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ユリアナ物語  作者:
4/4

第4刊 羨望の乙女

【第7話 バーターな忠臣】


(エウロス)の詳報が報告された。


あそこは(ボレアス)とは距離も近い。仲間外れの西(ゼフュロス)はともかくとして、(ノトス)と東と北は度々婚姻を重ねて血を濃く保ち、親交を深めている。その中でも北と東は蜜月と言ってよい。

南は自身の血を皇王へ入れ込もうと画策している。それは裏を返せば孤立しつつあるということでもある。

北と東は………再度()()をやろうとしている。

皇王に成り代わる夢を今もまだ捨てていないのだ。

彼らはあの時の失敗で蓄え続けた国力を大きく損なった。百年越しでの蓄えをだ。

普通ならばそこで挫折しそうなものだ。あの規模以上での画策ともなればさらに百年以上の国力の温存を要するであろう。だが、彼らにその時間は残されていない。もはや限界点を超えてしまっているのだ。

人、食糧、物資、治安………全てが破綻寸前、いや、既に破綻しかかっている。

全面降伏か、ありもしない捲土重来か。

彼らは賭けたらしい。残り僅かな資産や人材をつぎ込んだ総力戦に。

ならばそれをこそ潰してやろう。歯噛みして血の涙をながさせてやろう。そして無残な死を。滅びをくれてやろう。


「リカルダ、キルリア、奴等の作戦計画と人事を把握してくれ。そして………指揮官クラスを上から順に………なるべく毒か事故で頼む」


「気付いた時には………という具合でしょうか?」


「ああ、その通りだ」


「大公はいかがいたしますか?」


「それは………私がやる」


「はっ、御心のままに」


「ユリアン様」


「ん? どうした、エイダ」


「士官が不足しても大公が居れば兵を出すこともあるかと。準備もなされており、恐れるには及ばないかとはおもいますが………少々気掛かりが御座います」


「それは?」


「以前クラウディアから聞いた話なのですが、対岸の国ラビアの使者と南の大公が会談したのだとか。その際、東の大公も同席していたと………ヘルガはあそこの王太子とも顔馴染みであり、経済的にも繋がりがあるとか」


「同盟を?」


「危惧いたしますわ」


「かの国は皇国から大量の武器を仕入れる取り引きを………二月前に取り交わしておりますわ。引き取りには軍船を遣わすのだとか」


「クラウディア………それも君の情報かい? いったいどこから………しかも何故今」


「情報は垂れ流すのではなく要所にて最適な形で示すものですわ。そうでなければ報告した事に安堵し、その時点で重要性がなければ聞き流されて………情報は死にます」


「成る程。情報も適材適所ということだな。情報が死ぬか………肝に銘じるよ。有難う、クラウディア」


はにかむクラウディアが可愛い。エイダはそんなクラウディアを目を細めて眺めていた。


その様を無表情に俯瞰して見ていたが………沈黙していたクロエが口を開いた。


「武器を取りそのまま決起する、か。ラビアといえば海軍と歩兵が強い国だ。魔法弾を飛ばす艦砲は中々に厄介だぞ。射程距離は20kmにも及ぶと聞いたことがある。事実ならば港町アラムは全域が制圧可能だな」


街が人質に取られる?

かの港町は皇国繁栄の要と言ってよい。ラビアの裏切りが事実ならば………


「リカルダ、調査、頼めるかい?」


「人手が………私が参りましょう」


「頭領の君が?」


「お任せを。私は元来現場人間です。偶には実力を示す機会を頂かねば」


「………頼む。それにしてもよくも策謀を巡らすものだ。力が無いなりに補填策を捻り出して要所を締めて有利を創り出す。感心するよ」


「まだラビアの裏切りは確定ではありませんが、充分に有り得る事態です。対応策は用意しておきましょう」


クロエの提言にて一先ず手仕舞いとなった。


皆で卓を囲み夕食を食べた。今夜の食事はブリュンヒルデによるものだ。

城で何度も振る舞われてユリアナやハンナ、マグダリア、クロエは知っていたが、他の途中合流組は分かっていない。ブリュンヒルデは野営での保存食を使った簡易な食事はユリアンらへ振る舞う為に日常的に作っているが、彼女の本来の料理の味を知らないのだ。

