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21:それぞれの決断

目の前の光景が信じられず、俺はただ呆然と立っていた。

祭壇の上に立っているのは確かにヒスイだ。俺と一緒に旅をして、共に魔王の肉体たちと戦って、そして愛し合った彼女と寸分の違いもない。

だが、彼女はあの島でアークデーモンに殺されたはず。どうして生きてここにいるのだろう。

疑問が頭の中で渦巻いていると、スライムは一歩ずつ祭壇から降り、俺の方を向いて歩き出した。

「ヒスイ……?」

名前を呼びながら俺も一歩近づこうとする。その瞬間、風切り音が部屋中に響いた。背後に体を引かれる感覚と共に俺の視界が反転する。

「大丈夫ですか?」

倒れかけた俺を支えながらオンファが尋ねてくる。頷きながらゆっくりと視線を上げると、手にした松明の先が消えて無くなっており、炎の代わりに怪しくピンク色に光る触手のような髪の毛がスライムの頭から伸びていた。

「あの髪の毛に今はクンツァイトの炎と同じ消滅の能力が付与されているようです。先程クンツァイトを倒して得た能力なのでしょうが、こんなにもすぐ使いこなしてくるとは厄介ですね」

オンファが右目を開いて相手を観察しながら俺に警戒を促す。彼女が後ろに引っ張ってくれなかったら、無防備になっていた俺は先程の一撃でやられていた事だろう。だが、ヒスイが攻撃してきたという事実に俺の頭がパニックになる。

「なんでヒスイが……? 俺のことを恨んでいるのか?」

「落ち着いてください。目の前にいるのはヒスイではありません」

俺は顔をあげてオンファを見つめる。その言葉の意味を尋ねようとしたが、それよりも先にスライムが次の攻撃を繰り出してきた。

俺たちは桃色や透明な髪の毛を躱しながら、近くの石像に身を隠した。陰から相手を観察すると、ゆっくりと歩きながらうめき声のようなモノをあげて俺たちを探している。しばらくは見つかりそうにない。

俺は小声でオンファに問い詰めた。

「アレがヒスイじゃないってどういう事だ? 見た目やあの髪を使った攻撃方法はどこからどう見てもヒスイだぞ?」

「あの同位体の元になったのは確かにヒスイで間違いありません。ですが、アレはヒスイとは似て非なる存在です」

そう言ってオンファは先程右目で視た過去について説明し始める。

アークデーモンによって腹を貫かれたヒスイはその死の直前に能力を発動させた。ダンジョンで散々見てきた蘇生の力だ。

その能力によって死を回避したヒスイだったが、アークデーモンの消滅の能力が影響して彼女の人格が失われてしまった。

人格の消えた人型スライムは魔王の力をその身に宿したただのモンスターへと変貌した。いくら倒しても蘇ってしまう為に吸収が出来ず、意思の疎通が困難な為に仲間にも出来ないスライムの扱いに困ったアークデーモンは遺跡の小部屋へと隔離する事にし、俺たちに対する切り札にしようとした。

そして、俺たちが遺跡にやって来たタイミングでスライムを解き放とうとしたところ、逆に自身が倒され吸収される事になったのだった。

「ヒスイとしての人格が消失したあの同位体は破壊衝動に従ってその身に宿した魔王の能力を行使しています。クンツァイトはアレをこう呼んでいました。

魔王の心臓―――ネフライトと」

オンファからヒスイに起きた出来事を聞かされ、俺は再び自分を責めた。彼女の人格が失われてしまったのも、あんな怪物になってしまったのも全て俺の責任だ。

「薄川? 大丈夫ですか?」

「……ああ。問題ない。アレは俺が倒す。お前は手を出さないでくれ」

「しかし、もはや別個の存在とは言え、大本はヒスイなのですよ? 彼女を愛していた貴方に倒すことが出来ますか?」

オンファの言っている事は尤もだ。ヒスイとしての意識が存在しなくてもその姿かたちは彼女そのものだ。そんな相手に対して普通だったら刃を向けることは出来ないだろう。

だが、俺は既に覚悟を決めていた。俺の手で彼女を倒すと。そして……

「薄川? どうしました? 質問に答えてください。その表情は一体どういう……」

「頼むから手を出さないでくれよ? それと、ゴメンな」

戸惑っているオンファがなにか喋りだす前に、俺は石像の陰から飛び出た。俺の姿を見つけたスライムはその髪を操って攻撃を仕掛けてくる。

消滅の能力を使用している攻撃は注意深く躱しながら、俺は剣を抜いて相手に近づく。

一歩近づく度に俺の体には傷がつき、そして脳裏にはヒスイとの思い出が蘇っていた。

経験値稼ぎの後に繰り広げたダンジョンでの会話。旅の途中で見た美しい湖。肩を寄せ合って寒さをしのいだ洞窟。言いたいことが言い合えなくなり街の宿でしてしまった喧嘩。俺の想いに応えて抱きしめてくれたあの柔らかい肌も、船の上で人目に隠れて愛を囁きながら触れたあの硬い甲冑も全てが大切な記憶だ。誰にも邪魔されずに過ごしたあの島での生活は俺たち二人の宝物だ。

