向かうは地獄
なんでもありな方のみお読み下さい。
⚠︎︎人が死んでます。
⚠︎︎男キャラがキモイです
pixivにも投稿してます。
「え、なんで私がいるの?」
目の前に横たわっているのは私。自分でもよく分からない。でも、確かにいるのだ。
頭からだらだらと血を流し、脚の関節は本来曲がらないところから折れていて、目は半開きだ。
私は首を振り、辺りを確認した。
視界に映ったのは、顔面蒼白な佳衣と、口を開けたまま固まった沙耶香、顔を引き攣らせて絶句する禀、私の友人達だった。
次に下を見た。そこでやっと、私は死んだのだと理解した。
自分の下半身はなくて、なんだかもやもやと湯気のようになっている。私は自分に触れようとしたが、スカりと空気を掴むことしかできなかった。
現実味がなくて信じられない。
友人に話しかけたが反応はない。
物を掴もうとしたがやっぱり透けてしまう。
そうなると、私は幽霊になったことを認めるしかなかった。
よく、未練があると幽霊になると言うが、私に未練はあっただろうか。
未練というか、心配事ならあるにはある。両親には悪いことをしたなと思うし、同棲してる恋人にも謝罪したい。
私の恋人荻窪真也には、再会したら一生外に出して貰えないなと苦笑した。まぁ、もう会話をすることも不可能だろうけど。
付き合いは私からの告白で始まった。黒い短髪に高身長、その姿に私が一目惚れしたのだ。
来る者拒まず去るもの追わずと言われていた真也は、次第に、私に確かな好意を示してくるようになった。毎日数十回の好きを伝えてきて、外出したときは必ず迎えに来る。少しそばを離れると、寂しいと口にして、しつこいくらいに抱きしめてきた。
世間一般で言う重い人に彼は分類されるだろう。
私はそれに煩わしさを感じたことはない。いや、全くないと言われれば、怪しいが。とにかく、私もそれなりに彼を好きなので許容できた。
物思いにふけっている私の耳に、サイレンの音が鳴り響く。赤いライトを光らせながら救急車がやってきた。
私の体を確認した後、すぐに担架にのせられ運ばれる。
既に死体になっていることは、私がこうして幽霊になっていることが何よりの証拠だろう。ただその事実は、今は私しか知らないだろうけど。
数分経った後、今度はパトカーがやってきた。
車からおりた警察は、呆然と立ち尽くす三人の友人に質問をし始めた。
「事故発生時の状態についてお伺いしてもよろしいですか?」
「え……あ、はい」
か細い声で禀が口を開き、ポツポツと話し始める。
「みんなでお茶し終わって、舞香が……あ、運ばれた子が、「私彼氏に迎えに来てもらうから、ここで別れる」って言ったんです。だから、ばいばいって言って……それで、舞香が、歩いて行った後、角から、その車が飛び出してきて……それで……舞香がっ……」
嗚咽を漏らし口を閉ざした友人に、いたたまれなくなった私は、顔を逸らした。
私の視線の先には飛び込んできた車があった。運転手の顔色は悪かった。ハンドルを握ったまま、石化されたように動かなくなっている。現実を受け止めたくないのだろう。
私は一瞥し、ため息をついたあと、その場から去ることにした。
***
――「俺以外と遊びに行くのやめて」
過去、真也に言われたセリフ。完全になくすなんて無理だよと答えれば、真也は口をへの字に曲げた。
交際当初なんて、自由にしていいよと言われ、本当に私のことが好きなのかと疑ったくらいなのに。最近は逆に縛りつけようとしてくる。
私を後ろから抱き、ぐりぐりと背中に額をこすりながら、真也は食い下がる。
結局、真也が毎回迎えにくるという条件で了承してもらえた。
私が事故にあったと知ったらどうするだろうか。
浮遊したまま、向かった先は、真也と暮らしてる家。
私が家をでる前、真也からは帰る時に連絡して、と言われた。
私が友人と別れたのは20時頃なので、真也は仕事を終えて家に着き、夜ご飯を作ってるところだろう。
幽霊の私は、物や人に触れられないし、温度も感じない、疲労感も空腹感もなかった。
移動の際も壁を通り抜けられるので近道ができる。
事故が起きた場所から家まではそう遠くなかったので、すぐに到着した。
玄関から入り、リビングに進む。近づくにつれ、カチャカチャと音が大きくなる。
私はさらに進みテーブルを見た。
用意されているお皿にのっていたのは、私の好きなオムライスだった。昨日リクエストしたことを思い出し、途端に罪悪感が湧く。カトラリーに手を伸ばしたけれど、もちろん触れるはずはなかった。
「よし」
いきなり発せらた言葉にびくりとして顔を上げる。満足気な顔をした真也が両手を腰にあてていた。付けていたエプロンを取り、テーブルの上に置いてあったスマホを手にしている。
