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今すぐ告白しろ、ヘタレ  作者: 高杉 涼子
おまけ(番外編)
4/5

そして、その後

その日、アリーチェはウキウキとした気分で本を読んでいた。

久しぶりの休日。

お天気も良く、気温も良く、外出には最高の一日である。


「ロベリー、楽しんでいるといいなぁ」


窓から外を眺めながら、アリーチェは呟いた。

大切な親友が、今頃楽しそうに笑っているかと思うと、とても嬉しい。

昨晩から着ていく服に悩み、朝も「どうかな、似合うかな」とそわそわしていた親友を見て、アリーチェもあれこれ頑張った。


今日は、やっとやっと迎えられた、クーゴとロベリーのデートの日である。

アリーチェが渡した植物園のチケットが生きる日が来たのだ。

予定を決めるだけでもすったもんだと苦労しただけに、感慨深い。

太い植物図鑑を買ってきて、時間がある限りせっせと読んでいたクーゴの姿を思い出す。

植物園の下見にまで繰り出していたのだから、頑張ってほしいところである。


アリーチェは時計を見る。

昼食の時間が過ぎようとしていた。


植物園の中には、緑に包まれたレストランもあるし、軽食を取れる出店もあり、カフェもある。

二人仲良くのんびりと食事をしているといいなぁ、と思った瞬間、玄関で音がなった。


「……何?」


まさか泥棒か、と長い棒を片手に廊下の奥に隠れる。

そろりと顔を出したアリーチェが見たのは、ドアを開けて入ってくるロベリーだった。


「え、え? ロベリー?」

「アリーチェ、ただいま」

「ただいま? 何で、え、早くない? まだお昼過ぎだよ」


大混乱のアリーチェに、ロベリーはくすくすと笑っている。

植物園って、そんなすぐに回れるほど小さかったっけ?

