06_城門にて
「おーい、もうすぐ王都に着くぞ」
その呼び声に私は目を開ける。
気が付いたら私もエマによりかかって眠っていた。
ザックのほうへ目を向けると西日に照らされた立派な城壁が目に映る。
荷台で思い思いに休んでいた一同がゴソゴソと動き出す。
「ああ、もう王都か」
気だるげに状態を起こしながらレントがつぶやく。
「まったく、お前らいい身分だぜ」
ザックがあきれながら悪態をつく。
「実際、俺のほうがいい身分だろ」
ザックとエマに合流してから思っていたが、彼らに対するレントの態度は見ていて気持ちのいいものではない。貴族の家系出身といっていたから、身分による差別だと思うがなんだかモヤモヤする。
「アメジア、お前のマントをキョーカに貸してやれ」
突飛なレントの指示に驚きアメジアの方に目をやると同じくキョトンとした顔をしていた。
「急に何よ、そんなに私の身体が見たいの?」
「ちげぇよ、キョーカの格好は悪目立ちする。お前のマントが恰好を隠すにはちょうどいいってことさ。ついでに、でっかい帽子持ってたよな、あれも貸してやれ」
「そういうことね、あんたはいつも言葉が少ないのよ」
文句を垂れながらアメジアは腰にある小さめのポーチのようなものに手を伸ばす。
すると、どうやって収納していたのか肩幅ほどの直径がある帽子が出てくる。その様は手品でも見ているようだった。
驚いている私を見てアメジアがニヤニヤとしている。
「これ、すごいでしょ、《万能収納》の効果が付与されたポーチでね、任意でものを出したり入れたりできるの」
「スキルって本当に何でもありなんだね」
改めて超常現象を目の当たりにした私は感心する。
「まぁね、私クラスになるとこのくらい朝飯前よ」
アメジアが自慢げな表情で胸を張る。
「おい、まるで自分のスキルみたいな言い草だな」
あきれ顔のレントの横でアメジアはテヘペロって表情をしていた。あの表情をリアルでする人初めて見た。
「《万能収納》は八芒星の勇者様がもたらしたスキルだ。存命だった時に大量に作って下さったものを使わせてもらってる」
「存命ってことはその勇者はもう亡くなってしまったのね」
「様をつけろ様を!」
「ご、ごめんなさい」
すごい気迫に反射で謝罪が出る。彼にとって八芒星の勇者というのはとても尊い存在なのだろう。
「殺されたんだよ。五芒星の勇者に」
馬車が激しく揺れる。
周囲が歪んで見えるほどのレントの怒気に馬が驚いたのだ。
「おい、レント勘弁してくれよ」
「ああ、すまない」
珍しくレントが素直に謝罪した。
「ま、そんな話はいい。今はとりあえず王都に着く前に身なりを整えてくれ」
レントがアメジアにアイコンタクトを取る。
アメジアは手に持っていた帽子を私に手渡すと、首元のひもを緩めながら立ち上がる。右手で左の襟をつかむとバサッと身に着けていたマントを豪快に脱ぎ去る。
「何ぼさっとしてるの、あんたも立ちな。マント付けれないでしょ」
私はそそくさとその場に立ち上がった。
「じゃあ付けるわよ」
マントの左右の襟を持ったアメジアが弧を描くようにして私の頭上へ手を伸ばす。マントが翻ると同時に甘酸っぱい香りをまとった風が鼻をくすぐる。
一拍遅れて勢いを失ったマントが私を食べるように包む。
「じっとしててね、結んであげるから」
真剣な顔つきでひもを結んでくれているアメジアを尻目に、私の視線は自然と下の方に吸い寄せられる。
(私も胸の大きさには自信あったけどさすがにこれには負けるな……)
マントを脱いで露になったアメジアのそれに思わず見とれてしまう。
「はい、これでオッケー。って、ちょ、どこ見てんのよ」
結び終えて顔を上げたアメジアが困惑の表情を見せる。
「あんた、もしかしてそっちなの?」
アメジアが意地悪な表情で私の瞳を見つめる。
「ち、違いますよ……その……きれいな装備だなって思って」
何とか苦し紛れの言い訳を絞り出す。
「ふーん、まあそうゆうことにしといてあげる。あ、ちなみに私はそっちでもウェルカムだからね」
さりげなくウインクをしたアメジアに不覚にもちょっとドキッとした。
「だから違いますって!」
そんなことをしているうちに眼前に立派な城門が現れる。
