チケットに、やきもきする話
アリーチェは、意味がわからず固まった。
目の前に出された演劇のチェット二枚を見つめ、瞬く。
「アリーチェ、演劇にはあまり興味はなかったか?」
何も言わないアリーチェに、チケットを差し出した男、クーゴはそっと問う。
このチケットの演目は恋愛もので女性に人気だと聞いている。
日頃お世話になっている自覚があるだけに喜んでもらえたらと思ったのだが、当のアリーチェは動かない。
「…………隊長」
やがて、アリーチェの口から低い声が響いたのだった。
騎士団第三番隊の隊長クーゴと、秘書のアリーチェは、巷で有名な二人である。
魔物盗伐を専門とするクーゴは、そののっそりとした熊のような見た目もあり、民衆からマスコット的な人気があった。
そのクーゴを、騎士団主催の感謝祭イベントにかこつけて、まぁまぁ過激な方法で告白までもっていこうとしたのがアリーチェである。
結果として、クーゴはアリーチェの親友であり、定食屋で働くロベリーと付き合うようになったのは、誰もが知るところである。
それまで客から食事などに誘われていたロベリーだったが、感謝祭後は一切なくなったようなので、クーゴとの仲が知れ渡ったのだと安心していたのだ。
あとは、二人仲良くやってくれ、と思っていた最中である。
何故か、演劇のチケット二枚をアリーチェに差し出してきたクーゴはこう言った。
「ロベリーも演劇が好きだと言っていたし、一緒に行ってきたらどうだ」と。
コーヒーを一気に飲み干したアリーチェは、クーゴを見た。
その辺の魔物よりもはるかに鋭い眼差しに、クーゴの肩が跳ねる。
アリーチェは、すぅっと息を吸い込んだ。
「隊長が、行けばいいですよね!」
「え、おお、俺?」
「隊長が、ロベリーを誘えばいいと思います」
何故二枚しかないチケットを、もっと有効活用しないのか。
呆れた様子のアリーチェに、クーゴは「ち、違う!」と声をあげた。
「俺はお前に何かしたくて、だな。その……今演劇が女性に流行っていると聞いたから、それで」
「……隊長。チケット、買ったんですね」
「あ」
漏らしたクーゴは、視線をさまよわせている。
嘘が得意ではない熊は、わざわざアリーチェが受け取れるように「もらった」と嘘をついたのか。
気の使い方がどこかに飛んでいっている。
「でしたら、余計にロベリーを誘ったらどうですか?」
自分で購入したのなら、尚更自分のために使えばいい。
それなのに、相変わらずうっとうしいクーゴは、詰まったようにもぞもぞしている。
「俺は。まだ、アリーチェからもらった植物園のチケットも残っていて、だな」
「まだ行ってなかったんですか!?」
「うぐっ…いや、その」
「先日もロベリーから二人で出かけたと聞いていましたが、どこに行ったんです?」
「え、ああ、あの時は、鍋を買いに……」
「鍋!?」
アリーチェの口から悲鳴のような声が漏れた。
鍋、鍋!?
そう言えば、ロベリーが新しい鍋を買ったと言って、どでかい鍋を見せてくれたような。
野菜は大きめが好きなアリーチェのために、と、底の深い鍋を選んだと言っていた。
一人で運ぶのが大変だったろうと慌てたアリーチェに「運んでもらったから大丈夫」と言っていたが、あれはお店の人ではなくクーゴだったのか!
