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手ひどい裏切り、根に持つ殺し屋

 霧みたいな雨がまとわりつくように降っていた。

 殺し屋は岩をえぐって作った古い祠のなかで小さな火をおこして手をあぶりながら、ああ、寒い、とぶつぶつこぼした。

 祠は街道から離れた丘の上にあり、この祠に神を祀っていた人びとはもうどこかよそに移住していた。

 だから、誰も来ることがない。

 好都合だ。殺し屋は自分を逃がすことになっている、いわゆる〈逃がし屋〉と落ち合うことになっている。船が用意されていて、殺し屋は大陸に逃がされることになっていた。大陸には想像できないくらい幅の広い道が百本も通っている都市があり、大王に献上される予定だった本当に珍しい動物たちと町から数歩歩いただけで鉢合わせできるらしい。全部を鵜呑みにするつもりはないが、霧雨のなか洞穴でブルブル震えていると、どうしても想像に華点してしまう。

 火が弱まっていた。もう燃やすものがない。何もかもがぐっしょり濡れていた。

 殺し屋は地面に伏せて、そのまま祠の入り口まで進んだ。

 雨脚が少し弱まっていた。雲の裂け目から月光が差し込み、みなとへ続く道が濡れ切った闇のなかにぼんやりと浮かんでいた。

 殺し屋は腹ばいの姿勢のまま、頭を出口に向けながら、ずるずる下がっていった。

 矢が頭のすぐ上を飛び過ぎた。

「大臣のクソッタレ」

 ぶつぶつつぶやき、殺し屋は思い切り息を吸い込んで、叫んだ。

「うわああああ! 痛いよおおお! うわああああん! 死にたくないよおお!」

 そのままずるずる下がりながら、人間の顔面を潰すのに手ごろな石をひとつつかんだ。

 かろうじて残っていた火は蹴飛ばして消した。

「大臣のクズ。チクショー。デブ。あいつならタダで殺す」

 穴の奥からかっきりしない月の光に縁どられたギザギザの入口を見る。

 声がきこえてきた。

「どうせ死んでる」

「首を持ち帰らないと駄目だ」

「この穴、どれくらい深いんだ?」

 影が見えた。茎が乱れた干し草の冠をかぶった頭が見える。

 一歩一歩穴の奥へと入ってくる。その後ろでまた干し草の冠をかぶった頭が生えてきて、そろそろと穴に進んでくる。

 会話をきいた感じでは裏切者のチクショーは三人いるようだが、三人目はこのふたりよりえらいのだろう、外で待っているようだ。

 霧雨に長所があるとすれば、探す側がたいまつを使えないことだ。ふたりの使い走りは剣を抜いて、闇のなかに伸ばし、殺し屋の場所を探ろうとした。

 これは馬鹿のすることだった。剣を前に伸ばした状態で戦いが始まったら、剣を後ろに引いて斬りつけなければいけない。あらかじめ剣を後ろに引いておけば、いきなり斬りつけられる。このわずかな時間が生死の境目で人間を振り分ける。

 剣と短刀では剣が有利だが、それは広い場所でやりあったときの話。

 洞窟のなかでは——、

「ギャッ!」

 剣が壁にぶち当たった。火花が苦悶の表情を暗闇のなかから切り取った。無駄に伸ばした剣の下をくぐるようにして突き出した短刀が裏切者のチクショー壱号のみぞおちを深くえぐったのだ。

 壱号のすぐ後ろについていた裏切者のチクショー弐号は剣の不利を悟り、でたらめに剣を突いて殺し屋をけん制しながら、じりじりと後ろに下がった。

 あらかじめ確保していた石を投げた。

 剣が落ちる澄んだ金音かなおとが響いて、影が顔を手で押さえた。

 壱号の骸から短刀を抜くと、殺し屋は獲物に襲いかかる狼のように前へ飛んだ。

 逆手持ちにした短刀がきらめく。裏切者のチクショー弐号の指が飛び、首で脈打つ血の道を完璧に切り裂いた。

 弐号の体をつかんで、そのまま出口へ押し出すと、飛んできた矢が弐号の背中に刺さった。

 裏切者のチクショー参号は濡れたすすきに足を突っ込み、二の矢を矢筒から取り出そうとしている最中だった。

 盾にして弐号を蹴り外しながら、刃を指で挟んで短刀を投げる。

 断末魔の叫び声がして、裏切者のチクショー参号は弓を取り落とした。

「あ」

 読み間違えた。もうひとりいた。短い槍を持った、裏切者のチクショー四号が。参号の後ろに控えていたのだ。

 四号は足さばきの妙技で蛇のような軌跡を描いて、突いてきた。

 すすきに飛び込んでかわすと、次のひと突きが待っていて、殺し屋は死に物狂いで転がって、浅い穴に落ちた。

 裏切者のチクショー四号が槍の穂に螺旋を描いて、霧を吹きながら、殺し屋の首を狙って、突くのと切るのを半分ずつ混ぜたような攻撃を繰り出した。

 切っ先は殺し屋の目の前で止まった。

 見上げると、裏切者のチクショー四号の首がなくなっている。チクショー四号はそこで膝を曲げて、ぺたんと座り込んだ。

 その後ろ、直剣を振って、刀身の血を霧雨にぬぐわせている髭の男が言った。

「信じるかどうかはまかせる。おれは大臣の舎人じゃない。かといって、大王の舎人でもない」

 思い出した。

 大王を殺したとき、殺し屋を入れた檻を開けた、髭の武人だ。

 あのときは殺し屋ともろに目があったのに、この男は何も言わず、既に外れている錠を外すふりをして、大王殺しを事実上、手伝った。

「どうして、ぼくを助ける?」

「助ける理由はないな」

 髭の武人が手を差し伸べた。

 どのみち、丸腰で相手が殺す気なら防げない。

 殺し屋はその手を取った。

 すると、髭の武人は軽々と殺し屋を引っ張り上げた。

「おれに助ける理由はなくとも、あるお方たちには助ける理由がある」

「あるお方たち? ……ああ、あのお方たち(太子と女王)か」

みなとに船がある。夜明けまでには着けるはずだ」

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