大公家の令嬢である3人は勿論のこと、同席を許された影や暗殺者らも驚愕し、感動必至の美味の坩堝(るつぼ)

皆が一様に賛美し、褒め称えた。

ベアトリクスは、


「ブリュンヒルデ殿、貴女を娶る主は大変な幸せ者ですな」


と言って讃えた。だがそれを受け取ったブリュンヒルデは晴れやかな顔で応えた。


「なればユリアン様をお幸せに出来るでしょうか。せめて食卓に於いてだけでも」


「フフフ、そうだな。私は今現在幸せだよ。ブリュンヒルデ、とても美味しい」


「まぁ! そのようなお言葉を頂き私までもが幸せに御座います」


皆にとって良い時間であった。


ユリアナは夕食後に湯浴みを所望した。本来であれば夕食前に洗体するものだが、本日は打合せが長引きその時間が取れなかった。


「ユリアン、湯浴みは………明日でよいのではないか?」


「クロエ………足りている場にあっては私は立場に則した振る舞いをするべきだ。ここでの湯浴みはさしたる贅沢でもなかろう? であれば節約は度外視しても問題あるまい?」


「………我らへの褒美は?」


昨日の消耗も癒えていないというのになんと我儘な………と思うユリアナだ。しかもここで受け入れてしまえば彼女の言う「褒美」が恒常化しかねない。いや、するだろう。

ここは折れてはならない場面だ。

だが言葉は選ばねば。あまりに無碍にしては心が離れかねない。

全く面倒な………一頻り思案してからユリアナは口を開いた。


「クロエ、貴方に鍛えられた私だが………昨晩のアレはかなりの負担であったよ。今だにダルさとほうぼうの痛みが消えない。それに………怖くもあるのだ沢山の女達に寄って集って貪られ、助けを求めても許しを乞うても一切の手加減なく………ただただ恐ろしく………惨めであった。わかってはくれぬか? 暫くはそなたらに………触れられたくないのだ」


昨夜の15人中、9人がここにいて、その全員の顔から血の気が引いているのが見て取れる。ユリアナはと言うと目尻から一筋の涙を流しつつ、テーブルの上に晒した震える右手をやはり震える左手でおさえて何かに堪えている………(ふう)(よそお)っている。

そして周りの獣達の様子を視界の端に映しながら内心でほくそ笑む。

これで暫くは手出しできまい。そして一人ずつ働きに応じて我が身を褒美として差し出そう。これならば効果的かつ負担も少ない。

大体が海音としてはされる側ではなくしたい側であり、多対一など望んでいない。往時の技術を以て全員泣かせてやるなどと考えている。

影らの手管や高度な業の凄まじさなどには理解が及んでいないのが残念なところだ。なにしろ昨晩は半ば失神、意識朦朧状態であり、ベアトリクスの突き抜けた手技や舌技なども覚えていない。

そう、ユリアナは昨夜の集団の中にあっては性技に於いて下位者といってよい。前世での実績にしても男性器があってこそだ。

まあ、やがて思い知ることになる。


「ユリアン様………死を、死を賜りたく存じます。ただ………できますならばユリアン様の手で………」


悲壮なる面持ちのハンナが進み出る。それにブリュンヒルデとマグダリアが続く。


「わたくしにも死を!」


「私にも!」


幾人もが連なるように席を立つ。

面食らうユリアナ。薬が効き過ぎたかと狼狽しそうになるが、そんな姿は曝せない。衆人環視を前にして上辺を取り繕う技術と胆力は皇王として磨いてきたし、海音としてもそうした立ち居振る舞いは確立している。