二人がデートに行くときは、何かの手違いで自宅に戻ってくる可能性もあるので、アリーチェは図書館に行くことにしていた。
そのため、まさか二人で鍋を買いに行っていたとは想像もしていなかった。
いや、しかしである。
「……何で鍋」
「優しいよなぁ、お前のためだろ」
頷きながらしみじみと言うクーゴに、突っ込む気も消えていく。
ロベリーは優しい、優しいことは知っている。
だがそれが、今ここで必要だったのかと言われると、どうにも言葉が出ない。
頭を振ったアリーチェは、きっと視線を向けた。
「それはデートって言わないんですよ。ただの荷物持ちじゃないですか!」
「お、お前、ふふ、二人で買い物だぞ、ででで、でぇとだろ……」
自分で言っておきながら恥ずかしくなったようで、クーゴはもじもじとし始めた。
落ち葉の中の木の実でも探している熊に見え、アリーチェはひきつった。
鍋を買いに行くデート。
それが本当にデートと言うのであれば、あえて問おうではないか。
「……手、握りました?」
「馬鹿言うな! 俺はこうやって、こうやって、鍋を両手でしっかりと抱きかかえていて、そんなことはしてない!」
「いやむしろ、そんなことをしてください」
「鍋だぞ、大きかったんだからな! こう、ここを持ってだな」
「はぁ……」
クーゴによる、謎の鍋を抱えているボーズを見せられ、とても悲しい気持ちになる。
一生懸命鍋を運んだようで、何よりだ。
アリーチェは思考を振り切るように咳をした。
「尚更、改めてデートに誘ったらいいじゃないですか」
植物園のチケットは期限がないが、演劇は別である。
日時が指定されているので、まったなしだ。
「この演目、評判いいですよ。泣く方もいらっしゃるとか」
「お前も興味があるのか?」
「興味はまったくないので、早くロベリーを誘いに行ってください」
正直な気持ちを伝えたにも関わらず、クーゴが固まった。
いちいち面倒だな、とアリーチェは「あのですね」と続けた。
「演劇は嫌いではないです。ただ、恋愛物は眠たくなるので」
「寝るのか、お前!?」
「料金を払っているので精一杯起きていますが、頭のほとんどが寝ています」
クーゴがあんぐりと口を開けている。
それを眺めながら、アリーチェは遠くを見つめた。
だって、仕方がないではないか。
誰が誰を好きで、誰とどうなって等、興味がなさすぎるのだ。
この年になっても好きな人の一人もいないアリーチェは、その辺のことは割り切っている。
やはり、向いていることと向いていないことがあるのだ。
「じゃあ。冒険活劇なら見るのか?」
「恋愛物よりは。ロベリーは、どちらも好きですよ。情緒がとても豊かなので」
アリーチェが眠気に耐えている横でも、劇にのめり込むロベリーだ。
あの素直な心は、アリーチェにはとても眩しい。
「ロベリー、誘ったら喜ぶと思いますよ。本日どうぞ」
「ほ、本日!?」
「仕事終わったら、自宅まで押しかけたらいいじゃないですか」
「夜遅くに、おおお、男がそんな迷惑なことができるか!」
「家主がいいと言っています。うまくいけば、ロベリーの手料理も食べられますよ」
「手料理!?」
「私の帰宅に合わせて夕食を準備してくれるので……何ですか、食べたくないんですか」
「たっ……食べ、たいが、そんな迷惑をかけるわけには」
「すでにもう迷惑ですから、今更です」
大きな体が縮こまって青くなり、赤くなったり白くなったりと忙しい。
カラフルな熊だなー、とアリーチェは目を細めた。
ヘタレ熊さんは、今日もやっぱりヘタレだった。
アリーチェは、恋愛事にこれっぽっちも興味がない。
一応人の心はわかるので「好きだ」「嫌いだ」等は理解できるし、空気も読む。
うまくいくようにと協力を頼まれたら協力するし、うまくいかずに悲しんでいる人がいれば寄り添うことはできる。
ただアドバイスを求められても正論しか返せないので、黙っていることにしている。
そんなアリーチェが自分から動くのは、親友であるロベリーのためだけだ。
「おかえりなさい、アリーチェ」
「ただいま、ロベリー」
アリーチェより帰りの早いロベリーが、玄関まで出迎えてくれる。
小さな部屋とはいえ、このわざわざ玄関まで来てくれる手間を惜しまないロベリーに、なんとしてでも幸せになってほしいのだ。
そう、そのためならアリーチェは面倒な手間も惜しまない。
「どうしたの、アリーチェ」
「実は、隊長が来てるの」
そう言ってドアを開けると、大きな影がもそもそと動いた。
玄関先で邪魔なので早く入れと視線を向けると、何故か震えながら入ってきた。
でかい図体を見たロベリーが、ぱっと顔をほころばせた。
「クーゴ様、こんばんは!」
「ここここっ、こ、こんばんは」
一瞬熊から鶏に変化したのか、と思ったが杞憂のようだった。
二人の邪魔をしないように、と横から奥へと入る。
「良かったらどうぞ、お上がりください」
「そん、なっ…あの、いきなり申し訳ありません」
「お気になさらずに。私こそ、お会いできて嬉しいです」
ふんわりと笑うロベリーが、クーゴの息の根を止めようとしている。
「ぐ」と唸ったクーゴが必死に顔をあげた。
「わわ、私の、方こそ……」
そこで言葉が切れた。
違うだろ!
