表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/22

6:雪山の影

吹雪はまだ止みそうにない。

食事も終わってすることもなくボンヤリと焚き火を眺めていると、右肩に柔らかい何かが当たる感触を受けた。体を動かさないようにゆっくりとそちらへ首を回すと、火に照らされて綺麗な光彩を放つ深緑色の髪が肩に寄りかかっていた。洞穴の外から鳴り響く轟音に混じり、一定のリズムで上下する彼女の肩に合わせて静かな寝息が聞こえてくる。

「寝るならちゃんと横になって寝ろよ」

つい口から文句が出てしまったが、その声は自分の耳にも聞こえないほど小さかった。

強風と共に雪が洞穴へと入ってくる。俺はヒスイが目を覚まさないか注意しながら、彼女の肩からずり落ちそうになっている毛布を掴むと寒くならないようしっかりとその体にかけた。

魔王討伐の旅に出ている俺たちはつい先日、魔王の可能性が高いゴーレムを倒した。だが、実はそのゴーレムはバラバラになって封印された魔王の肉体の一部分で、同じように魔王の肉体を持ったモンスターがこの世界に存在している事が分かった。

そこで俺とヒスイは近頃急に現れた強力なモンスターを優先的に探す事としたのだが、そう都合良く目当ての相手は見つかるはずがなかった。どれもゴーレムと比べたらレベルが低く、ヒスイの助けがなくても余裕で倒せる程度だった。無駄足を踏んだだけではなく、余計な戦闘まで行わなければならないことが面倒臭くなってきた矢先、更に厄介な出来事に巻き込まれてしまった。近くの集落や少し大きな街で俺たちの事が有名になってしまったのだ。魔王の体を宿していないとはいえ、手練れの冒険者でも苦戦しそうなモンスターたちをたった二人で次々と倒していったのだから、噂になるもの当然といえば当然だ。

幸い俺が勇者である事はバレておらず、周囲からは突如現れた凄腕の二人組として認識されている。しかし、情報収集をしようと街へ向かう度に顔も知らない住人から話し掛けられたり、駆け出しの冒険者から羨望の眼差しと共に旅に同行を申し込まれるのは勘弁してほしい。承認欲求が満たされるのは確かに気持ち良いが、それよりもヒスイの事がバレるのではないかと気が気では無く、街へ行く度に心労で髪が抜け落ちてしまいそうだった。

ゴーレムを倒した後に立ち寄った村の人物に彼女がモンスターだと気付かれてしまった反省を受け、ヒスイには普段からフルアーマーの鎧を着用して貰っている。日常的にスライムの肉体を白銀の甲冑で覆い隠していれば、街中だけでなく道の途中で他の冒険者や商人とすれ違ってもその都度茂みに隠れる必要がなくなる。更に酒場などに立ち寄る際は、念の為に俺のそばから決して離れないようにキツく言い聞かせた。自由に街を探索出来ない事に不満を抱いているようだったが、好奇心旺盛な彼女の事だ。目を離したスキにトラブルに巻き込まれかねない以上は、予防策としてそのような手を打つしかない。ヒスイも納得しているのだろう。俺の指示に背くことはなかった。

俺は風に煽られている目の前の炎を見つめた。果たして彼女は本当に納得しているのだろうか。いつものように俺を責める声が聞こえてきた。

人々にその姿を見られない為と説得されて、無骨で重たい鎧を着させられる。なんともひどい仕打ちじゃないか。上っ面では彼女の事を仲間扱いしているが、本当は誰よりもお前が彼女を化け物扱いしているんだろう?

