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8:想い

日が暮れるまで大通りや狭い路地を探し回ってもモンドの言っていた少女を見つける事は出来なかった。待ち合わせ場所まで戻ってみると先にモンドが到着しており、私の姿を見て一瞬顔を輝かせたが、隣に誰もいない事が分かるとすぐに肩を落とした。

「すみません。手伝って頂いてるのにこんな落ち込んだりして」

「期待が外れたんだから落胆してもしょうがないよ。まぁ、少し腹が立ったけど」

モンドは謝るべきなのか笑うべきなのか迷っているような表情で私を見た。こういう時、シアとは皮肉の応酬になるので、こういう反応は新鮮だ。

「流石にもう夜ですし、ここからは僕だけで探しますよ」

「そんな気を使わなくて良いって。女の子が一人で街を彷徨っているなんて危険じゃん。ちゃんと見つかるまで手伝うよ」

「それを言うなら、ヒスイさんだってそうじゃないですか。大通りの宿に泊まってるんですよね? そこまで送りますよ」

私が女の子かどうかはさておき、そんな扱いをされるのも初めてだった。モンドの優しさに心がジーンと来つつ、少し恥ずかしさを覚える。私は素直にモンドの好意を受け取る事にした。

宿へと向かいながら行方不明の少女に関して考えを述べる。

「これだけ探しても見つからないってことは、誰かに保護されているんじゃない?」

「た、確かに。その可能性は考えてませんでした」

「それか、幼女趣味の変態に誘拐されているか」

「恐ろしいことを言わないでくださいよ。もしそうなったら僕はどうすれば……」

隣にいるモンドが情けない顔で泣き言を言っている。こうも良い反応をしてくれると楽しくなってくる。もしかしたらそのダンビィと言う少女も、この青年の困っている姿が見たくて勝手に家を出たのかもしれない。

「冗談だって。この街、治安は良さそうだし、そうそう事件に巻き込まれたりなんかしないでしょ」

「それなら良いんですが……」

含みのある言い方だ。以前にも何か事件に巻き込まれた事があるのだろうか?

「そう言えば、最近この街に引っ越してきたんだっけ? 前はどこに住んでいたの?」

「以前ですか? 以前は王都のすぐ近くの街に住んでいました」

それを聞いて私は二つの意味で驚いた。一つはモンドが前に住んでいたという街が私たちの次の目的地だったからで、もう一つは王都までかなりの距離がその街からわざわざ移住してきた事にだ。

「結構な長旅じゃなかった? 確か、ここからその街まで大人の男性でも数十日はかかるって聞いたけど?」

「ええ。それは大変でしたよ。ダンビィったら初日から歩き疲れたと言って僕の背中に乗っかってきて。たまにそうやって甘えてくるところが彼女の可愛いところでもあるんですけどね」

「そ、そう。それは良かったね……」

顔をほころばせているモンドに少し寒気を覚える。もしかしたら、この青年こそが変態なのかもしれない。私は不自然にならない範囲で距離を取りながら、なぜこの街にやって来たのか尋ねた。

モンドの表情が急にこわばる。

「ど、どうしてって……。逆になぜそんな事聞きたいんですか?」

「いや、普通に気になるでしょ。王都の近くなら不自由もしないだろうに、時間をかけてわざわざこの街にやって来たなら、何かそれなりの理由があるはずじゃん」

私の言葉にモンドは腕組みをしながら悩ましげに唸った。そんなに躊躇うほどの理由なのか。やっぱり、モンドがその少女を誘拐してきたのでは……

「わぁー、ち、違いますよ! 言います! ちゃんと言いますって!」

その慌てっぷりがむしろ私の疑惑をより深めているのだが、今は黙って話を聴くことにした。

「……実は前に住んでいたその街で奇妙な事件が起きているんです。『血を奪うモノ』をご存知ですか?」

「少し前から急に現れた正体不明の怪物の事でしょ? 知ってるよ」

ご存知も何も、私たちがその街へ向かおうとしている理由が正にソレだった。

人間から血液を吸い取り死に至らしめる生物。誰もその姿を見たことがないが、被害者の顔に浮かんだ恐怖の表情と首筋に開いた小さな穴から、生きたまま被害者に噛みつき、その血を啜っていると考えられている。