私は急いで手に持った帽子を深くかぶった。
城門は横幅は馬車が2台余裕をもって通れるほどで、高さは5m程だろうか。さながらトンネルを思わせるような風貌だ。
門に差し掛かるところで馬車がゆっくりと動きを止める。
「安保隊のものだ、ウェルタ村への郵便の任務を完了して帰還した」
門の守衛のような人にザックが報告をする。
「ご苦労、一週間前に出発したレント一行だな――
――うん? 出発時と人数が異なっているようだが」
守衛は手に持っているリストのレントたちの情報が載っているページを表にしてザックに突き付ける。書面の人数の部分が赤く発光している。おそらく守衛のスキルなのだろう。
「ああ、途中メデューの森で魔物に襲われているところを保護したんだ」
ザックに変わりレントが返答した。
爽やかな顔をしたレントとは裏腹にザックが顔をしかめる。
「メデューの森で魔物に襲われるだと。あの森には危険な魔物は生息していないはずだが一体何があったんだ?」
守衛が神妙な顔つきで問いかける。
「あ、ああ、ファントムウルフだよ。群れからはぐれた個体がメデューの森に迷い込んだんだろう。俺たちで討伐したから問題ない」
何とかザックがフォローを入れる。一方レントは自分の発言の迂闊さに気づいたのかそわそわしている。
「いや、しかしファントムウルフが単独で行動するなんて数えるほどしか事例がないぞ」
「おい、俺を誰だと思ってる。狼狩りとまで言われたザックだぞ。ファントムウルフについては誰よりも詳しい自信がある」
そう言ってザックは身に着けたベストをアピールする。
「まあ、確かに一理あるな。ともあれ、このことは上に報告させてもらう。安保隊の事務所でもしっかり報告するんだぞ」
「ああ、分かってるよ」
そういうと守衛は荷台へと上がってくる。
「嬢ちゃん身分証見せてくれるかい?」
私の前で足を止めた守衛が優しい口調で私に問いかける。
「え、あの……」
(やばい、どうしようなんも考えてない)
冷汗が首筋を伝う。
「その娘、魔物に襲われて記憶と荷物なくしちゃったみたいなの」
アメジアが助け舟を出してくれる。
「そりゃ、困ったな。最低限名前とレベルは控えないといかんのだが」
「そぉれなら俺の《鑑定》で調査済みだ」
さっきの発言で相当動揺していたのか、レントは話出しで盛大に噛んでしまう。
「……そうか、《鑑定》が使えるんだな」
何とか笑いをこらえる守衛を見て私も笑いそうになる。ちなみにアメジアは守衛の死角で声を出さずに爆笑している。
「ああ、そいつはキョーカ=ハナザワ、レベルは20だ」
「なんと、まるで勇者様のような名前じゃないか。しかもレベルが20もあるとは」
「ああ、多分勇者信者だったんだろう。敬虔な信者は自分の名前を勇者様に寄せることもあるらしい。レベルの方も勇者様に憧れて特訓したとかじゃないか」
爽やかな顔と裏腹に声は若干震えていた。
「いや、しかし、《鑑定》が使えるんだったら元の名前もわかるんじゃないのか」
「俺の《鑑定》じゃレベルを見るまでが限界なんだよ」
レントの声色がいつも通りに戻った。
「ああ、それは失礼した。まあ、ひとまず通行を許可しよう。できれば明日、聖堂で身分証を作っていただけると助かる」
そう言うと守衛はレントのもとに歩み寄る。
「ここにサインを頼む」
守衛はレントにペンを渡すとリストの署名欄を指さした。
「ああ、分かった」
さっきのやり取りで緊張していたのか、ちらっと見えた署名の字はガタガタに震えていた。
守衛は署名した紙の右上を手前に折り返して目印をつけるとリストを閉じた。
守衛が荷台を降りたことを確認してザックが手綱を引く。
私はゆっくりと歩を進める馬車の上で王都とはどのような場所なのかひっそり期待を寄せていた。
魔物紹介
*ファントムウルフ
狼が魔素を浴びて変異した魔物。
主食は森にすむ生き物全般。
足音は無音に等しく、移動も非常に俊敏である。
狩りを行う際はスキルにより体毛の屈折率を変化させ、周囲の景色に溶け込みながら攻撃を仕掛ける。
4~10匹で群を組んでいることが多く、狩りの対象にされた場合、生存率はほぼゼロである。