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4:理由

気がつくと俺は真っ暗な空間にいた。なぜここに居るのだろう。直前の記憶を思い起こす。

そうだ。それまでヒスイにターゲットを向けていたゴーレムが突然こちらへ攻撃を移してきたのだ。ヒスイの声でそれに気付いた俺はなんとか避けようとしたが……。

俺は改めて今いる空間を見回す。四方八方闇に包まれていて周囲に何があるのかも分からないのに、自分の体だけはやけにハッキリと目視出来た。確かめるように両手を動かす。体の自由は利くようだ。俺は先の見えない暗闇の中へ一歩踏み出し、そして数歩進んだところで走り出した。俺がここにいるという事は今ヒスイは独りでゴーレムと対峙しているはずだ。攻撃能力のないヒスイでは遅かれ早かれゴーレムに倒されてしまう。早くここから抜け出して加勢しなければ。

焦りと共に押し寄せる嫌な予感をなんとか胸に仕舞い込み、俺は出口を求めて走り回った。だが、いくら足を動かしても周りの景色は全く変わらない。自分が前に進んでいるのか、後ろに下がっているのか、はたまたその場から一歩も動いていないのか分からなくなる。どうやっても自力ではここから逃げ出す事が出来ないと頭で理解する頃には、俺は額から汗を流し息を切らせていた。

冷静になろうと一度立ち止まる。落ち着いてこの空間から脱出する方法を見つけ出すんだ。そう言い聞かせてみたものの、ここへやって来る直前の出来事やどんなに走っても変わらない景色から察するに、先程から無視しようとしている最悪の予想がどうしても脳裏を掠める。もし本当にそうだった場合、俺はこの後いったいどうなるのだろう。弱気な心に蝕まれたのか、体が急に冷たくなり指一本動かせなくなる。恐怖が俺の心を支配していた。

現実世界で一度死を迎えた時はこんなにも恐れを抱かなかった。轢かれた事による物理的な痛みへの恐怖はあったが、今俺が感じている恐怖はそれとは全く異なる、精神的な物だった。不安と焦り、後悔の念で押しつぶされそうになる。なぜそこまで怯えているのか、理由は分かっている。ヒスイの存在だ。

現実世界で周りから孤立していた俺は死んだように毎日を生きていた。そこには何も希望がなく、死を目の前にして抵抗よりも先に諦めの気持ちが浮かぶほどだった。それは勇者という役割を押しつけられてこの世界へと飛ばされた時も同じだ。

だが、俺はここでヒスイと出会った。彼女からしてみれば経験値稼ぎに利用させてほしいだなんて最悪な提案だっただろうし、今でもそれを根に持っているだろうが、俺にとってはその出会いは救いだった。異世界で第二の人生を与えられた俺が本当の意味で命を取り戻す事が出来たのは、文句を言いながらもヒスイが俺の事を一人の人間として、仲間として接してくれたからだ。

俺は歯を食いしばって体に力を込める。冷え切った体が熱を帯びる。死んでいた心がようやく蘇ったのだ。こんなところで終わらせたくない。金縛りが弱まり、少しづつ腕を前に出す。勇者として魔王を倒さなければならないのは理解している。その役割を投げ出すつもりもない。だが今はそれよりも、唯一の仲間と一緒に旅を続けていきたい。暗闇の向こうに微かな光が見え始めた。自由になった手をそちらへ伸ばすと、光が段々と近づいてくる。闇を祓うかのように強くなった光はやがて俺を包み込み、体の感覚を奪っていった。意識を失う直前、初めてこの世界にやってきた時と同じように頭の中で声が鳴り響いていた。


ゴーレムからの攻撃を紙一重で躱しながら、私は消し飛んだ廃墟跡までたどり着くとシアの姿を探した。何処にも姿が見えない。張り裂けそうなほど大きな声で彼の名前を叫ぶ。攻撃の衝撃で遠くまで吹き飛ばされてしまったのだろうか。それとも……。

嫌な想像が脳裏に浮かんだが、少し離れた瓦礫の下からうめき声が聞こえてきた。急いで駆け寄ると瓦礫同士が積み重なった隙間に頭から血を流したシアが倒れていた。

「シアッ‼」

出血箇所を探しながら声をかけると、シアは瞼をわずかに開いて私を見つめた。どうやら意識自体はあるようだ。見た目ほど頭の怪我もひどくはない。私は髪を操って瓦礫から彼を引きずり出し、ゴーレムが体勢を整えている間に物陰へと隠れた。シアを横にして身体の怪我の具合を確認する。