いやそんな、とアリーチェは頭を振る。


訳が分からずにいると、ロベリーの後ろから何かが入ってきた。

紙袋をいくつも抱えた影が、のっそりとした動きで顔をあげる。


「隊長!?」

「おぉ、アリーチェ」

「おぉ、じゃないですよ! どうしたんですか、何があったんですか?」


何かやらかしたのか、コイツ。

さっと雰囲気が変わるアリーチェに、ロベリーが声をかける。


「アリーチェ、お昼食べた?」

「いや、まだだけど……それ重要?」


もう意味がわからん、と立ち尽くすアリーチェの横で、ロベリーが「そうだと思った」と笑っている。

何故かクーゴを部屋に招き入れて、紙袋を受け取っている。


「言った通りでしょ、クーゴ様。アリーチェったら、すぐに食事を抜くんです」

「それはいかんな、アリーチェ。ちゃんとしっかり食べろ」

「……そうですね」


もはや、何の話かわからない。


ロベリーはリビングにある椅子にクーゴを案内し、お茶の準備までしている。

椅子に腰をかけたまま動かないクーゴは、お座りをしている熊にしか見えない。

熊も大人しくなると静かだなーと、アリーチェは遠くを見つめた。


「アリーチェにもお茶入れるわね」

「平気、大丈夫、間に合ってます」


ロベリーの声に、慌てて告げると、台所で「そうなの?」と不思議そうに瞬いた。

何がどうして、こうなっているんだろうか。

アリーチェの様子を見ていたロベリーが、そっと笑う。


「本当は植物園に行こうと思っていたんだけど……途中で市が開催されてたの」

「市……」

「そう。新鮮なお野菜や果物がたくさん売られていてね。アリーチェに食べて欲しいなぁって思って見ていたら、いろいろ買っちゃって」

「……うん?」

「新鮮なお野菜だから、すぐに帰ってきたの。今から作るからもう少し時間がかかるけど、皆で食べよう」

「え、皆?」


皆とは、まさかこの三人のことを言っているのだろうか。

思わずクーゴを見た。

クーゴはアリーチェと視線を合わせられないのか、ずっとそっぽを向いている。

アリーチェは声を潜める。


「何やってるんですか! 何で帰ってきちゃうんですか」

「ロベリーが、お前のためにと選んでいるのを止められると思うのか」

「デートですよね、私のこととかどうでもいいですよね!」

「何言ってんだ。ロベリーの言った通り、食事抜く気だったんだろ」


じとりとした目で見られ、アリーチェは押し黙る。

食事に興味がないので、一人のときは適当な食生活を送っていた。

それを気にかけてくれたロベリーが、お弁当まで作ってくれているのである。

アリーチェは、ふんと唇を尖らせる。


「一食抜いたところで、たいした影響はありません」

「馬鹿言え、俺の前では許さんぞ」


うるさいキングコングだな、とアリーチェは目を細める。

このままでは、謎のランチタイムが始まってしまう。


そんなアリーチェの葛藤も知らず、台所のロベリーが緑の野菜を見せてきた。


「アリーチェ見て。このお野菜、クーゴ様が買ってくださったのよ。本当にありがとうございます」

「いや、そんな! 私こそ、いきなりご馳走になることになり、申し訳ない」

「私こそ予定を変えてしまって申し訳ありません」

「お気になさらないでください!」


茶番が過ぎる。


空笑いをして、アリーチェはそっと部屋に駆け込んだ。

部屋の中を歩き回りながら、頭をひねる。


「おかしい、これはおかしい」


植物園に行くはずが、予定を変えて自宅に招待するのはわからなくもない。

そこで、彼女の手料理を食べられるなんて、クーゴからしたら夢のようなシチュエーションだろう。


だが、何故アリーチェまで一緒なのかさっぱりである。


アリーチェは、奥から鞄を取り出して、荷物を詰めた。

薄手の服を取り出して、上から羽織る。


そういえば、図書館に行く予定だった気がする。

いや、今すぐ行かねばならないはずだ。




荷物を持って部屋から出ると、きょとんとしたロベリーとクーゴがいた。

二人とも、同じような顔をしている。

ロベリーが瞬いた。


「アリーチェ、出かけるの?」

「そうなの、用事があったのを思い出して」

「お昼だけでも食べていったら? 朝ごはんも食べてないみたいだし」


げぇ、とアリーチェは反射的にクーゴを見た。

何も食べていないと知ったクーゴの目が、鋭い。


「外で食べるから、平気!」

「ダメよ、もう。そう言っていつも食べないんだから」


ロベリー、口を閉じて!等と思うアリーチェの言葉は届かない。

クーゴが低い声で言う。


「アリーチェ」


座れ、と向かいの席を指さされ、うなだれた。

すごすごと椅子に座ったアリーチェを見て、クーゴがため息をついた。


「食事はしろ、体は基本だろ」

「はい……」

「秘書は肉体労働ではないが、業務量は多いんだ。倒れたらどうする」


おせっかいなクーゴの言葉を聞きながら、アリーチェは必死に考える。

何とかこの熊を味方につけねば、食事会に参加することになってしまう。

ロベリーに聞こえないように、そっと告げる。


「隊長、外でちゃんと食べますから。今すぐ外出させてください」

「どうした、予定でもあるのか?」

「違いますよ! 三人で食事なんて、おかしいですよね」

「……おかしいか? 食事は大勢でした方がおいしいぞ」


真顔で返され、アリーチェはこの熊の頭を引っぱたきたくなった。

察しが悪いにもほどがある。

これは上司、これは上司、と呪文のように心で嘆き、顔をあげた。


「隊長だって、ロベリーと二人きりの方がいいですよね! デートですよね!」

「お、あぇ!?」


がたり、と椅子を鳴らしてクーゴが立ち上がる。

その顔がだんだんと真っ赤になっていくのを見て、アリーチェは気づいた。


この野郎、二人きりだと理解してなかったな!


不思議そうなロベリーに言い訳をして、真っ赤になったクーゴが何とか戻ってくる。

アリーチェに顔を寄せた。

焦ったように、口をぱくぱくさせている。


「ここ、こんな密室に、ふ、二人きりなんて許されんだろ!」

「何言ってるんですか、私が外出したら二人きりですよ」

「馬鹿、お前ここにいろ! 用事なんて本当はないんだろ」


さすがに今回は嘘だと気づいたらしい。

しかしアリーチェとて、こんな訳の分からないことに付き合いたくはない。

好き好んで人の色恋沙汰に首を突っ込んでいるわけではないのだ。


「デートの邪魔をしたくないんですよ、わかりますよね」

「邪魔じゃないから、いればいいだろ。ロベリーだってお前のために帰ってきたんだ」

「気持ちだけ頂きます。二人で存分に仲良くお過ごしください」


アリーチェはきっぱりと告げるのに、クーゴは慌てて首を振る。


何故だ。

クーゴだって、内心二人きりの方がいいだろうに。

完全に邪魔者であるアリーチェが、心優しく自ら出かけようとしているのに、何故かクーゴは止めようと必死である。

顔を赤くしたまま、クーゴは言う。


「アリーチェは、心配じゃないのか」

「何がです?」

「その……ロベリーが一つ屋根の下で……おお、俺と二人きりとか、心配だろ?」

「いえ、特に心配していません」

「嘘だろ、心配しろよ。何かあったら、とか思うだろ?」

「何かって……えぇー?」


何かって、この熊さんと?


まじまじとクーゴを見つめる。

でかい図体がもじもじしているのを見て、思ったことは一つ。


「何もなさそうだなぁって思います」

「おい! 駄目だろ、納得するな」

「だって、手も握れないような人が何かできると思います?」


ひ、とクーゴが息を飲む。

ロベリーの小さな手を想像したのか、おたおたと謎の動きをしているクーゴに、何ができるというのだろう。

思わず、クーゴを見る目が残念なものになってしまう。


「……私、出かけていいですかね」

「駄目だ!」

「えぇ……?」

「頼む、アリーチェ。ここにいてくれ、同じ空間にいてくれるだけでいいから」


魔物に立ち向かう第三番隊隊長とは思えないほど、切羽詰まった声である。


失敗した。

このヘタレ熊はヘタレすぎるので、味方にはなってくれそうにもない。

だったらロベリーだ、と立ち上がったアリーチェの視界に、せっせと料理をしているロベリーが入った。


手際よく食材を切り、くるくると動く。

忙しそうに動き回っているのに、楽しそうにさえ見える。


アリーチェは、肩を落としながら椅子に座った。


「アリーチェ?」

「……あんなロベリーを止められるわけないじゃないですかぁ!」

「だったら、いてくれるよな!」


何故そんなキラキラした瞳を向けて来るのか。

嬉しそうなクーゴから視線を反らしたアリーチェの耳に「できたよ」と言う柔らかい声が響いた。


まだまだいろいろと、起こりそうである。

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