「飯できたけど……舞香の連絡ないな」
ボソリと喋る真也に、私は反射的にごめんと答えていた。届くはずもなくて唇を噛む。
目の前にいる私の彼氏は、眉根を寄せたままスマホを耳に当てた。電話相手は私だろうけど、残念ながら出られない。
真也が電話を切ってはかけ直してを繰り返したあと、バンという衝撃音が響く。
「なんで出ねぇんだよ……」
スマホを叩き付けたのだ。声色は怒っている時のものだった。頭を手で擦り、気持ちを落ち着かせようとしているのが見て分かる。
私が以前電話に出なかった時、真也にこっぴどく怒られ「本当は外に出すのも嫌なんだよ、今度電話出なかったら閉じ込めるからな」と脅された。
あの時はさすがにびっくりしたなぁと思い返す。
真也は再びスマホを手に持ち、指を動かしていた。多分メールだ。私の返信が遅かったりすると100件近いメールがくるから、今回も同じように連発してるのだろう。
「既読もつかねぇし」
真也はそわそわと歩き始めた。私は、眉を下げてそれを眺めるしかできない。
真也がリビングから寝室へ移動したので、私も疑問に思いながらついていく。
共用で使っているクローゼットを開け、なぜか私の服を漁り始めた。
唖然としている私の前で、真也は私がよく着ているTシャツと下着を数枚引っ張り出した。
そして、鼻に近づけ、軽く口に含んだ。
「え……」
思わず出た私の声は聞こえていない。真也は夢中で顔を埋めていた。ちらりと除く頬はうっすらと赤い。
「舞香、舞香、舞香、あー……舞香の匂いがする。落ち着く。……なんで連絡とれねぇんだよ……」
くぐもった声はひたすら私の名前を呼んでいる。もしかして、今まで気づかなかっただけで、こうして嗅がれていたのだろうか。開いた口が塞がらない。
「……足りない、舞香が足りない」
機械のような無機質な音が聞こえてくる。
真也は手に持っていた服を手放した後、頭を下着の入っている引き出しに突っ込んだ。
「え、えぇ……」
さすがに引いた。
思っていた以上に、真也は私に依存していたのでは、という考えが出てきたが、恐ろしくなって忘れる事にした。
何分経ったか分からないが、長い時間が過ぎた。真也はずっと顔を埋めている。
どういう状況なの?と困惑していると、ムクリといきなり起き上がった。
「ダメだ、繋いどかないと……GPS……忘れてた」
真也はよく分からないことを言いながら、放り投げられていたスマホを手に取り操作し始めた。「まだ動いてない……なんでだよ」と独り言を零しながら立ち上がった瞬間、プルルルルルと無機質な音が、部屋に響き渡った。
真也はすぐに通話ボタンを押したが、私はそれを見ながら、あ、と悟った。
「舞香!……のお母さん……あ、はい……ご無沙汰してます……え、舞香ですか? 友人と遊びに行って帰ってこなくて、今から迎えに行こうと――」
真也の口からヒュっという音が漏れた。続いて、歪に口角をあげながら「うそ、ですよね?」と言った。
「え、あ、いやでも、朝は笑って、真也って名前も呼んでくれて……え、だって、俺に連絡するって約束してて……それに、まだ目的地にいるってなってて……舞香が、死んだとか、嘘ですよね」
立ったまま動かない真也の瞳からはハイライトが消えていく。私の胸はギュッと痛いくらい締め付けられた。
「はは、遺体と、対面……ですか」
真也の様子を見た私は、いっそのこと私の全てを忘れてくれたらいいのにと願った。
真也の頬から水滴が滴り落ちるのを見ていられなかった。
ゴトッと床が微かに揺れた。
真也は、ゆっくりとまるでゾンビのような動きでリビングへ向かう。
そのままテレビ下の棚からアルバムを取った。ぺらりぺらりとめくり、写真を1枚1枚取り出して私だけを破り取る。それを壁に貼った。
私は両手で顔を押さえた。
「舞香は生きてるよな、ほらだって、こんなに可愛い、舞香……好きだ……舞香、好きだ」
真也は、1枚増える度に舞香と口にし、1枚増える度に好きだと口にした。
アルバムの写真が半分ほど減った時、真也はゆらりと体を立ち上がらせ外へと向かった。手には車の鍵が握られている。
向かう先が私には自然と理解できた。さっきの電話で話してた内容を考えると、私の遺体と会うのだろう。だとしたら病院だ。友人とお茶した場所から近い病院は1つしかないので、詳しい目的地もすぐにわかった。
真也の後に続いて家から出る。
フラフラしている真也を見ていると、事故を起こすんじゃないかと気が気でない。二の舞にはならないでほしい。
真也がエンジンをかけ、私も乗り込んだつもりだったが、車は私を置いて発進してしまった。そういえば幽霊だったと思い出す。触れないんだから、乗ることも無理じゃないかとため息をついた。
