大王殺し
世にも珍しい動物が外国から献上されたということで大王がご覧になることになった。
珍宝がお披露目されるときに使われる、赤い砂をまいた庭に珍しい動物を入れた檻が運び込まれ、渡来人が織った絹の幕で隠された。大王がご覧になるとき、一二の三で幕をのけたほうが興があるだろうという舎人たちの配慮である。
ごわごわした髭の武人が高い音のなる木片をふたつ打ち鳴らした。大王の登場である。
赤い砂の庭の中央に絹に隠れた真四角の檻がある。
大王は沓を履いた。
「何故です、大王?」髭の武人がたずねた。
「近くで見たいのだ」大王が言った。
大王は先日、狩りで殺された大きなイノシシを献上された。イノシシは赤い砂の庭に引き出されず、二番目に珍しい白い砂の庭に置かれた。そのとき、大王はたまたまひどい頭痛に悩まされていて、いらいらしていた。それで、日ごろ、自分をないがしろにしている大臣の名前を挙げて、イノシシの首を刎ねた。大きなイノシシの首を一刀で刎ねるのはたとえ死骸であっても難しい。首がひどく太い人を猪首と呼ぶことには理由があるのだ。だから、大王は剣の名手と言える。
ところが、まわりの舎人たちが大王が大臣の名を出して、イノシシの首を刎ねたことの不吉について、あれこれ言い出した。
「大臣がなんと思われるか、恐ろしゅうございます」
ところが、大王の考えは別の懸念に向いていた。大王は剣の名手である。その彼が死んだ獣の首を刎ねて、得意がっているという噂が流れていないかが気になっていた。
それで間者に噂を集めさせたら、案の定、大王はイノシシの目を笄で突いたとされていた。
大王は我が身の軽率さをなじった。事態は深刻だ。こうなっては生きたイノシシと対決して首を刎ねるくらいのことでは取り返しがつかない。もっとすごい獣の首が必要だ。
そこに珍しい動物の献上である。大王はこの珍獣の首を刎ねることに決めた。外国の獣だから、きっと大きく、恐ろしい獣に違いない。大王はお気に入りの剣を入念に研がせて、赤い砂の庭に臨んだ。
大王は檻から三歩の位置に立つと、髭の武人に命じた。
「幕をくぐって、檻を開けよ」
「しかし、大王。それはあぶのうございます」
「いいから、開けるのだ」檻のなかの獣を斬っても面目躍如とはならないのだ。
髭の武人はしゃがんで、幕の内側に入ると、檻の錠から鉄の棒を引き抜いた。
準備が整うと、大王は左の腰を引いて剣を抜いた。
「幕を外せ」
髭の武人が数歩下がり、舎人たちが幕の裾をつかんで、ひと息に後ろへ引き外した。
ところが、そこには珍獣はおらず、人間がいた。その姿はどう見ても、短い垂髪の少女、または長髪の少年にしか見えなかった。
その一瞬の躊躇が命取りになった。
殺し屋は自分で檻を蹴り開けると、大王の肋の骨のあいだに横に寝かせた短刀を突き刺して、ねじった。
短刀を引き抜くとき、肋骨が折れる乾いた感覚が手のひらに伝わった。
まわりのものは、大王弑逆という、普通に生きていれば考えつかない出来事にぽかんとしていて、そのあいだに殺し屋は庭を囲う塀を飛び越え、二番目に珍しいものを献上される白い砂の庭を駆けて逃げてしまった。