ちょうどシアがこの世界にやって来た頃から出没が確認されており、私たちはその正体が魔王の肉体を宿したモンスターなのではないかと疑っている。当初は様々な街で人間を襲っていたが、二ヶ月ほど前から王都近くのその街に被害が集中するようになっていた。

「そうなんです。僕たちはその事件から逃れる為に遠く離れたこの街へやって来たんですよ」

「あぁ、そうだったんだ。確かにモンドさんみたいな人は真っ先に襲われそうだもんね」

その怪物の被害者にはある共通点があった。冒険者や商人、貴族や農民など立場は様々だったが、全員が男だった。極端に男性の人口が多いわけでもないのに、なぜ襲いかかる対象に縛りを設けているのかは不明だ。ただの好みの問題かもしれないし、他に隠された共通点があるのかもしれない。

ただ、少なくとも気の弱いモンドがそんな化け物と出会ったら、その場で身動きが取れなくなってしまうだろう。

「ははは。お恥ずかしいです……」

「そこは否定しておきなよ。モンドさんがいなくなったら、一緒に暮らしてるダンビィちゃんが困っちゃうでしょ?」

「……そうだと良いんですけどね。たまに彼女の事が分からなくなるんですよ。僕は彼女を大切に思っているけれど、彼女は僕の事をどう思っているんでしょう?」

なんとも重苦しい一言だ。今日会ったばかりのモンドと顔も見たことがない少女の関係について、私なんかが軽々しく発言出来る訳がない。返答に困っていると、モンドが遠くを見るような目つきで話を続ける。

「この街へ連れてきたのだって、家から出ないようにお願いをしたのだって、全ては彼女を守る為なんです。でも、彼女からしたら僕が彼女の自由を奪っているように映っているのかも……。僕は彼女とどう接していけば良いんでしょう?」

「そんなの直接尋ねてみるしかないんじゃない? 黙ってたって何も状況は変化しないと思うけど?」

「そうですね。確かにヒスイさんの言う通りです。でも、もし彼女に余計な事を聞いて嫌われてしまったら? 拒絶した彼女が僕の元を離れていってしまったら? そう考えると僕は何も言えなくなってしまうんです」

そんな簡単に崩れる関係なのかと発破をかけようとしたが、シアとの口喧嘩を思い出して口をつぐんでしまった。

―――言いたいことがあるならハッキリ言いなよ。

―――なんで最近私を避けるの?

―――私の事を疑っているんでしょ?

シアへぶつけた言葉が頭の中でこだまする。

この言葉を口に出した時、私は少しでも彼の気持ちを考えただろうか?

シアだって色々悩んで、私に尋ねたくて、それでも言い出せなかったんじゃないのか?

自分の体に起きた変化に怯えていた私はすぐそばにいる仲間の苦しみに気づく余裕がなかった。

そんな私を間近で見ていたから、きっとシアも余計に話が出来なくなってしまったんじゃないのか?

視野が狭くなっていた自分を情けなく思っていると、モンドがこちらへ振り向いているのに気がついた。いつの間にか足を止めてしまっていたようだ。私は歩幅を広げて彼に追いつく。

「どうしたんですか? 何か考え事ですか?」

「んー? いやぁ、モンドさんは本当にその子のことが好きなんだなって感心してただけ」

からかうように私が言うと、モンドは照れもせずに真剣な表情で頷いた。

「はい。僕はダンビィの事を愛しています」


「だからさぁ! そんな事言われても困るだろ⁉ ヒスイが悩んでいるのを知っているのに俺に追い打ちをかけろっていうのか⁉ 無理に決まってる! それなのにあいつはこう言うんだぜ! 『ほら、またそうやって黙る。私の事を疑っているんでしょ?』って! どう思う⁉ 黙ってる俺が悪いの⁉ 違うよな⁉」

俺は前のめりになりながら、相談相手に同意を求める。呂律が回らなくなったせいで俺が何を言っているのか半分も聞き取れないだろうに、テーブルの向こうに座っている少女は真面目に答えを返してくれる。

