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薔薇の風香り

プロローグ


 暗闇の中に漂う僕は光を求めていた。津堅島はどこまでも碧く澄み渡っていて、まるで僕をあざ笑うかのようだった。潮風は微かにあの時の君の香りを残してくれたんだ。


第1話 薔薇の風香り


 フェリーで三十分ほどかけて通った沖縄本島の高校生活も、風が頬を撫でるように過ぎ去っていこうとしている。教室から見渡すことができる美しい海とは裏腹に僕の心は不安な気持ちがつらなって、将来の希望という橋を見出すことは出来なかった。

 登校中の道にはいたるところにハイビスカスが咲いていた。美しく鮮やかな色の影に潜むものを僕は感じていた。それが一体なになのかわからなかった。ちょうどこの頃から僕はなぜ、生きているのだろうと思うようになった。若くしてこのような年寄りじみたことを考えるようになったきっかけは、父の姿がまるで僕の心の中に悲しみの映像として焼き付いているから。周りのクラスメートらは恋をしたり、青い春を迎えているのに、僕はそういった気持ちになれない。それが不思議でたまらなかった。

 父の姿といえば、朝から酒を一気に飲み干しながら、どこか遠くを見ているようで、時おり酔いながらギターを弾いている。特につまみを取るわけでなく、いわゆるから酒というものらしい。顔は青ざめて髪は白髪でやせ細って、今にも倒れそうな姿である。僕の家は父と僕と同居している家政婦の三人暮らしだ。家政婦と父親は同年代であると聞いている。しかし、どのような関係なのかはわからない。ただ、家政婦

は父に対してまるで母親じみた感じであるが、父を見る目もどことなく寂しそうにしている時もあり、それが一体何を意味しているかもわからない。

 僕の家は港に近く小高い丘の上に位置しており、島の家の多くよりも高級感がある。家政婦もいるということは、若い頃に東京にて父が医師として働いており、ある程度の収入があったからだと思う。しかし、なぜ東京からこの小さな島に移り住んだのかは聞いても父は固く口を閉ざしたままだった。

 父を軽蔑している訳ではなく、むしろ哀れみを感じている。時おり食事をとりながら、海を遠く見つめているのが気になってしかたない。おそらく、若かりし頃の何等かの記憶がそうさせているに違いないと思う。母は若い時に他界したと家政婦からは聞いている。そのため、僕には母親という姿を見たことがなく、そういったことも、今に思っていることに繋がっているのかもしれない。

 ある日のことだった。父はいつも決まって夕暮れ時になると近くの海辺をさ迷いながら歩いているみたいで、自宅に帰るとショパンのレコードをかけ、家の中に悲し気な空気として響いていた。それは哀愁のある調べが多く、それが、今日に限って聞こえなかった。僕はなんだか胸騒ぎがして、父の部屋のドアをノックした。いつもなら、酔いながらも現れるのに、物音ひとつさえしない。思わず僕は部屋に入ると、テーブルの上に割れたグラスと空のギターケースが置いてあった。ケースの中には一通の手紙があった。それは手紙といっても短いメッセージらしきもので、このように書かれていた。


 風が吹き、私は風になろう。しかし、それは忘却への旅であり、理由というものの存在を求めているからだ。薔薇の中に私は遠い記憶


 手紙は途中でちぎれており、続きが書かれていなかった。その日を境に父は姿をみせることがなくなった。僕は事を話し家政婦に尋ねてみると。「きっと旅行にいったのでしょう?」と家政婦は無表情でそう答えた。僕はなんだか胸騒ぎがした。

 沖縄の春はまるで夏の様であり、僕は卒業を迎え春休みの後に就職することになっていた。あえて大学への進学を選ばなかった。学力がなかったわけではない。父は若い頃は一流大学を卒業していたことに対する、子供じみた反発にすぎないかもしれないと思う。だからそう決断して、近くの会社に就職することになった。

 就職先には僕の心の中に咲く一輪の花のようなクラスメートの正美さんがいた。僕が元気がない様子を見かねたのか、その理由について聞いてきた。父の失踪について話をすると、父が勤務していた病院へ行くべきではと提案してきた。しかも自らも同行するからということで意外であった。なぜなら、正美さんは心を寄せている人がいるに違いないと思っていた。同行するということは多少なりとも僕に対して特別な理由があるのだろうと思ったからだ。しかし、それが僕であるとは思えなかった。正美さんは小麦色の肌とショートヘアが印象的な可愛らしい女性で男子生徒からは人気があった。東京の病院へ行くということを家政婦に伝えると、なぜか反対した。反対した理由すら告げず何が問題なのかわからなかったが、いつもと違う家政婦の表情が気になっていた。正美さんは提案したにも関わらず、どことなく戸惑っている様子だった。東京に何が待ち受けているのかわからなかったが、僕は父が働いていたという病院を訪ねることにした。

 那覇空港から出発する日を迎えた。沖縄の海はどこまでも透き通っていたが、僕の心はどんよりとした雲のようで、からまった糸がほどけないようだった。機内はひんやりとしていたので、僕はバッグから上着を取り出すと上着の中から手紙らしき紙切れが落ちてきた。それ自体が不自然だったが、僕は思わず内容を見ては不思議な気持になった。


夕暮れの海に映る君はどこまでも輝きを放ち俺はいてもたってもいられなかった。


それだけ書いてあり、失踪してた時の手紙のように断片的であった。


なぜ……






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