスマホ画像を見せてくれる。


「思い出、大事にするタイプ?」


「もちろん。だって…」


真昼は、そこで少しだけ視線を伏せる。「蓮くんは何も変わらないから、昔からずっと好きなんだって思う」


蓮は照れくさそうに頭を掻いた。




----




秋、文化祭。二人は同じクラス喫茶のペアを組むことに。


「蓮くん!リボンずれてる」 「真昼だって、メイド服似合いすぎ!」


休憩時間に差し入れを持ち寄り、

「こういうの、初めてで楽しい」と笑い声が絶えない。


夜、後夜祭の準備で遅くなった校舎を歩きながら、真昼がぽつり。


「私ね、あの春にここに戻ってこれたの、奇跡だって思ってる。

毎日、蓮くんがそばにいてくれるのが夢みたいなんだ」


「俺もだよ。真昼みたいな親友、一生いないかも」


「親友……?」 「……なんでも」


夕日が差す廊下、二人の笑い声がいつまでも響いていた。



----




文化祭の片付け、校舎に遅くまで残っていた蓮と真昼。


「このストラップ、懐かしい!」


床に落ちた花のストラップに気づき、何気なく拾い上げる。

昔、妹のあおい・姉と三人でお揃いで作ったもの――右側のデザイン。


「真昼、これまだ持ってたんだ?」


「うん。大事にしてる、右側だし」


「……あれ」


蓮の頭の奥に、幼いころの声が蘇る。


『私は左がいい!妹だから左じゃなきゃ嫌だもん』


確か、あおいは左、姉が右を持っていたはず……なのに。


手の中のストラップが急に重くなる。


「真昼……昔、あおいは左のストラップだったよな?」


沈黙。

真昼の、柔らかかった顔がほんの少しだけ緊張する。


「あおいは――左。……姉が右だったって、今思い出した」


「……そっか」


真昼は、しばらく黙っていた。そして、静かな声で──


「全部思い出してくれていいんだよ、蓮くん。

……本当のことも」


「どういう――こと?」


「私が本当に望んでたのは、“あおい”としてじゃなくて、“真昼”自身として蓮くんと一緒にいることだった」


(……何言ってるんだ?)


「私は姉だった。妹の“あおい”は……あの川の事故で……

私が――」


真昼は、涙を浮かべて、蓮をじっと見つめた。


「私が、欲しかったの。

誰にも渡したくなかった――だから全部、全部終わらせたの」


蓮は硬直する。

目の前で“真昼”が、幼い日の笑顔のまま、決して届かない距離で涙を流すのを、ただ黙って見ているしかな

かった。



----




「ねえ、蓮くん。

私、もう止められないよ。

ずっとずっと、蓮くんの隣は私じゃなきゃ駄目なんだ」


蓮は後ずさるが、真昼が一歩ずつ確実に近づいてくる。その表情は優しく、けれど歪んだ愛がにじんでいた。


「全部蓮くんのものになるためなら、何でもできると思った……わたし、おかしいよね」


真昼の腕が、何のためらいもなく蓮を抱きしめる。


「やめろ――っ」


「大丈夫。もう誰にも邪魔されない。蓮くんだけの私だから」


懐から鈍く光る鋏。


「好き、好きだよ、蓮くん。永遠に一緒だよ」


万感の想いと涙と絶望が全て交じりあう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