「ハンナ、そして皆、その死は私を見捨てて自身が楽になる為のある種の逃避ではないのか?」


「「「「「「!」」」」」」


「お前達の罪はそうも容易く清算され私から忠臣を奪う………それはさらなる罪とはならぬのか? 私を残し逝く神の御下(みもと)はさぞかし温いのであろうな」


「そ、そのような! 楽になりたいなどとは露ほども思っておりません! ましてや………」


「自らに代わりとなる者があると思うか? お前達の働きはその程度の易いものか?」


「「「「「「思いませぬ!」」」」」」


「ならば………生きて(あがな)え。その罪を。いずれは我が心も癒えよう………いつかはそなたらの想いに応えてやることもあるやも知れぬ。個別にな」


こうしてユリアナにとって都合の良いハーレムが出来上がった。しかも全員が粒選りのハイスペックな女達だ。

まぁ、実際のところ死なれて困るのは事実だ。

本国から基幹をなす戦力は持ち出せない。故に側近の中から少数精鋭のみで形成した集団だ。合流して増えた分の女達とて其々(それぞれ)が其々の分野で代えのきかない逸材ばかり。

だから………欲しいならば与えるのだ。身体を。慈しみを。そして愛を。


より一層の忠誠心と………愛を受けて配下らとの結束はより強固なものとなった。

但し、余りにも長いオアズケは仲間達の暴発を招く事となる。いずれ身をもって知る事となるのだが………





【第8話 すでにある手段において】


初体験の地となった街、アーカムに滞在して5日が経過した。

そうして待っていた(ボレアス)からの報告がやっと届いた。


その内容の注目点は例のラビアとの密約が確定であるとの情報であった。既にラビア入りしているリカルダは推定で3日後には一時帰参する予定だ。

武器取引と港町アラムでの対策などは既に取り掛かっており、それに連動するであろう北と東の決起も封じ込めに向けての作戦指示書をジークフリートへ送付してある。

あくまでも代筆であり、ジークフリート名での作戦指示書だ。名目は模擬戦を伴う軍事訓練を西側の荒野で実施するとのものだ。勿論それは公式用の欺瞞情報であり、真の指示書は別途宰相へ送付してある。

併せて暗殺者ギルドへも依頼書を渡した。

まぁ、トップはキルリアなので手渡しなのだが。


決起と武器引渡しの日取りは来月の15日。想定される敵対勢力の戦略は………アラム郊外に観測員を配置した上で昼から始まるであろう艦砲射撃は満月の光に照らされて夜間も継続される。混乱の最中、軍の派遣は拙速に行われ皇都から主力の軍が派遣される。

一方、皇都へと武器引取りに派遣されたラビアの荷駄隊と人夫は旅人や商人に扮した同胞ら共々前日に受け取った武器で武装して、主力軍が抜け出た皇都で決起する。

この際の主力とは皇国最強と謳われる近衛師団だ。常時1万もの兵力を維持し、治安維持の為の衛兵とは切り離された精鋭達だ。予備役も1万いて、定期的な訓練時以外は市井にて職を持ち暮らしている。


皇都と港町アラムは部隊の移動に2日程しか掛からぬ為、アラムへ駐留させている部隊は大隊が一つだけ。主な任務も治安維持であり、魔法士などの遠距離攻撃や大規模防御を有する人材は殆ど配置されていない。

重要都市でありながら武力配備が甘いのは皇都から近いから。



………というのが近隣諸国や国内での共通認識なのだが、これは誘導して創り上げた誤認情報だ。

ラビアがいつか裏切るとか予想していた訳ではない。むしろどこも信用していないからこそ実態にそぐわない、過小評価を誘導するような仕掛けを随時施してきたのだ。

そしてその態勢を構築したのは他ならぬユリアナである。


ラビア陸戦隊の胎動を促す為にも武器は予定通り売り渡す。但し見た目が良いだけの粗悪品を。まぁ、これからその条件に見合う物を揃えるのが中々に困難なのだが、ブリュンヒルデの伝手によりなんとかするとのことだ。

近衛師団は八割を派遣して敵の思惑通りに事を進める。但し、この際に派遣されるのは予備役の方だ。主力は皇都に待機………ではなく、北と東の大公軍を撃滅する為に北東方面の各街へ分散して小隊単位で移動させる。大公軍の進発を確認してから集結させて殲滅戦を展開する予定だ。