仕方がないので私は自分で目的地に向かうことにした。
様子のおかしな真也を1人にすることが私には出来なかった。
***
徒歩と比べると浮遊状態の私は圧倒的に速い、けれど車と比べると遅いので、病院に着くのに少しだけ時間がかかってしまった。
真也はどこだろうと壁を通り抜けながら探す。なかなか見つからず、もしかして場所を間違えたのと冷や汗をかいた時、人が争ってるような声が聞こえた。
訝しみながら私は近づく。
「俺が!舞香の事を引き取るんだよ!」
発生源が真也だと分かり、私は息を呑んだ。
「ですから、ご遺体は、親族の方のお取引しか許可されてません」
「舞香とは、結婚するはずだったんだ、そしたら夫になる、家族なんだから、引き取れるだろ!」
「……ですから」
目元を赤くしながら喚く真也に、医者は疲弊した顔をしている。
どうやら真也の奇行は、今始まった訳では無いらしい。
既に十分驚愕する出来事なのだが、真也はさらに動き出した。
「……っ!遺体に、触れないでください」
医者の、悲鳴とも取れる叫びと同時に私も目を剥く。
真也は、私の遺体にカバりと覆いかぶさった。お腹の位置に顔を埋めて微動だにしない。医者に引っ張られているがそれでも抵抗している。
付き合い初めてから、真也がやばい方向に進んでる気がすると思ったが、どうやらあっていたらしい。
よく分からない感情にあたふたしている私の前では、未だに攻防が繰り広げられている。
医者は1人では無理だと思ったのか、応援を呼んだようで、気づいたら真也は、3人がかりで引き剥がされていた。そしてズルズルと病院外へ運ばれていく。
私はそれをなんとも言えない気持ちで見つめた。
***
病院の1件から、家に戻った真也は引きこもり始めた。
今日で1週間になる。真也の目は死んだ魚のようになっているし濃い隈ができていた。
私と暮らしていた時は、真也から進んで掃除をしていたのに、今はペットボトルやティッシュや何やらが散乱してて床が見えないくらい汚れている。
ビリビリと切り取った私の写真が壁、天井、トイレに洗面台、台所と隙間がないくらいに貼られていた。
私が使った汚物が保管されてたことも、真也が引きこもってから分かった事実だった。
ドン引きの連続なのだが、全て自分のせいだと思うと、好きとか嫌いとかどころじゃなかった。なんかごめんとしか言えない。早く私のことを忘れて幸せになってくれと、祈ることしかできない。
というか、私はいったいどうしたら成仏できるのか。死んでも悩みを抱えるなんて。
部屋の隅でボーッとしていると、布団にくるまっていた真也がモゾりと動いた。綺麗だった短髪は、ボサボサと毛先が四方にはねている。
「――のう」
微かな声が聞こえ耳をすませる。
「なんで舞香がいないのに生きてんだろ、死の」
冷めきった真也の表情に私の体はブルりと震えた。温度なんて感じないはずなのに寒く感じた。
どうにかして彼を止めたい。後を追おうとするほどの価値なんて私にはないのに。
けれど、幽霊の私にできることなど思いつかなかった。
「……あぁそういえば」
再び口を開いた真也を見ると、台所へ向かおうとしてる。
本気で自殺するつもりかと、私は慌てて追いかけた。
「舞香を殺したやつを、ちゃんと殺さないと」
引き出しから取り出した包丁を持って真也が呟いた。私は言葉を失い、ほぼ無意識に真也を包むように抱きしめた。
けれどやっぱり透けてしまう。
何も出来ない自分に泣きそうになった瞬間。
ガンと音が響いた。
「舞香……?」
急に名前を呼ばれ目を見開く。
「いるよな……舞香」
え、なんでと私が固まってる間にも真也はしゃべり続ける。
「今、舞香の匂いがしたんだ!なぁ、いるんだろ?見えないけど、いるんだよな、俺には分かるよ、そうだよな、死んでないよな、すぐに何とかするからな!」
匂いとはなんだ。
幽霊になっても分かってしまいほど、私は臭いのだろうか。私が真也に触れようとしたのが原因なのか。
真也は絶望の中から救いを見つけたような顔をして、空気中を抱きしめ、私を探している。
その姿は異常者としか言えない。
私はもしかして、さらに彼をおかしくしてしまった?
真也の執着にゾッとして、恐怖を抱いた。いつか本当に何とかしてしまいそうだ。
そして思った。もしかして幽霊になったのは私の未練ではなく、真也の執着という名の未練なのではないかと。
「舞香、ここにいるってこと、俺には分かるよ、だから、俺とこれからも一緒にいような」
人間としての私はこの世にもういない。
けれど彼は私を消してはくれない。
私は彼から逃げたくなった。
神様、天国ってどこにあるんですか、なんでもいいので私を早く成仏させてください。
お読み下さりありがとうございました!