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謎色の淡いひかり

「お父さん……」

「どうしたの? 正美さん?」

「なんでもない。健作君……」


 正美さんは機内では遠くに映る雲を見下ろしては涙を浮かべていた。僕はそれが気になって声をかけた。しかし、彼女は理由を語ることもなく思い詰めている様子だった。不思議だった。僕と一緒に東京へ行くこと以上に不思議だった。正美さんにはお父さんがいるのに何か事情があるのだろうか? そのことと東京へ行くことと何か関係があるのか理解できなかった。彼女の涙の中にある一瞬の隙間に僕は何かしらの特別な想いを感じた。それは恋心ではなく、共感できるようなものだったのかもしれない。

 父が働いていた病院は文京区の由緒ある総合病院だった。病院の敷地内はまるで公園のようであり、様々な色どりの花が花壇に咲いており、中央には大きな噴水の中に周囲の樹木の落ち葉が浮いていた。それがまるで枯れ果てた父の姿のように思えた。そして、病院の玄関から受付へ向かった。当然ながら父が勤務していた当時の様子を知る職員はいないとは思ったが、総合受付で父の名前を告げて心当りがないか聞くと、意外にも女性職員は驚いた様子で、すぐに看護師長を呼んでくれた。

 看護師長の話によると、父は脳外科医師で数々の困難な手術を成功させて、社交的な性格も相まって、日本でも有名でテレビにも出演しており、メディアの中では常に注目されていたとのことだった。そういうこともあって時は過ぎても、病院内では知らない者はいないと僕に教えてくれた。

 意外だった。津堅島に住んでいる父の姿とは全く異なっており、そこには僕の知らない父の姿が映し出された。しかし、もっと驚くことがあった。看護師長が正美さんに話しかけた。


「瑞穂さんじゃない。もう元気になったのね……?」

「いえ、人違いです……」


 そう正美さんが答えると看護師はなぜか視線をそらして、言葉を濁すように呟いた。


「そうなのね……」


 正美さんが東京に同行するということと、何かしらの関係があるのではと思ったけど、わからなかった。何か夢の中に僕がふと現れたみたいで遠い世界に導かれた。なぜか遠い記憶をたどるようにも思えた。正美さんは悲しそう表情を隠すようにも見えた。僕の心の中にますます、謎めいたものが改めて芽生えた。父の失踪と何か関係あるのかとも思えた。しばらくすると、看護師長は僕達を院長室へと案内してくれた。院長はがっちりとした体格で貫録にあふれていた。そして、父のことを詳しく話してくれた。

 当時、病院に入院していた女性と父は恋に落ちて、間もなく結婚し、子どもを授かるも持病があり、出産も難航し命を落としたということを院長は僕に話してくれた。そして、その時のやりとりまで教えてくれた。


「恵子。恵子……」

「勇作さん……」


 さらに院長は想像もしていなかったことを僕に告げた。その言葉に僕は驚きを隠せなかった。


「君はお父さんにそっくりで、香住さんはお母さんにそっくりだったよ。でも双子ということが難産のひとつだったのかもしれないな」


 僕は愕然とした。香住という妹がいるという存在すら知らず、しかも双子だったとは聞いてもいなかった。それが何を意味するかわからなかった。当然ながら妹に会いたいという気持ちに襲われた。

 ふと正美さんに目をやると彼女はなぜか無表情であり、そのことも意外だった。僕は突然妹に対する愛しさがこみあげてくるようで、いてもたってもいられず、院長に妹の住所を聞いた。たまたま、母の住所の記録が残っていたこともあり、特別に教えてもらった。しかし正美さんはそのことを聞くと、僕に気を使ってくれたのか、津堅島に帰っていった。僕は不思議でたまらなく、帰り際に彼女に理由を聞いたけど教えてくれなかった。ただ、悲しそうな表情が僕の中にモノクロのフィルムのように映った。

 妹の家を訪ねると、どうやら、母の両親と一緒に暮らしていた。家は僕の家と変わらないほど立派で、中には多くの骨董品が置いてあり、豊な暮らしぶりを感じた。僕は妹のことを知らないことと同じく、妹も僕の存在を知らなかったので互いに驚き合った。初めて見る妹は、樹木の隙間からからこぼれる太陽の光に飾られた花のように輝いており、僕は一瞬にして今までにない感情に満ち溢れた。それは正美さんに対する感情とは異なっていて、心に欠けた月を満たしてくれるような感じを覚えた。

 父の手がかりは思わぬところでわかった。どうやら、先日、男性が訪れ、妹を人目みると手紙を渡して去っていったという。手紙の内容を読むと父のようにしか思えなかった。


君はどうして、去っていく。まるであの頃の輝きを置き去りにするように、俺に悲しみの灯火だけ残して


 やはり、今までの手紙のように断片的で妹も理解できなかった。母の死を伝えているのだろう。しかしなぜ、妹にこのような一文の手紙を渡して去っていくという理由が理解できなかった。父の遠のく姿が僕の目の前を行き来するようで、悲しみの雨がふりしきるようだった。まぎれもなく僕の父親は存在しすぎるほど存在したのだ。そう思うと今までの軽蔑や哀れみともいえる感情が消え去っていった。

 僕は父の足取りを追うために、再び父が勤務していた病院の院長のもとを訪ねると意外な言葉を聞くことになった。

 



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