「お会いできて嬉しいです」まで言え、とロベリーの後ろでアリーチェは顔で合図をする。
だが、自分のことでいっぱいいっぱいなクーゴは、それどころではないようだ。
「今、食事の準備をしていたんですよ。お時間があれば、食べていかれませんか?」
「そそ、そんなご迷惑をおかけするわけには、いきません、ので」
「もしかして、ご予定がおありでしたか? 無理にお誘いして申し訳ありません」
「え!? あ、ち、違います!」
慌てて謝るロベリーの後ろから、殺気が飛んできた。
顔をあげたクーゴの視界に、いまにも襲い掛かってきそうなアリーチェが見えた。
これはヤバい、とクーゴは焦る。
アリーチェに刺される。
「違います! いきなり押しかけてしまいましたのでっ……お手間をとらせてしまうかと思った次第です」
「まぁ、クーゴ様。ありがとうございます」
感激したようなロベリーに、ほっとする。
真後ろに魔物が控えていることなど知らないロベリーが、小首を傾げた。
「ところで本日は、どうされたんですか?」
「え、あ。そ、そうですね」
クーゴがごくりと唾を飲み込んだ時である。
「ロベリー、隊長」
ずかずかと割り込んだ声が、ロベリーの腕を引いた。
クーゴを見上げたアリーチェの瞳に、怒りが見える。
「こんな玄関先で話さないで、中に入ってもらったら?」
「あ、でも。クーゴ様はご予定が……」
「ないの、ないのよロベリー。隊長、時間たっぷりなの」
「ですよね」と視線を向けられ、クーゴはぶんぶんと頷いた。
アリーチェの威圧感が凄いことになっている。
何故隣のロベリーが何事もなく会話ができるのか、不思議なほどだ。
「お入りください、隊長。そのためにわざわざ送ってくださったんですよね? ね?」
「あ。そ、そうだな……」
「夕食もぜひ。お時間ありますよね?」
有無を言わせぬアリーチェに、クーゴは小さく頷いた。
ぱっと「準備するわね」と戻っていってしまったロベリーには助けてもらえそうになく、アリーチェの二人である。
じとりと視線を向けるアリーチェが「隊長」と嘆く。
「何のために、私が隊長との二人での帰宅を我慢したと思っているんですか!」
「我慢!?」
衝撃的な言葉が飛び出した。
クーゴがロベリーに用事があるのなら、一緒に住むアリーチェと向かうのが自然だろう。
わかっているからこそ二人で帰宅したのである。
アリーチェは止まらない。
「私が好きで二人で帰宅したとでも?」
「違う! そんな俺と二人が嫌だったとは知らなかったんだ……」
「ぐちゃぐちゃと誘いの文言を悩む独り言を聞かされて、いい加減に殴りたかったです」
「そっちかよ!」
職場からアリーチェの家まではたいした距離はない。
とはいえ、その間クーゴとの会話は非常に苦痛なものだった。
この日、そもそもロベリーは予定が空いているのか。
先に演劇に興味があるか確認してから誘う方が、スムーズかもしれんな。
いや、それだとワザとらしいか。
チケットをもらったから、というのも……嘘っぽいかもしれんな。
アリーチェ、どっちの方がいいと思う?
どう思う?
どうも思わんわ!
チケットを出して「一緒に行こう」で終わりだわ!
大体、そもそもチケットはもらったのではなく、買ったんだろ!
等と心のまま叫ばず「はぁ」で返事を返したことを、褒めてほしいぐらいだ。
実りのない戯言ばかり聞かされた耳が限界で、頭の中は暴言の嵐である。
アリーチェは、すっかりと据わった目でクーゴを見上げた。
「公衆の面前で晒されたくなかったら、早く誘ってください」
「あ、あぁ」
「今度はヘタレニワトリとして、名前を広めますよ」
「わかった!」
これは本当にマズイ、とクーゴは背筋を伸ばした。
アリーチェは、本気だ。
そんな不名誉な称号を他の騎士や民衆に知られるわけにはいかない。
ぐっと前を向いたクーゴを見て、アリーチェは肩の力を抜いた。
最初から、そうしておけばいいのだ。
食事は謎の空気の中で始まった。
クーゴと一緒に買いにいったという大きな鍋で作ったのは、アツアツのポトフだ。
アリーチェ好みの大きな野菜がたっぷり入っている。
ほくほくとしたポトフに、アリーチェの頬が緩む。
「おいしい」
「嬉しい! 大きなお鍋のおかげなのよ」
あ、鍋ね。
ちらりとクーゴを見ると、幸せそうにポトフを食べていた。
体は大きいが食事マナーは綺麗で、穏やかな熊である。
「大きなお鍋だから、ポトフもたくさん作ったの。たくさん食べてくださいね」
「ありがとうございます」
クーゴが頭を下げる。
アリーチェは熊の食欲を知らないのでわからないが、あまりにおかわりをするようだったら足を蹴り上げようと決めた。
「それで。クーゴ様はご用事があったのではありませんか?」
食事の最中、ロベリーが口を開いた。
んぐ、と鈍い音がクーゴの喉から聞こえたが、大丈夫だろうか。
死なれては困るので、そっとコップをクーゴの席へと押し込んでおく。
「ああ、あの。えっと、その」
おいしい料理を堪能していたところに忘れていた現実が顔を出してきて、頭が回っていないらしい。
アワアワと口を開いたクーゴだったが、ぴくりと肩を揺らした。
「クーゴ様?」
「あぁ、いえ。何でもありません」
瞬くロベリーに笑いかけて、さっとアリーチェを睨んだ。
クーゴの足を踏みつけたアリーチェは、にこにことウインナーを食べている。
だがその笑っていない瞳には「やれ。でなければ、もう一発かます」と思いっきり書いてある。
クーゴはスプーンを持つ右手に力を込めた。
「えぇ、あの。実は、演劇のチケットをもらいまして……」
「そうなんですね」
「よ、良ければ、皆さんでご一緒にどうかと思っているのですが」
よくぞ言った!