「違うっ……‼」

否定の言葉がつい口から出ていた。その言葉に反応するかのように隣で俺に体を預けて寝てるヒスイが小さく唸り声をあげた。口を閉じて身動き一つしないでいると、右肩の方から再び呼吸音だけが聞こえてきた。

俺は首を少し下げてヒスイの寝顔を盗み見る。目を閉じて口を小さく開きながら眠っている。周りを警戒していないのか安らかな表情だ。なんとなくいたずらしたくなり、人差し指で頬を突いてみた。眉間にシワを寄せて不愉快そうに呻いたが、しばらくするとまた無垢な表情へと戻っていく。種族が人間ではないだけで、俺と同じなんの変哲もない一つの生き物なのだと実感する。

ヒスイに対する自身の思いに安堵したが、それと同時に自分がどのような状況に置かれているのかようやく理解し始めた。焚き火を囲んで隣り合う二人。客観的に見たら、まるで仲の良い男女が肩を寄せ合っているみたいじゃないか。しかも、女性が男性に寄りかかるように眠るなんて、親密度がどれだけ高いかを示している。いや、冷静になれ。俺たちはただの仲間だ。寒さを和らげるために人肌で暖を取るのはおかしな事じゃない。

不意に俺は、自分の右手がヒスイの左手の上に乗っていた事に気がついた。人間と違って血液の無いヒスイの体はヒンヤリとして冷たい。洞穴の入り口から入ってくる風に背筋が凍りそうだったというのに、彼女から感じる冷たさには何も違和感を覚えていなかった。

俺はすぐに右手をどけようとしたが、安らかに眠っているヒスイを見たら右腕どころか指先一つ動かせなくなってしまう。落ち着け。なんでこんな思春期の男子みたいになっているんだ。一度息を深く吐き、自分が今どうすべきか考えを巡らせる。変に意識をするから駄目なのだ。感情を無にして、今この状況を一つずつ整理していこう。そう意気込むものの、一度意識してしまったモノは中々頭から離れず、時間だけがゆっくりと過ぎていく。こうなったらもう寝るしか無いと目を閉じたが、視界が閉ざされた事で手のひらや肩に触れる感覚と耳に入ってくる小さな寝息をより鮮明に感じる事となり、結局日が昇るまで一睡もすることが出来なかった。


一夜明けると昨日の悪天候がまるで嘘かのように洞穴の外は快晴だった。真っさらな雪の上に二つの足跡を残しながら、私たちは山頂を目指して歩みを進める。只でさえ重たい鎧のせいで動きづらいというのに、降り積もった雪に足を取られる。こんな状況で山頂付近にいる強力なモンスターとまともに戦えるのだろうか。私はガチャガチャと音を立てながら、後ろを振り返った。体調でも悪いのか、シアはぐったりした様子で私の後を少し遅れて歩いている。

昨晩、シアと隣り合って座っているうちにいつの間にか眠りに落ちてしまっていた私だが、目が覚めると毛布に包まって地面に横になっていた。外の様子を確認していたシアの顔にはうっすらとクマが出来ており、もしかして夜通し見張りをしてくれていたのかと尋ねると、否定とも肯定とも取れるなんとも中途半端な返事が返ってきた。短時間ではあるがシアに睡眠を取らせた結果、洞穴を出る頃には太陽が私たちの真上まで昇っていた。

太陽の日差しで少しでも雪が溶けてくれれば良かったのだが、まるでつい先程積もったかのように歩く度に纏わり付いた粉雪が宙を舞った。歩くだけでも体力を消耗してしまう。普段は歩きながらよく会話をしている私たちだが、シアが本調子ではないということもあり黙々と山を登る。白銀の世界の中で動いているのは私たちのみで、麓からでも二人の息遣いが聞こえるのではないかと思うほど山全体が静けさに満ちていた。

もしかしたらまた空振りかもと思った矢先、頭上から微かに空を切る音が聞こえた。一体何の音だろうと空へ視線を向けると、黄色い物体が凄まじいスピードでこちらに目掛けて飛来してきた。

私は咄嗟に下を向いて歩いているシアを突き飛ばす。次の瞬間、前に突き出した私の腕がもぎ取られた。正確には、私が身に付けている鎧の腕が、だ。

私は自分の右腕がちゃんとあるか触って確認しながら、突然攻撃を仕掛けてきたソレを目で追った。

地面に着地することなく急上昇したソレは空中で向きを変えて、私たち二人を見下ろした。

「ざーんねん。その若いオスを捕まえそびれただけじゃなくて、腕の一本も奪えないだなんて」

ソレはハーピィだった。上半身は人間の女性によく似ており、街で出会った女性たちと比べても整った顔立ちをしているが、細く目尻の吊り上がった瞳がどことなく意地悪そうな印象を与える。腕の代わりに一対の翼を持ち、胸部から背中を回って翼全体を鮮やかな黄色の羽根が覆っている。腰から下は人間とは大きく異なり、まるで猛禽類のようだ。鋭い鉤爪を持つ脚が先程もぎ取った鎧の一部を空中に放り投げては掴み、弄んでいる。