頭部は比較的軽症だったが、左腕がありえない方向へと曲がっていた。身にまとっていた鎧もベコベコに凹み、瓦礫の破片が体中に突き刺さっている。廃墟をたった一撃で粉々に出来るゴーレムの攻撃を受けたのだ。この程度の怪我で済んでむしろラッキーだ。私は、もしかしたらと……。

「こ、ここは……?」

気がついた様子のシアが私を見上げながら声を発した。私は顔に付着した血を手で拭ってあげながら異常がないか話しかけた。

「ここは旧王都跡地だよ。大丈夫? 私の事がちゃんと見えてる? 痛いところとかない?」

「そうか……。どうやら戻ってこれたみたいだな……」

「不吉な事言わないでよ! どうなの? 体でおかしなところはある?」

弱々しい声で咄嗟にガードした左腕が痛むと告げてきた。重症そうなのはその骨折だけのようだ。私は物陰から顔だけ出してゴーレムの様子を伺った。私たちの姿を見失って足元の廃墟を虱潰しに踏み倒している。居場所がバレるまでまだしばらくは猶予がありそうだ。

少し安心して視界をシアへと戻すと、傷だらけで横たわっているシアが起き上がろうとしていた。私は上から押さえつけるようにして彼を寝かせようとする。

「なにしてんの⁉ 横になってないと駄目じゃん⁉」

「短時間横になったところでこの怪我は治療出来ないだろ。かといって怪我を負った状態でここから逃げられるかと言うとそれも疑問だ。それなら、戦って倒すしかここから離脱する方法はない」

「その怪我であのゴーレムを倒す方が難しいでしょ⁉ シアが逃げる時間くらい、私が稼ぐよ。後で追いつくから先に逃げて」

「駄目だ」

まだ声は小さかったが、それでもハッキリとした口調でシアは私の提案を拒否した。こんな時になにを意地張っているのだろう。勇者であるシアが倒される訳にはいかないのだから、負傷している彼が優先して離脱するのは作戦として普通なはずだ。

「その方法なら確かに俺一人なら逃走する事は出来る。だが、お前はどうなる? スタミナも切れてきているのにヘイトを一人で買って逃げられると思うのか?」

「……お前って言うな」

「話題を逸らすな。自分が一番理解しているはずだぞ? ここで俺を助ける為に残ったら自分が助からないってことに」

左腕を庇うようにして上半身を起こしつつ、シアが言った。彼の言う通りだった。疲れという概念の無いゴーレムを相手に私の体力も限界に近づいてきている。シアが逃げる時間は稼げても、自分が逃げるスキまでは作れないだろう。

でも、だからこそ私はここで仲間であるシアを助ける為に、あのゴーレムと対峙しなければならない。シアが私の事を只の壁程度にしか思っていないとしてもだ。

「なにを言われても、あのゴーレムがこっちに気がついたら私はさっきまでと同じように前に出るから。捨て身の攻撃とか馬鹿な事を考えてないで、冷静にどうすべきなのかを考えてよ」

「待て。聞けって。別に俺は死ぬ気の特攻を仕掛けるつもりはない。勝てる見込みがあるからこうして話をしているんだ」

体中に走る痛みに顔を時々引きつらせながら、シアは不敵な笑みを見せた。私は信用出来ずに彼を見つめ返した。強がりを言っているのだろうか。それとも、さっきの攻撃の衝撃で頭を打ってしまったのか。

「……今、失礼な事を考えていただろう? それだけ余裕があるなら安心した。あのゴーレムを倒す為にはお前にも協力してもらう必要があるんだ」

そう言ってシアは私の肩を借りて立ち上がった。


ゴーレムが瓦礫の山へ攻撃を仕掛けようとしたタイミングでヒスイが物陰から飛び出した。攻撃対象が姿を表した事でゴーレムは体を一度静止させ、ヒスイへターゲットを移して改めて攻撃体勢へ移行する。

少し離れたところで様子を伺っていた俺はそのスキに先程俺が攻撃を受けた場所にまで戻ると、落ちていた剣を急いで拾い上げた。武器は手に入れた。早く次のステップへ移らなくては。

俺は廃墟や瓦礫の影に隠れながらゴーレムの周りを移動する。一歩進む度、ヒスイに応急手当で固定してもらった左腕に衝撃が走る。瓦礫が刺さって出来た傷跡も開いて、服の至るところに血が滲む。全ての痛みを我慢して体を動かす。ヒスイが攻撃を引き受けてくれている間に、なんとしても目的の場所へたどり着かなければならない。

