05_王都への道中
新たな試みとして地図を作成しました。
文末に掲載しています。
物語の進行に合わせて徐々に全容が明らかになっていきます。
馬車がガラガラと音を立て大自然の中を移動する。
荷台は進行方向に対して左右に向かい合うように席が配置されている。
向かい合わせで互いの背後を警戒するためだ。
私の左にはエマが座っており、対面にはレント、左前にはアメジアが座っている。
右を向けば退屈そうな顔をしたザックが手綱を握っている。
「そういえば、なんであんな大量のスライムサッカーに囲まれてたの?」
アメジアが不意に問いかける。
「あの虫ってスライムサッカーっていうんですね」
「そうよ、普段は木の上で樹液を吸ってるだけの無害な魔物なんだけど」
「そうなんですね――」
「こら、敬語!」
私はアメジアからちょくちょく敬語を指摘されながら森の中で起きた顛末を説明した。
「あんたが言ってるもきゅもきゅしたやつって多分スライムのことね。きっとスライムの集団があなたを襲おうとしていたところを、逆にスライムサッカーが襲ったってとこかしら」
「スライムが私を襲う?」
「そうよ、スライムは繁殖期になると食欲旺盛になって植物だけじゃなくて動物も食べるようになるの。あんた、スライムサッカーがスライムを食べつくしてなかったら今頃スライムにドロドロに溶かされてたんじゃないの?」
アメジアは冗談のテンションで笑いながら言っていたが、私は内心恐怖していた。
「魔物って見た目によらないんだね」
苦笑いしながら返答する。
「あんたね、今時小学生でも魔物の生態の勉強をしてるのよ。王都に着いたら魔物図鑑買ってあげるから勉強しな」
「う、うん。ありがと」
この世界にも小学校ってあるの?という疑問が浮かぶと同時に、勇者が8年ごとに転生しているなら向こうの世界の文化がこちらの世界に入ってきていてもおかしくないかと勝手に納得した。
しばらくの沈黙の後、私から切り出す。
「あの、私、森の中で目覚める前の記憶が混濁してて……よかったらいろいろ教えてほしいんだけどいいかな?」
一か八か私は記憶が混濁していることにしてこの世界について聞いてみることにした。
「あんた、もしかして変なキノコでも食べたんじゃない? エマちゃん見てあげて」
「は、はい!」
アメジアから急に振られてびっくりしたのかエマの声が裏返っていた。
エマがこちらを向いて両手を掲げる。
「《検診》」
エマの胸元が光ると同時に全身がじんわりと暖かくなる。
「特に異常はありませんでした」
エマが診察の結果をアメジアに報告する。
「こりゃ、真正の記憶喪失ってことか、かわいそうに」
「別に珍しいことじゃないだろ、病院に行きゃ魔物に襲われて記憶をなくしたヤツなんざごまんといるぜ。四肢を食いちぎられた奴も居るってんだから、むしろ記憶だけでよかったと思うべきだ」
とりあえず、記憶喪失設定は受け入れてもらえたが、改めてこの世界の過酷さを知らされる。
場の落ち着きを待ってから私は気になっていることを聞くことにした。
「じゃあ最初に、スキルって何?」
「え?ああ、スキルってのは人間の第六感である『イメージを実体化する力』の総称だ。さっきエマが使ってた《検診》やアメジアが魔物を追い払うときに使った《氷晶爆発》がスキルだな」
レントは一瞬「え?そんなことも知らないの?」って顔をしたが、あきらめ顔で説明を始める。
「スキルってどうやって身に着けるの?」
「すべては本人がイメージできるかにかかっている。こういう技をやりたいと思って実際にできればそれがスキルになる」
「じゃあ、イメージさえできればどんなスキルでも習得できるってこと?」
「まあそうなるな。ただ、考え方や育った環境によって習得しやすいスキルは変わってくる。俺の場合は剣士の家系の生まれだから剣にまつわるスキルの習得は早かったが、アメジアみたいに氷を出したりなんてものは今でも習得できる気がしねえ。逆も然りだ」
「なるほど……ちなみにスキルって無限に使えたりするの?」
「まあ、体力が続く限りだな。スキルは使用するたびに体力を削られる。そのスキルが強力であるほど削られる体力は多くなる。だから皆、基礎レベルとスキルレベルを上げるわけさ」
「レベルって?」
「なんかここまで何も知らないと調子狂うな。レベルってのは大きく2つある。一つは基礎レベル。これは走ったり稽古したり魔物を倒したりで上がっていくもので、レベルに比例して身体能力と体力が上がる。で、二つ目のスキルレベル。これはスキルの使用回数や理解度によって上昇する。レベルが高いほど威力や規模が大きくなって消費体力が少なくなる」
「なるほど」
ミューゼ様が言っていた「努力ですべてが覆る」「努力が裏切ることはない」という言葉の意味がどういうことか理解できた気がする。
「もう一種類あるでしょ」