「それにしても、そっちの鎧クン。よくアタシに反応出来たわね。これでも速さには自信があったんだけど? その腕を見た感じ、普通の人間じゃないみたいね? どんな顔してるのか興味出てきちゃった。ねぇ、そのむさ苦しい鎧を脱いで、姿を見せてくれない?」

「この鎧、着るのが大変なんだよね。そんなに私の姿が見たかったら、さっきみたいに自力で剥ぎ取りなよ」

「あら? 可愛らしい声。女の子かしら? そんなの着てるから、中にいるのはてっきり筋肉バッキバキの立派なオスだと思っていたわ」

「ヒスイ。気をつけろ。あいつ、普通のハーピィじゃないぞ」

シアが鞘から剣を抜き、私の隣に立って言った。最初の襲撃から見てもシアの言葉は正しい。そして、その言葉の奥に隠された意味も理解していた。ここ最近になって突如現れた雪山を飛び交う影。目の前のハーピィこそ噂の怪物であり、私たちが探している魔王の肉体を宿したモンスターに違いない。

「アタシはオージャ。ヨロシクね。ていっても、皆ここで息絶えることになるんだけど」

名乗りを終えたハーピィは愉快そうに笑い声をあげる。

そして、掴んでいた私の鎧の残骸を投げ捨てると、再び空から襲いかかってきた。


「ハァッ!」

タイミングを見計らい、俺は剣を振り下ろした。完璧に捉えた―――はずだったのだが、その切っ先はまたしても空を裂いた。不安定な足元にバランスを崩して倒れてしまう。剣を支えにすぐさま立ち上がるが、敵は隙だらけの俺ではなくヒスイに攻撃を仕掛けていた。

タンクが機能していると言えば聞こえが良い。だが実際は、素早いハーピィの動きに対処出来ていない俺を相手が放置しているだけだ。戦闘が始まってすぐ、俺の攻撃が掠りもしない事を把握したハーピィは自分のスピードについてきているヒスイのみにターゲットを絞り、執拗に襲いかかっている。俺なんて、いつでも倒すことが出来るという事なのだろう。

せめて体調が万全であれば。そう言い訳をするが、これほどまでに速度に差があったら正直影響は少ないと言わざるを得ない。そんな弱気な考えが浮かぶほどに、アタッカーとしての役割を果たせそうになかった。

重量のある鎧に身を包みながらもヒスイはハーピィの鋭利な爪を回避し続けている。積雪のある足場という悪コンディションも重なり躱しきれない攻撃がいくつかあり、鎧の胸部や左足部には三本の爪痕が出来ていた。様子を見る限りは鎧の中にある体には届いていないようで安心したが、鉄の鎧を紙切れの如くいとも簡単に切り裂くハーピィに俺は軽い恐怖を覚える。

ハーピィとは思えないこの異常な強さ。やはり魔王の肉体から生まれたモンスターと見て間違いない。そうなると、このまま戦闘を続けるべきか否かという問題が生じる。以前のゴーレムとの戦いでは少なくとも攻撃を当てる事は出来たので弱点であるコアへの一撃で倒せたが、今回は状況が全く異なる。もし仮に弱点を見つけられたとしても、あの素早さの前では意味が無い。

弱気になる俺だったが、視線を感じて顔をあげると甲冑姿のヒスイがこちらを向いていた。まるで諦めるなと言っているようだった。そうだ。俺が先に弱音を吐く訳にはいかない。苛烈な攻撃で鎧を脱ぐ暇も与えられず枷を課された状態だというのに、ヒスイは逃げもせず戦っているのだ。まだ剣を振る力が残っている俺が、戦いを放棄してどうする。

