第3刊 狂宴の乙女
【第5話 褒美という名の生贄】
ヘルガは実家の監視要員として学院に残し、連絡員として影を一人侍らせた。一方、参謀として優秀なエイダとクラウディアを伴い街を出た。
敢えて領都へは立ち寄らずに東へと歩を進める。アーデルハイドによると今の時勢で身なりの良い女だけの一団が領都へ現れると、閉塞的かつ逼塞した街では目立ち過ぎるし、まず間違いなく不埒者の襲撃に遭うであろうとのこと。それを退けるのは容易いであろうが役人や衛兵らに目を付けられ身ばれの危険性が高まる。
まぁ、望ましくない結果に繋がるであろうと。
ハンナやマグダリアからは皇都への立ち寄りも提案されたが、そこからトレースされかねないとのエイダからの助言を採ってそちらも避けた。
それに始めから貧しい地域を旅するにあたって飼葉が大量に必要な馬は連れておらず、徒歩での旅をしている中で安易な寄り道は旅の不要な長期化を齎す。
とは言え、時に乗り合いの馬車を利用することもある。そんな時でも行動を把握し難くするために人数を分けたり、影や暗殺者ギルドのような機密保持可能な組織による運行ルートを利用するなどして常に敵の目を意識した追跡困難な旅を心掛けている。
ここまでのところ敵対者に気取られた痕跡は見当たらない。
東への道中は皇国領を通り抜ける道程であり、待機している影らの遠巻きな連携警護がなされていてかなり安全な旅ができている。
宿は足がつきやすい為あまり使わないのだが、暗殺者ギルド経営の宿屋があるという街で3日ほど休息しようということになった。
旅を始めてから既に半年あまりが経過している。盗賊や魔獣との戦いは幾度もこなしてきた。ただでさえ野営は緊張と疲労を蓄積させる。
休める時にまとめて休まねば体力も気力も続かない。いつかはプッツリと切れてしまいかねないのだ。
「まさかリカルダが迎えてくれるとは思わなかったよ。久しいな、変わりないか?」
「はっ、ユリアン様にもお変わりなく。臣は嬉しく存じます」
「臣というのは止めてくれ。今の私はお前の主ではない」
「いえ、陛下にお仕えするのもユリアン様のお申し付けあればこそ。私もギルドの者達も皆大恩あるユリアン様に臣従しておりますれば」
「個人ではなく国に臣従せよとあれほど申し付けたであろうに………」
「コレだけは譲れませぬ故」
「………旅の垢を落としたい。この宿は湯浴みはできるか?」
「はっ、浴槽の方はじきに準備できましょう。先ずは洗体を。こちらへ」
「まて、リカルダ。その儀はコチラで賄うゆえその方は食事の支度を取り仕切るがよい」
「クロエ様………貴方様ほどの高位者にそのような雑事をお任せすることはまかりなりませぬ。食事の支度は既に取り掛かっておりますゆえ、ご心配なく。ユリアン様のお世話はこの私めに………」
「ユリアン様のお世話はご誕生の頃より我が使命。リカルダ、僭越であろう? わたくしはユリアン様専属侍女である」
「ユリアン様に臣従した証として若年者たるわたくしこそが為すべきであると進言します!」
「エイダ!? いえ、むしろこのわたくしにこそ!」
「小娘には任せられぬな。私こそが………」
「ベアトリクスよ。お前は自らの順番を失念したのか?」
「ク、クロエ様………しかしもう………保ちませぬ。もう保ちませぬ!」
「皆が同じ気持ちを抱えている。お前だけではない」
血が滲むほどに唇を噛み締め、震える拳を握りこんだクロエがユリアナへと向き直る。小柄なユリアナの前に進み出て意を決した目を眼下の美少女へと向けた。その不躾とも言える視線の主へ不思議なモノを見るような眼を向けて次の言葉を待つ。
実のところユリアナは周りの女達の自分に向ける熱の籠もった視線にはだいぶ前から気付いていた。そしてそれは性欲を伴った情………いや、恋愛感情に根差したものであろうとも理解していた。
勿論そうした気持ちは自分にもある。だが、彼女らのトップたるクロエにそれを許した場合、他の女達にはどう対応したら良いのか? 互いに慰め合えるのならそれでよいが、彼女らの狙いは明らかに自分だ。
あの色欲塗れのベアトリクスですら自分にのみ気を向け他の娘らに手を出すこともしていない。
自惚れでもなんでもなく皆が自分に惚れて………欲情している。
彼女らなしにはこの先の計画達成は成し得ない。しかも皆が中核メンバー化しており誰一人としてなおざりにはできない………クロエだけ? いやいや、ハンナだって幼少時からの想い人だ。ならば二人だけを受け入れる? 二人いけるならばと皆が迫ってくる未来しか見えない。
ならばやはり全員を拒絶してとりあえずの平等を………現在二次性徴期真っ盛りの自分が既に「年甲斐もなく」ムラムラしている現実から目を背けられるのかという観点が抜けているのでは?