「シア悪くない。ヒスイ悪くない。どっちも悪くない」

「いや、どう考えたって悪いのは俺だろぉ!!」

たった今言ったことを簡単に覆してしまうほど、俺はすでに出来上がっていた。

「俺が悪いんだ! 俺がもっとちゃんとあいつを支えてやる事が出来れば、素直に悩みを打ち明けてくれたはずなんだ! 全部俺が悪い!!」

普段なら絶対に口にしないはずなのに、酩酊状態の俺は自分の弱さを曝け出す事を止められない。

「俺は自分に自信が持てないんだ。確かに俺はレベル上限まで強くなったはずなのに、肝心な戦いではいつもあいつに負担を押し付けている。魔王を倒すなんて俺には力不足なんだ。

あいつとの関係もそうだ。なんであいつが俺の旅に同行してくれているのか、未だに確かめることが出来ない。経験値稼ぎの為に俺はあいつを何度も傷つけた。心のどこかであいつは俺の事を嫌っているはずなんだ。それなのにどうして一緒に旅をしてくれて、俺を助けて、俺に微笑みかけてくれるのか全然分からない。

今更こんな事を言い出すなんて最低のクズ野郎だって事は理解している。でも、俺はあいつに嫌われたくないんだ」

テーブルに突っ伏しながら、俺は顔を少しあげて少女へ視線を送る。ダンビィはただ黙って俺の話を聞いていた。

「旅を通して一緒に過ごしているうちに、嫌われたくないって気持ちがどんどん強くなって……違うな。そう思うようになったのは経験値稼ぎにあのダンジョンに通っている時から……いや、それも嘘だ。初めて隠し部屋で会ったあの時。あの時から俺はあいつから目が離せなくなったんだ」

「そう。好きなんだね」

俺が問いかけた時しか口を挟まなかったダンビィが初めて自分のタイミングで意見を述べた。俺は彼女の言っている意味が分からずオウムのように復唱した。

「好きなんだね?」

「だって、シアの言ってる事モンドと似てる。モンド私の事好きって言ってた」

「いやいやいやいや。俺が? あいつの事を? 好き? そんな訳ないだろ? だって俺は人間で、あいつは……」

その先の言葉は言えなかった。酔っ払って前後不覚になりかけているというのに、こんな大勢のいる酒場の真ん中でヒスイの正体を暴露してはいけないという自制心が働いたのが表向きの理由だが、本当はここにはいないヒスイを傷つけてしまう気がしたからだ。

種族の違う相手を好きになるなんて普通じゃない。そんな一般常識的な事を言うのは簡単だ。だが、今までヒスイと積み上げてきた関係が、そんな常識などなんの意味もないという事を証明していた。証明してはいたが、それでもこの想いを認めるには俺は勇気が足りなかった。

「そもそも、さっきも言っただろ? あいつは俺の事を嫌ってる。俺がどんな感情を抱こうが、あいつがそれを受け入れる事はないんだから、結局は無意味なんだよ」

「本当? 嘘ついてない?」

銀髪の少女は全てを見透かしているかのようにその碧い目で俺を見つめてくる。俺はまたしても何も言えなくなった。

俺の今の発言は論点のすり替えだ。今大事なのは俺がヒスイの事をどう想っているかで、それに対する反応や結果はその後の問題だ。自分の意気地のなさを他になすりつけようとしただけだ。

自分が情けなくなってきて、もう何も考えたくなくなる。思考を放棄すると脳が完全にアルコールに支配されてしまったのか、意識が急に薄くなってきた。瞼を閉じようとしている俺にダンビィは気品すら感じる優しい声で意味のわからない事を呟いた。

「おやすみ。シアの事気に入った。今日はやめておく。バイバイ。またね」

お読み頂きありがとうございました


今回の話はお互いの思いに一歩踏み込んだエピソードになっています

書いてみてからもう少し道中の会話を入れた方が良かったかななどと思ったりもしましたが、連載物である以上は後から後悔してもしょうがないですね

ある程度書き溜めようとしても時間が経てば経つほどあちこち気になってしまうので、そういう意味ではアドリブで話を展開していく今のやり方が合っているじゃないかと思います

多分次話からまた戦闘描写が入ると思いますが、それよりも主人公たちに境遇が似ている二人がどうなっていき、それによって主人公たちがどういう風に変化していくのかを描ければ良いなと考えています

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