俺は空中で旋回しているハーピィを見つめた。あれだけのスピードなら体当たりするだけでも充分脅威になり得る。それなのに攻撃手段は脚の鉤爪によるものだけだということは、肉体の強度自体はそこまで高くないということ。一太刀でも浴びせられたら全然勝機はある。なんとかして確実に攻撃を加えられる瞬間を待つんだ。

剣を握り締める手に力がこもる。俺はヒスイの方を向いて、もう大丈夫だと頷いた。バイザー越しなのでそれを見ていたかは定かではないが、不思議と伝わっている気がした。

俺とヒスイの繋がりを断つかのように鋭い声が響く。

「よそ見するなんて、随分余裕じゃない?」

一瞬のスキだった。俺の方に顔を向けていた為、弾丸のように体を折りたたんで突撃してくるハーピィの攻撃をヒスイは躱す事が出来なかった。

腕を前にしてなんとか防御の姿勢を取るヒスイだったが、ハーピィは衝突する直前で急上昇を行い、飛び去る瞬間に脚でその顔に蹴りを喰らわせた。

金属同士がぶつかったような乾いた音と共に、ヒスイが背中を下にして地面に倒れ込む。甲冑の面が弧を描いて雪の上へと落ちた。

ハーピィはその翼を羽ばたかせながら、ヒスイのそばまで降りてくる。

「さぁて、それじゃあ、どんなお顔をしているのか拝見させてもらおうかしら……あら? 貴方、その体はっ……⁉」

ヒスイの名を叫ぶよりも先に体が動いていた。俺は全速力でヒスイの許に駆け寄ると、そのまま顔を覗き込んでいたハーピィめがけて剣を振るった。

俺の存在を侮っていたのだろう。ハーピィはすぐに空へと逃げようとしたが、俺の剣を回避する事が出来ず、一手遅れて空中に飛び上がったハーピィの右脚からは血液の代わりに黄色の光が溢れ出していく。ゴーレムが倒されてその肉体が崩壊していった時と同じだ。

致命傷を与えたと確信した俺は足元に倒れているヒスイへと視線を移した。苦痛で顔が歪んでいたが、見た目には大きな怪我はない。とりあえずは無事なようだ。緊張の糸が途切れて俺はその場で片膝をついた。

つまり、敵の目の前で完全に油断をした。

「このクソ人間がぁぁあっ‼ 雑魚の分際でよくもやってくれたなぁあっ‼ お前も道連れだっっ‼」

ハーピィが最後の悪あがきに俺へ攻撃を仕掛けてきた。ヒスイですら躱すのに苦労していたのに、俺なんかに避けられる訳がない。なんとかダメージを最小限に抑えようとしたが、剣を構えるのも間に合いそうになかった。

「くたばれぇぇぇぇぇっっっっ‼」

死を覚悟した時、俺と飛びかかってくるハーピィの間に半透明な黄緑色の膜が出来た。薄く簡単に壊れそうな見た目に反して、硬い金属をも引き裂くハーピィの鉤爪と衝突すると鈍い音と共に相手の鋭い爪を粉々に砕いてしまった。

唯一の武器を失ったハーピィは断末魔の悲鳴をあげ、光となって消えていく。

「そんなっ⁉ この私がスライムごときにぃぃぃっっっ‼」

黄色く輝く光は粒子となり、俺の目の前の膜―――ゴーレムの体と同じ強度を盾に吸収されていく。

その盾の端から細長いモノが延びていて、その先を目で追っていくと、ヒスイの髪の毛へと繋がっていた。

「今のは一体……?」

困惑して問いかける俺に、ヒスイもまた事態が飲み込めていないようだった。

お読み頂きありがとうございました


今回の話の場面について、最初は普通の山にしようかと思ったのですが、洞穴で二人っきりになるシチュエーションが書きたくなって雪山にする事にしました

ベタ過ぎかなとも思いましたが、戦闘で苦戦する理由付けにもなったのでまぁ良いんじゃないでしょうか

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