作戦をヒスイへ伝えた時、彼女は不安そうな顔を隠さなかった。作戦自体に疑問を抱いたのか、それとも俺のこの体を心配したのか。それは判断は出来なかったが、二人が助かるにはこの方法しかないと告げると、最後は顔を縦に振ってくれた。

ゴーレムの動きに注視しながら痛みを誤魔化す為に作戦以外の事へ思考を向ける。ヒスイには感謝しかない。自分一人だけだったらさっさとこの場を離れられたはずだ。それなのにわざわざ瓦礫の山から俺を見つけ出して介抱してくれた。それに自分を犠牲にしてまで勇者である俺を逃がそうとしてくれた。魔王を倒すというこの旅にそれだけ覚悟を持って挑んでいるとは知らなかった。モンスターではあるが、彼女は間違いなく俺の―――勇者の仲間だ。

その仲間の為にも必ず俺もヒスイも倒されずにあのゴーレムを倒してみせる。

体を引きずるようにしてだが、なんとか俺はゴーレムの背後へと回り込む事が出来た。廃墟の屋根によじ登ると、目的地にたどり着いた事を知らせる為に剣を掲げた。太陽の光が刃に反射する。ゴーレムを挟んで反対側に位置しているヒスイがそれに気づいたようで、作戦通りゴーレムの左脚へと向かっていく。

すると、攻撃モーションに入っていたはずのゴーレムは急に振り下ろした腕を止めると、土煙を巻き上げながら弧を描くように左脚を後ろへ引いた。ゴーレムの左脚の内側が俺の近くまでやってくる。意識を失う直前に発見したソレを見落とさないように凝視していると、関節―――人間でいう膝の一部が黄緑色の光を放っていた。

先程俺が攻撃を喰らった時、俺はゴーレムの左脚に近づくように動いた。それまで俺がどんなに攻撃を加えようと目の前にいるヒスイをターゲットとしていたのに、ゴーレムはその時だけ急に俺にヘイトを向けて、左脚を庇うように後ろへやると攻撃を仕掛けてきた。

なぜゴーレムは突然そんな行動を取ったのか? 考えられる理由は一つ。そこが弱点だからだ。

俺は右手で剣を構えると廃墟の屋根からジャンプした。ゴーレムは左脚に近づこうとしたヒスイへ攻撃を仕掛けようとしている最中で、足元に潜り込んでいた俺には気づいていない。左手で剣が握れない分、ジャンプによる勢いと体のひねりを加えて宝石のように輝いている関節部へ一太刀を浴びせる。それまでの硬さが嘘のように、黄緑色の箇所が剣に打たれた衝撃で砕け散った。

左脚から拡がるように岩石の体へ突如としてヒビが入る。声を発さないゴーレムだが、体をのけぞらせるその姿はありえないはずの痛みを感じて絶叫しているようだった。

そして、ヒビが全身にまで回るとガクンとその巨体を震わせて完全に活動を停止した。

力を振り絞ったせいで近くの廃墟に墜落するように着地した俺は、大の字に横になってその巨大な岩の塊を見上げた。気の所為じゃなければてっぺんから崩れ始めている。まずい。倒した後の事は考えていなかった。このままでは崩れてくる岩石の下敷きになってしまう。

体をピクリとも動かす事が出来ずに焦る俺の目の前に深緑色の人影が現れた。

「……なんでそこで見ているんだ?」

「いやぁ、どうしようかなって。手を貸したいのは山々だけど、私もだいぶ疲れちゃったし。このまま一人で逃げようかなぁなんて思ったり」

「……冗談にしては笑えないな」

ヒスイはいたずらっぽい笑みで俺を見下ろしていたが、予想よりも早くゴーレムが崩れ始めたので、弄ぶのも大概にして触手のような髪で俺を抱えるとその場から退散した。

ヒスイの体越しに崩れていくゴーレムの姿を見る。あの声が正しければ、こんなヤツがまだ他にもいるのか。先行きが不安になってくる。

崩れた体の中から弱点だった部位と同じような黄緑色の光が宙へと散っていく。残滓の光が風に乗って旧王都跡地一帯に降り注いだ。

「なんの光だろ? 毒とかじゃないよね?」

「さぁな?」

意識を失いかけている俺にはそこまで考える余裕はなかった。唯一頭に浮かんだのは、その光を浴びているヒスイの姿がやけに美しいという事だけだった。

お読み頂きありがとうございました


特に章で分けるつもりはないのですが、今回の話が一つの区切りとなります

相手に対するそれぞれの思いがこれからどう変化していくのか、引き続きチェックしてもらえたら嬉しいです

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