そう、それでいいんだよ!
と、飛び上がりそうなアリーチェだったが「ん?」と動きを止めた。
熊さん、今何と言った?
頭が湧いたせいで、言い間違いをしたのだろうか。
今「皆さんで」と、言ってなかったか?
クーゴが胸ポケットをごそごそと漁って、チケットを取り出した。
「冒険活劇なんですが、チケットが三枚ありまして」
「はぁぁ!?」
がたり、とアリーチェが立ち上がる。
驚きで目が真ん丸である。
この熊、ついにおかしくなったのか。
ロベリーは不思議そうにアリーチェを見ている。
「どうしたの、アリーチェ、何か入ってた?」
「う、や、な、何でもないの」
唇を震わせながら椅子に座り、唖然とクーゴを見た。
知らぬ顔をした熊は、チケットを三枚見せている。
アリーチェは、まじまじとその三枚のチケットを見る。
どこから出てきた、それは!
「隊長! 違いますよね! 今流行りの泣けるヤツですよね!」
「何のことだ、知らん」
しれっとしている熊の足の脛を、力の限り蹴り飛ばしたくなった。
そっちのチケットも持っていたなんて、聞いてない。
アリーチェは慌てて首を振る。
「二人で行ったら? 私はお邪魔だと思うし」
「アリーチェは、冒険活劇は好きだと言っていただろう。いつもお世話になっているから、お礼をしたいと思ってもらってきたんだが」
「そんなこと、いつ言いました!?」
思わず叫ぶ。
冒険活劇が好きだなんて、言った覚えはない。
恋愛が題材になっている物よりは起きていられるだけで、喜んで張り切って見るほどではない。
完全に表情が強張っているアリーチェを見ながら、ロベリーがくすくすと笑いだした。
「アリーチェ、お礼なんだって」
「お礼? どこが!?」
嫌がらせの間違いだ、と内心舌打ちである。
笑いながら、ロベリーはクーゴからチケットを二枚受け取った。
「はい、アリーチェの分」
「……えぇ?」
「お礼は受け取ったほうがいいわよ、アリーチェ」
お礼は受け取りたい、純粋なお礼であれば。
だが視線を向けたクーゴは、違和感しかない笑顔を見せているので嫌がらせ決定だ。
やはりあれか。
ヘタレと言いすぎたか。
「この演目見たことないです。楽しみですね」
心から楽しみにしているロベリーを見ながら、アリーチェも必死で笑顔を作った。
このまま三人で演劇を見に行くなんて、冗談ではない。
いやでもまだ、時間はある。
予定を入れるか。
体調を崩してしまうか。
最悪、チケットを無くしてしまうか。
手はある、とアリーチェはぎりぎりと拳を握った。
しかしまずは、この熊をしばき倒さねば。
「そういえば隊長。別の演目のチケットもお持ちでしたよね?」
「え」
いきなり飛んできたミサイルに、クーゴが動きを止めた。
にっこりと笑ったアリーチェは「ほら」と追撃する。
「今流行りの泣けるヤツですよ。チケットを二枚お持ちでしたよね」
「い、いやっ…それは」
「良かったら、ロベリーと一緒に行ってきたらどうです?」
「あ、え?」
「ロベリー、ああいう演目好きだもの。ね、ロベリー」
話を振られたロベリーは「えーと」と二人の顔を見比べた。
にこにこ笑うアリーチェと、アリーチェの言葉に若干そわそわしているクーゴ。
ロベリーが眉を下げる。
「ご迷惑をおかけしてはダメよ、アリーチェ」
「隊長、迷惑なんですか?」
反射的にアリーチェはクーゴを見た。
返答次第では、今すぐ部屋から叩き出してやろうと決める。
クーゴはもしょもしょと口を動かす。
「迷惑、では。ないです……」
「ほら、ロベリー」
「アリーチェ、どうしたの。クーゴ様を困らせているみたいに見えるわ」
どうしたの、ではない。
この熊から何が何でも演劇のチケットを二枚引き出してやらねば、気が済まない。
人の好意を無駄にしたこのヘタレキングを、許す気はない。
この野郎が困ろうが、アリーチェには一切全く、これっぽっちも関係ないのだ。
「隊長。どうされるんです?」
じっと見つめると、クーゴがふるふると震えだした。
ここまで来て動かないならば、明日からは「ヘタレキング(ニワトリ)」と呼んでやる。
念を込めて見つめ続けると、クーゴが胸ポケットから何かを取り出した。
「二枚、あります……」
何ともしょぼくれた声である。
ぱちぱちとロベリーが瞬く。
「そう、なんですね?」
それでは伝わらない、伝わらないよー!