では皇都の防衛はと言うと、魔法師団が担う。宮廷魔法士であるマグダリアが手塩にかけた魔法士ら357名。

拠点防衛に於いて無敵と言っても差し支えない過剰戦力を以てラビア陸戦隊へ当たらせる。

さらに港町アラムだが………皇国第二の都市でもあるこの街の太守はリカルダである。

あの反乱の際の働きに対しての褒美。今もリカルダがユリアナに心酔し忠誠心を絶やさない原動力となっている最大の理由。

「影に対して領地を下賜し、太守に任命」他国では先ず絶対にあり得ない。しかも皇国に繁栄を齎している原動力とも言える第二の都市を与えるなど、前代未聞であり、国内の貴族や有力者らは挙って反対したのだが、即位後のユリアナによる「信賞必罰は国家の寄って立つところである。諸兄らは先の乱においてかの者を上回る如何なる功績を挙げたのか。心当たりのある者は進み出よ」

との言葉に沈黙するより他なかった。

事実リカルダは八面六臂の働きにより「血」を護ったのだから。そして少なくとも皇都における敵側の影や草は粗方刈り取ってしまっている。

情報を制し、国の核心を守護した英雄的働きをした者は卑下されるべきではない。

彼らの恐るべき業前から後世における不安要素と危惧するむきもあるであろうが、いずれにせよ彼ら影とは表裏一体としてあり続けなければならぬ仲なれば、地位を与えて表で仕えさせるのもまた格好の「束縛」手段と言えなくもない。

何故なら………先代の頭領たるセバスは反乱に加担した報酬として北の地を賜るという約定であったというのだ。中央の支援がなければ成り立たないような痩せた僻地でも………彼は渇望したのだ。自らが領する土地を。そうまでして望んだ報酬は彼の子たるリカルダが賜ったのだ。しかも極上の土地を。

セバス個人の渇望ではないのだ。影の一族が代々夢見た地位と立場。それをユリアナは惜しげもなく振る舞ったのだ。

リカルダだけではない。全ての影が、下部組織たる暗殺者ギルドの構成員までもが、ユリアナに絶対的忠誠を誓ったのは言うまでもない。


これにてユリアナは皇国の表も裏もその末端に至るまで支配下に置いたのだ。

そして影らにとっての祝福の街アラムは………絶対不可侵の超防衛都市と化している。

都市内部の治安は勿論のこと、外部からの武力侵攻に対する対策も万全を期している。

具体的には………ラビア海軍がいずれ体感することになるであろう。



さて、軍事による勝利には目処が立ったし、ラビアに詰めを喰わせる策はリカルダからの報告を聞いてからだ。

対策を立てて指示を出し、いずれは進捗報告も来るだろう。だが、この地を本営として活動し続けるのもどうかと思案し始めたところ、ベアトリクスから提案があった。


「軍事的勝利は必ずしもユリアン様の復讐とはならないでしょう。決起の日までまだ一月ほどあります。ここから東までは10日程の道程と聞きます。いかがでしょう? 軍編成に忙しい東の大公家に嫌がらせなどしてみては」


この先の戦略上、対戦前のそうした行動は無意味で無駄だ。それが分からぬベアトリクスでもあるまいにとユリアナは訝しむ。

或いは敵地へ誘い込みユリアナを弑する策とも取られかねないこの提案は………改めてベアトリクスの顔を眺めるユリアナはなにやらモジモジする様子を見て取った。


「その………旅を………またユリアン様と旅を致したく思います。そして野営にてご奉仕を………」


他の女達がにわかに色めき立つ。

ああ、成る程。そういうことかと得心したユリアナはアレから8日が経過しているのだなと………目下の心配事はリカルダの帰参予定が2日も過ぎていることだ。

もしも有用な情報が得られたならば「褒美」を与えねばならないかと思いはじめていたところだから彼女の、ベアトリクスの志向するところにはまぁ、うん、理解できた。

実のところユリアナ自身も身体が疼いている。正しく年頃の娘故。


「とにかく………リカルダを待とう」


なんとかそう応えるに留めた。

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