だからこそ、俺は目の前にいる存在を倒さなければならない。俺とヒスイの思い出を汚さないためにも、俺が決着をつけなければならないのだ。

繰り出される数多の攻撃に体を切り裂かれながら、俺は相手の懐へと潜り込んだ。そして、ヒスイとの経験値稼ぎの時には絶対に攻撃しなかった箇所、心臓めがけて剣を振り上げた。

致命傷になると悟ったヒスイと同じ顔の相手は憎しみのこもった形相で鋭利な髪の毛を俺に突き刺そうとしてきた。

俺はその一撃を避けずにそのまま剣を振り抜く。これが俺に出来るヒスイへの唯一の贖罪だった。俺のせいでヒスイは死に、死後も肉体が苦しむことになった。それなら俺もその肉体と一緒に死んでやるしかない。

「ジア゛ア゛アアァァァアアッッッ!!!!!!」

スライムの体が両断され、うめき声しか出ていなかった口から叫び声が聞こえる。その声に俺は相手を倒せたことを確信し、安心しながら眼前に迫る死を受け入れた。


石像から顔を出して目の前で繰り広げられる攻防を観察する。表面上は互角ではあるが、その内容には力の差が出ている。

クンツァイトの消滅を身につけた事でネフライトからの攻撃は一つも油断が出来ない物になった。一度に発動出来る能力に限度があるのか、全ての攻撃に消滅が付与されている訳ではないのは髪の色がそれぞれ異なっているからも判断出来る。だが、嵐のような激しい攻めを全て防ぐことなど不可能だ。

早い段階でそれに気づいた薄川は消滅が加わった攻撃だけは器用に避け、それ以外の攻撃は躱すことなくその身で受けている。肉体には多くの傷がついており、苦痛で動きが鈍ってもおかしくないのだが、彼は立ち止まることなく相手に近づいていっている。

途中まで彼を応援していた私だったが、我が身を省みずに前へと進む薄川に疑問が生じた。あんなにも傷ついているのに突き進もうとする原動力は一体なんなのか。先程の突然の謝罪が頭の中に浮かんだ。

その瞬間、私は彼が何をしようとしているのかを理解した。そして頭で考えるよりも先に体が石像の陰から飛び出し、剣を振り上げようとしている薄川の元へ駆け出した。

彼に向かってネフライトが消滅が込められた一撃を加えようとしている。攻撃よりも回避に専念すべきなのに、薄川は剣を止めない。

ネフライトの胸部に強烈な一閃が走り、断末魔の叫びとともに上半身が宙に浮く。既に勝敗は決したというのにネフライトの最期の攻撃はそのまま薄川へと向かっていく。剣を振るったばかりではあるが、彼はそれを少しも避けようとしない。

ネフライトの髪の毛が薄川の腹部を貫く直前、私は大きく跳躍すると彼を脇へと突き飛ばした。

胸に強い痛みを感じた私はそのまま彼の足元に倒れ込む。意識が朦朧としている中、ネフライトの肉体が緑色の粒子となって消えていくのを視界の端で見届けた。

私は力の入らなくなった体でなんとか薄川の様子を確認しようとした。彼は青ざめた表情でこちらに駆け寄り、私を抱き起こした。

「オンファ! おい! しっかりしろ! おい!!」

「……ど……うやら……無事みたい……ですね……」

彼の体に異常がない事に安堵して、私はぎこちなく笑った。薄川は私の胸に空いた穴へ手を伸ばしたが、どうしようも無いことを悟ったのか触れる寸前で拳を握って自分の顔の前へと持っていった。私へ力なく問いかける。

「どうしてこんなことを……」

「貴方が……自分を犠牲に……しようとしたからです……私も貴方……と同じ……」

同じように薄川の事を愛していて、自身を犠牲にしてほしくなかった、と言おうとしたが、うまく言葉が出てこなかった。私の体から黒い粒子が空気中に舞い、消えていく。自分に残された時間が長くないことを理解する。

私は彼の顔を見つめた。傷だらけの頬を瞳から流れ出た透明な液体が濡らしている。私はジェダイトを失った直後の薄川を思い出した。このままだと彼はまた自分を責めてしまうだろう。

私はゆっくりと口を開いた。彼は泣きながら私の口に耳を近づける。私は掠れた声で囁いた。

「私が……自分の意思でやった事です……貴方の責任では……ありません……ヒスイ……が……そせ……だまって……ごめんなさ……」

そこで私の意識は完全に途絶えた。

お読みいただきありがとうございました


次のエピソードで完結を予定していますが、改めてこれまでの展開を振り返ってみると想定しないほどシリアスな話になってしまいました

ここまで重苦しい話にするつもりはなかったので、キーワードにシリアスを含めていなかったのですが後で修正しておきます

シリアスな話が苦手な方には申し訳ありませんでした

ただ、バッドエンドにするつもりはないので次のエピソードも読んでもらえると幸いです

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