人生は煩悶と決断の連続だ。ユリアナの前世に於いては煩悶は殆どなく、ただただ合理的に決断し続けた人生であった。醒めていたとか言う事ではなく、自身が楽しいと思うように事を運び目標の達成に妥協しない。そんな………はた迷惑な人間であったのだ。安室海音という男は。
そんな男の生まれ変わりであり、今現在の人格のかなりの部分を占めている「男」としての本質が、心身的な発育状況が、「彼」の状況判断を鈍らせる。いや、誤らせる。
「あ、あのね、クロエ。私は洗体も湯浴みも一人で出来るから。皆も自分で………」
「ユリアン! そういうことではないのだ!」
「………どういう?」
「ユリアンは自分の体臭がどういったものか自覚しているか?」
思いがけない言葉を投げかけられ僅かに動揺するユリアナ。
「えっ? それは………3日は身体を拭いていないし……臭い? すぐに洗体して………」
元オジサンではあったが、加齢臭の域までは至っていなかったはずの我が身。今生では寧ろ良い匂いと密かに自分上げしていたりする。
そう、脱いだ服の匂いを嗅いでみるくらいには自分の匂いが好きだったりする。流石に3日も着の身着のままでは臭いなとは思う。下着などはエライことになっていそうだ。
「そうではない。そうではないのだ。ユリアンからはえも言われぬ良い匂いが常に漂っていて………今の濃厚な香りなぞは………我らの理性を崩壊させるに充分な魅惑の匂いであり、我らを誘惑して止まないのだ!」
濃厚な香り!?
ユリアナはシャツを摘んで胸元の匂いを嗅いだ。臭い。次いで脇の匂いを嗅いだ………キツイ。
「とても………臭いのだが?」
クロエは座った目でユリアナを見据えて言った。
「それが良いのだ」
周りを囲む女達がしきりに頷いている。ベアトリクスは………性犯罪者まっしぐらな面相となっている。
「あ、うぅ………だからといってどうしろと言うのだ? 先ずは旅の垢を落とさねば………」
「………すまぬ、ユリアン。最早限界だったのだ。
ユリアンよ、我らは元よりお前の配下でありこれからもお前の忠実なる下僕たろうと心に刻んでいる………だから………我らに与えてはくれまいか?」
「な、何を?」
「お前の………貞操を」
ユリアナの心臓が大きな鼓動を打つ。その見開かれた瞳には何を映し出していたのか。
長い夜が始まる。淫魔と化した獣の群れに貪られ体液を吸い付くされ、悲鳴を上げようとも赦しを乞おうとも止むことのない宴は失神しようとも終わらず、気付けの如き刺激により何度も呼び戻されては………快楽と羞恥、絶望と歓喜、慈しみと凌辱。そしていつ果てるとも知れぬ蹂躙。
乙女を殺すなにもかもがそこにあった。
その日、ユリアナにとって少女の時代が終わった。
何度目かも分からぬ失神の後、朝の気配を受けてユリアナは目を覚ました。
周りには何人もの人の気配がある。皆寝ているようだ。
結局誰も湯浴みをしていなかったようで、室内に女臭が濃厚に揺蕩っている。
凄まじい夜だった。それは客観的にも主観的にも集団暴行と言ってよい性的略取であった。そんな夜を乗り越えてふと思う。自分は彼女らへ与えられた贄であり褒美なのだと。
金でも名誉でも、地位だって与えられる我が身だが、リカルダなどはいらないという。いや、他の女達だって突き詰めれば同様に答えるだろう。
そんな彼女らを満足させられる褒美は………クロエの言葉が全てか。
まぁ、我が身が鬱々と抱え続けた熱もスッカリ解放されている。双方にとっての需給が満たされたのだと理解しよう。
それにしても………リカルダはともかく、アーデルハイドやキルリア他の影や暗殺者ギルドの幹部も?
いったい私は何人の相手をさせられたのだろうか?
初めての小娘相手に手加減がなさ過ぎる!
なにやら理不尽に憤りを覚えつつも………とにかく湯浴みがしたいユリアナであった。
【第6話 愛なのかそれ以外なのか】
「あの………すいませんでした」
クロエ以下、15人もの女達が土下座の体で頭を下げている。
それはそうだろう。直参の配下である者等が主を、元皇王を凌辱し貪るなどありうべからざる大罪だ。
全員裁判なしでの打首で問題無い。
「はぁ~………私はあれが初体験だったのだがな、クロエが言うように………あれは褒美なのか? なれば、如何程の褒美なのだろうな? どのような働きに対する対価となるのであろうか? 貪られた私にはついぞ想像が定まらぬのだが? クロエ、教えてもらえるか?」
ユックリと顔を上げたクロエの表情は………晴々とした微笑みを湛えていた。そしてそのまま口を開いた。
「我が生涯、我が生命、我が忠誠、全て、全てを捧げます。そして貴女こそが我が全てに御座います」
「「「「我が意も共に!」」」」
その場の全員が終生を誓った。
死罪に等しい罪を犯し、その生命を捧げたのだ。
被害者に。
等価交換が成立した瞬間であった……………?
その後の湯浴みでは何人もに洗体され、湯上がりの手入れを念入りに施され、どこから仕入れたのか分からぬフェミニンなワンピースを着せられて早めの昼食をとった。
2食抜きである。
以降は常に数人が侍り、王侯貴族の如き歓待を………ユリアナは元皇王である。
さて、この場での休息は情報待ちという側面もある。
事前に仕組んだ策謀の進捗度合いを確認し、新規の情報を報告させ、新たな計画を練る。ここでのそれは事前に取り決められたことだ。だからこそリカルダがいる。
まさか昨晩のあれも仕込みではなかろうな?
ユリアナは訝しむが………今更だ。
あれが褒美だというならば精々効果的に下賜してやろうなどと身中の海音が嘯く。
だが暫くは無しの方向でとも思う。
鍛え抜いた身体にこうも負担がかかるとは………思わなかった。
まだ股間の異物感と乳首他のヒリヒリ感が消えない。
異物感?
女同士で?
あれ?
具体的に何をされたのかまるで思い出せない………だが………特に尻になんかスゴイ違和感が………誰に聞けばよい?
自身にというよりも女の処女性に拘りはないが、何を………中へ?
いづれ明らかにしよう。今それを確かめようとするとまた火が付きかねない。
我が身の置き場がなんとも不可思議かつ複雑化している。より一層の深慮を要する。
身内が怖い………