一緒に行こうと言わないと、わからないよー!
言葉が足りないクーゴに、アリーチェの苛立ちだけが募る。
駄目だこの野郎、ヘタレすぎる。
よしもう一発蹴ろうと決めたときだった。
「ご一緒にいかがですか?」
しっかりとした声が響いた。
驚くほどはっきりと聞こえ、アリーチェは息を飲む。
クーゴがロベリーを見つめたまま、チケットを差し出していた。
動きを止め、息を潜めて成り行きを見守るアリーチェの前で、ロベリーの手が伸びた。
「嬉しいです」
少しだけ頬を染めたロベリーが、チケットを抱きしめた。
それがあまりにも可愛かったから、アリーチェは力を抜いた。
ロベリーが可愛い。
可愛いロベリーは、正義である。
それでもう、何もかもうまくいったはずなのだ。
脱力するアリーチェと、嬉しそうなクーゴを見ながら、ロベリーがふふっと笑う。
「本当にお二人は仲がいいですよね」
「ロベリー、いきなりどうしたの!」
不本意すぎる発言に、思わず突っ込んだ。
目が悪い等という問題ではない、雰囲気がおかしい。
そんな風に思われているなんて、と顔をしかめたアリーチェに、ロベリーは笑い出す。
「知らないの? 巷で噂のゴールデンコンビ」
「何それ!?」
まさか、この熊と自分のことだろうか、とアリーチェは悲鳴をあげる。
ヘタレとコンビなんて、冗談にしても酷い!
「魔物を恐れぬ第三番隊隊長様と、それを後ろから支える有能秘書の、ゴールデンコンビの話」
「誰のこと!?」
有能秘書と言われるほど仕事をしている覚えもなければ、このもっさり熊を後ろから支えた覚えもない。
ヘタレまくりなので後ろから蹴り飛ばした覚えはあるが、断じて支えてなどいない!
慌てて横を見ると、平然と食事をしているクーゴがいた。
それで気づく。
こいつ、まさか。
「隊長、ご存じでしたね?」
「そりゃまぁ……隊内でも言われるからな」
「ちゃんと否定しました?」
「何で否定するんだよ。お前が有能秘書で、俺というか……第三番隊を支えてくれているのは間違いないだろ」
真顔で返され、言葉を失った。
何がおかしいのかと不思議そうなクーゴに、返す言葉が見つからない。
「何か、何かが違うっ……」
「大丈夫か?」
ぎりぃ、とスプーンを握りしめるアリーチェにクーゴが心配そうに声をかける。
誰のせいだと思っている、とは言えず、ポトフを口に詰め込むアリーチェを見て、クーゴが「そんなにお腹がすいていたのか?」と、アホなことを口にしている。
そんな二人を見ながら、ロベリーは笑いだしそうなのを我慢していた。
そっと大切そうに抱えた二種類のチケットを、後ろの棚に片付ける。
「やっぱり、ゴールデンコンビじゃない」
泣けると噂の恋愛演劇も冒険活劇も、どちらもロベリーは大好きだ。
それを大切な人たちと一緒に楽しめるなんて、嬉しい限りである。
ロベリーは言い合いをしている二人を眺めながら、笑いが止まらなかった。