アメジアがあきれ顔で指摘する。
「確かに基本はさっきの二つなんだけど、それ以外に武具レベルってのが存在するの。魔物の素材で作られたもの限定なんだけど、武器や防具を使い込んでいくことでレベルが上がって、いずれは素材になった魔物のスキルを使えたりするの。私の杖や装備も魔物の素材でできてるからいつかスキルが使えるようになるはずよ」
改めてアメジアの装備を見て、ふと疑問に思う。
「あの、ものすごく露出が多いと思うんだけど大丈夫なの? 攻撃されるとケガしちゃわない?」
「ああ、それなら問題ないわ。さっきレントが説明してたけど基礎レベルを上げることで防御力も上がるの。武器や防具って自分のレベル以下のものしか扱えないから、自分のほうが硬かったりするのよ。それに、見た目にもこだわりたいじゃん」
レベルという概念があるだけで地球の常識は通用しなくなるんだと感心した。
異世界特有の疑問が解消したところで素朴な疑問が脳裏をよぎる。
「あ、そういえば皆ってなんの集まりなの?」
「俺たちは安全保持隊。通称”安保隊”だ」
「安保隊?」
「安保隊は6年前に各国が連携して設立した組織で、8年前に突如現れ始めた魔物から人民を守るための組織だ」
「立派な仕事なんですね」
「立派か、よく言うぜ――安保隊は強制だよ」
「強制?」
「事の始まりは8年前に転生してきた八芒星の勇者のスキル《情報転写》だ。これによって王都では自分のレベルやスキルを転写した個人カードの発行が義務付けられた。当初は学校や病院での有効活用が目的と言っていたが、結局のところ一定のレベル以上で戦線に必要なスキルを持っている奴を安保隊として徴収するための制度ってわけさ」
私は黙って説明を聞く。
「じゃあ、今日も何か安保隊としての活動をした帰りってこと?」
「ああ、3日前にウェルタ村への郵便物受け渡しをしてきた帰りだ」
「み、3日も移動してるってこと!?」
あまりの移動時間に私は驚いた。
「そんな不思議がることかよ、まだ近いほうじゃないか」
「そ、そうなんだ」
改めてこの世界が今まで過ごしてきた世界とは違うのだと感じさせられる。
「今回は比較的安全で簡単な任務さ。装備を見ればわかると思うが魔物との戦闘を伴う任務のほうが圧倒的に多い」
「そういえば、魔物について詳しく教えてほしいんだけど」
「それはさっきアメジアが図鑑買うって言ってなかったか?」
「うん、そうなんだけど。そもそも魔物ってどんな存在なんだろうって気になってて……」
「それなら私が答えてあげる!」
レントが口を開く前にアメジアが割り込んでくる。
「魔物ってもとはただの動植物なの。彼らが生活する中で魔素を吸収して、一定量を超えると魔物に変異するの」
「魔素?」
「魔素ってのは便宜上の呼び名。正体はわからないけど確かにそこにある。的な」
地球で言うダークマター的なものなのだろうと理解した。
「で、魔物にもレベルが存在するの。同じ魔物でも長く生きてたり多くの魔素を吸収したりするとレベルが上がるっぽくて、大量に魔素を吸収した魔物は超変異しちゃうの」
「超変異?」
「元の魔物とは比べ物にならない力を持っていて、強力な固有スキルを持つの。早めに討伐できれば問題ない、というかスキルも素材も取れてうれしいぐらいなんだけど、放置するとやばいの」
アメジアがまるで怪談を話すような顔つきになる
「超変異種も普通の魔物と同じくレベルが上がり続けて、しまいには周囲の環境を自分好みに作り替えるの。これをダンジョンって呼んでるわ」
「ダンジョンですか……ちなみにそこまで強力になった魔物って倒せるんですか?」
「一応討伐はできるみたいだけど、今のところ五芒星の勇者によるものだけだわ」
ということは、少なくとも勇者はダンジョン化した魔物よりも強いということになる。
勇者討伐の目標がいかに高いことか、レベルを上げることの大変さを知らない今は測ることはできないが、果てしないことなのであろうことは察することができた。
一通り聞きたいことが聞けたところで左腕に重みがかかる。
左側を向いてみるとエマが寝息を立てていた。
「ふぁ~、俺も眠くなってきた。アメジア膝枕頼む」
「嫌よ気持ち悪い」
どうやら前日の野宿でちゃんと休めなかったらしい。
そこからしばらく、私はガラガラとなる馬車の音をBGMに説明された内容を反芻していた。
世界地図
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魔物紹介
*スライム
スライムは単細胞生物が魔素を吸収し変異した魔物である。
主食は植物全般で体内に葉緑素を取り込み光合成をおこなう。
体内には核と呼ばれる赤い球体があり、ここを破壊されると体を維持できなくなる。
繁殖期には集団で狩りを行うこともあり、獲物をおびき寄せて物量で袋叩きにする。